2-23 邪なる教義
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「そうか、やっぱりもういなかったか。悪いな。変な期待を持たせちまって」
「いえ、気にしないでください。レイバさんが教えてくれたおかげで、新しい手がかりも手に入ったので」
「マクルだったか。お前さんらのレックレリムならそう時間はかからないだろうさ。まあ今は食え食え。この肉美味いぞ」
「はい、いただきます!」
貸し出された空き家の近く。オルネスたちが暮らす家に案内されたリンたちは、合流したレイバと家の中にいたノイドを加えた七人で食事を取っていた。
シャンは例によって荷台に鎮座したままである。
「驚いたわ。まさかオルネスがこんなに料理上手だなんて」
リンはフォークで刺した野菜の炒め物を口に運びつつ、オルネスの腕前を称賛した。
「お店出せるわよ! お店!」
「喜んでいただけたなら何よりです。ですが、はやく取っておかないと……」
「もぐもぐもぐ……!」
「うちの食いしん坊が食べちゃいますよ?」
「ったく……。おいチャフ、お客さんがいるのにがっつくな」
「んぐ?」
レイバに諫められたチャフは、返事をするために口いっぱいの食べ物を喉を鳴らして飲み込んだ。
「んなこと言ったって、オルネスの飯は美味いんだからしょうがないだロ」
早口で言って食事を再開したチャフは、もっしゃもっしゃと咀嚼を続けながら、隣に座るノイドをフォークで示した。
「だったら、ノイドだってさっきから食ってばっかだゾ」
静かに食事を取っていたノイドは、落ち着きはらった態度でチャフの指摘を受け流す。
「俺は鍛錬で腹が減ってるからいいんだよ。ほら、隙ありだ」
「あー! オレの肉!」
食卓を余計にやかましくしてしまい、やれやれと頭を振るレイバ。
ハイファはそのやりとりを見てから、手に持ったフォークで近くに置かれていた川魚の香草焼きを一口食べた。
「うん。美味しい」
頷くハイファに、レイバはまるで自分が作ったかのように誇らしげな顔を見せる。
「そうだろそうだろ。なんせオルネスは元々少しは名のある料理人だったんだ」
「ちょっとレイバ。やめてくださいよ、恥ずかしい」
追加の料理をテーブルに置いて自分も席に着いたオルネスが止める。
「そんな人が、どうしてこの村に?」
ハイファと同じ料理に手を伸ばしたリンが純粋な好奇心で尋ねた。
「いろいろありまして。強いて言うなら、大きな挫折を味わって自棄になっていたところをレイバに拾われた、と言いましょうか」
オルネスは簡単に答えて自分も食事を始める。
「レイバは? 聞いてもいい?」
「俺か? 俺は別にたいしたことねぇさ。ただの根無し草。借金しまくって首が回らなくなって、この村に転がり込んだってだけだ」
「あら、町では思わせぶりなこと言ってたのに」
「ははは! 言ってくれるな。でもま、事実だから何も言えないか」
笑いながら酒の入った器を傾けたレイバ。
「………………」
と、ノイドがおもむろに席を立った。
「ノイド? どうしました?」
「昔話をするつもりはない」
突き放すように言うと、ノイドは食卓から姿を消した。
「しょうがないやつだな……」
肩をすくめたレイバは、空になった器に酒を追加する。
「ごめんなさい。私たち、やっぱりお邪魔だったかしら」
「いや、リンたちのせいじゃない。あいつは昔からああなんだよ」
レイバは注いだ酒を半分ほど飲んで、ノイドについて話し始めた。
「俺も村長から聞いただけなんだが、ノイドのやつ、この村に来る前に住んでたところで、謂れのない理由で迫害を受けていたらしい。そのせいか人と関わるのが苦手でな」
「今もあんな感じですが、前よりずっとましになったんですよ」
レイバとオルネスの言葉に、リンはノイドと最初に会った時の冷たい眼差しの理由を知れた気がした。
「鍛錬っていうのは? さっきチャフも言ってたけど」
「剣だよ。村長に言われて始めたそうだが、まあ、あいつの趣味みたいなもんさ」
これ以上の追究は不躾と考え、リンが話題を変えようとすると、ハイファが口を開いた。
「チャフは? この村にはずっといたの?」
チャフは皿に盛られた料理をかきこむ手を止めて、つまらなさそうに答えた。
「知らネ。オレは気がついたらここにいたからナ」
「気がついたら?」
小首をかしげるハイファ。
チャフを挟んで座るレイバとオルネスは気まずそうに視線を交わし、レイバが仕方なさそうに説明した。
「チャフは自分のことを何も知らなくてな。記憶喪失ってやつなんだ」
「え……」
ハイファだけでなく、リンとエルトも驚きの表情を浮かべる。
「一年くらい前、ボロボロで村の入り口に倒れてたところを保護したんだ。こいつ、自分の名前以外は何も覚えてなかった」
「介抱しているうちに懐かれて、面倒を見る役を引き受けたのはいいのですが、これがまたこの通りのやんちゃ坊主でして。毎日手を焼いてます」
「坊主ってゆーナ! オレだってもうすぐお前らの仕事手伝うようになるんだゾ!」
オルネスに頭を乱暴に撫でられ憤慨しつつも食べることを止めないチャフ。
「とまあ、俺たちの身の上なんてこんなもんさ。対して面白くもないだろ?」
器に残っていた酒を飲み干し、また注ぎ直すレイバに、エルトは町で聞きそびれていたことを聞いてみることにした。
「あの、どうして葬儀屋の仕事を?」
「うん? なんだ、藪から棒に」
「いえ、少し気になって。みなさんを見ていると、龍瞳教団というものを誤解しているんじゃないかと思えて」
「私も聞きたいかも」
エルトに便乗したリンはハイファの肩に手を置いた。
「私たち、龍瞳教団に襲われたことあるけど、色々知っておいた方がいいと思うの」
「うん。知りたい」
ハイファも賛同し、三人の視線を一身に受けたレイバは頭の後ろがむず痒くなった。
「お、おいおい。司教さんたちを相手に説教しろってか? 参ったな」
「いいじゃないですか。うちのことだけでも、知っておいてもらいましょうよ」
「仕方ない……。あー、コホン」
器をテーブルに置いたレイバは、勿体つけるように咳払いをした。
「――死とは静謐でなくてはならない」
唐突に死と言う語を発したレイバにリンたちは驚き、オルネスはくすりと笑い、チャフはひたすら食べ続ける。
「死とは眠るように、安らかでなくてはならない。そうでなければ、死とは言えない。死を救いとして他者に与えることができるのは、我らにおいて他になし。……それが龍瞳教団の教えだ」
リンは持っていたフォークを置いて、レイバの言葉を傾聴する態度を取った。
「教団は死を救済と捉えて、それをお題目に殺戮を行っている。これは弁明のしようもない事実だ。白状すると、俺たちは穏健派なんて名乗っちゃいたが、ほとんど教団の名前を笠にして余人を避けているだけなんだ。龍瞳教団だって言って近寄って来るやつはいないからな」
レイバがそこまで言うと、オルネスが引き継いだ。
「教団のやり方を嫌った村長が、何人かの信徒とともに廃村だったこの村を再建して、数年かけてここまで大きくしたんですよ。村の者はみな、教団というよりもあの方を信じています」
「けど、村での暮らしにも先立つものは必要でな。リンも行商ならわかるだろ?」
「お金ね。もしかして、運営資金を集めるために?」
「そういうことだ。今話した教えの最後の一文を除けば恰好だけはついてるってことで、村長の案で始めてみたんだが、これがまた星皇教会よりも安いが丁寧だって評判でな」
にやりと笑ったレイバと目が合い、エルトも苦笑する。確かに、あの広告に書かれていた基本料金なら、星皇教会で執り行う葬儀の三分の一で済む。
「葬儀屋の理由はそういうわけだ。ただ……」
穏やかだったレイバの表情が、突然に真剣なものになる。
「本来の龍瞳教団は間違いなく邪教だ。俺たちみたいなのは、俺たちだけだと考えた方がいい。この村を出てからは、龍瞳教団とはなるべく関わるな」
命令とも受け取れる強い口調に、リンは龍瞳教団が危険なのだと改めて認識する。
「もしかして、レイバたちも、持ってるの?」
唐突に、ハイファがそんなことを言った。
「持つって、何をだ?」
酒に伸びた手を止めて、レイバが聞き返す。
「コンベルには宣教師っていう人がいた。レイバたちも、そうなの?」
レイバより先に意味を理解したオルネスが、レイバに助け船を出した。
「レイバ、おそらく獣骸装のことですよ」
「あ、あー。そういうことか。確かに持ってるぞ。俺もオルネスもな」
「といっても、村に来る魔獣を追い払うのに使う程度ですけどね。良かったら、明日見せてあげますよ」
「ナーナー、ハイファってバ」
と、チャフが気の抜けた声でハイファを呼んだ。
「なっ、なに?」
レイバに注意を向けていたところを突然呼ばれたので、思わず声がうわずってしまう。
「それ、食わないならくれヨ」
チャフが示していたのは、ハイファの前に置かれた魚料理だった。
「チャフお前、人が話して……って、ああ! お前めちゃくちゃ食べてるじゃねえか!」
レイバが言う通り、テーブルの上の料理は半分近くがチャフに食べられていた。
「ふふふ、早い者勝ちダ」
「この食べ盛りが!」
「まったく、油断も隙も無いんですから……」
ぎゃあぎゃあと騒がしい食卓にリン、ハイファ、エルトは顔を見合わせて笑いあった。
※※※
食事を終え、レイバ達とも別れて就寝の時間。
貸し与えられた空き家はきちんと手入れがされており、二つある部屋の手前をエルトが、奥をハイファとリンが使うことになった。
「思ったよりいい部屋ね。ご飯もおいしかったし、明日、去り際にお金払えって言われないかちょっと心配かも」
ベッドに腰を下ろしてそんなことを言うリンだが、どこかソワソワと落ち着かない。
「………………」
隣のベッドに座ってこちらを見つめるハイファの視線があったからだ。
「あー、えっと……」
頬を指先で掻いたリンは、会話の糸口を探す。
再会を果たしてから、二人きりになったのは今が初めてだ。なにから話すべきか、リンにはわからない。
「リン」
リンがきっかけを見つけるよりも早くハイファが動いた。
ハイファは静かに立ち上がり、リンの隣に座ると、ぴったりと身体を寄せた。
「ハイファ? ど、どうしたのかしら?」
「なんでもない。ただ、こうしていたいの。リンの近くにいると、安心するから」
身体を預けてくるハイファに、リンは目の奥が熱くなってくるのを感じながら、ついに切り出した。
「ハイファ、その……ごめんなさい。あなたには寂しい思いをさせたわ」
「いいの。何も言わないで」
ハイファの声はどこまでも優しかった。
「また、会えたから。それで充分」
たまらなくなって、リンはハイファの小さな身体を抱きしめた。
「リン……?」
「私、自分が許せない。ほんの一瞬でも、あなたのためになんて考えて、勝手にいなくなろうとした。でも、もう決めたわ」
抱擁を解いたリンは、まっすぐにハイファを見つめた。
「どんなことがあっても、絶対に離れない。約束よ」
「……うん。約束。私も最後まで、ずっとリンと一緒にいる」
見つめ返され、リンはなんだか照れくさくなり、にへっと笑った。
「そ、そろそろ寝ましょうか! 明日も移動だし、体力を回復しないと!」
「そうだね。じゃあ……」
ハイファはおもむろにベッドに倒れ、身体をずらして空間を作った。
「一緒に、ね?」
きょとんとなるリンだったが、すぐにハイファの意図を理解して、笑顔で頷く。
「ええ。わかったわ」
自分の作った空間にリンが横たわると、ハイファはリンに寄り添った。
「ハイファ、大丈夫? 暑くない?」
「うん。平気……」
緊張がほぐれたのか既に眠そうなハイファの頭を、リンはそっと撫でた。
「おやすみなさい、ハイファ」
そして、自身も目を閉じる。
互いの体温を感じ合いながら、リンとハイファは眠りについた。
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