2-22 噛み合わぬ記憶
「確か、村長と一緒にいたよナ?」
チャフに集まっていた視線が、今度はゼモンに注がれる。
しかし、ゼモンは表情を崩さないまま、諭すようにチャフに語った。
「チャフ、あまり適当なこと言ってみなさんを困らしてはいけませんよ。ラティアさんは二日前にこの村を出ていったではないですか。一緒にお見送りしたでしょう?」
「え、でもサ……」
「それに昨日は、あなたはオルネスと一緒に村の近くで狩りをしていたではありませんか。戻ってきたあなたが木に登って昼寝をしていたのを私は見ましたよ?」
「昼寝……」
「オルネス、そうでしたよね?」
話を振られたオルネスはゼモンと目を合わせると、首を縦に揺らした。
「はい。覚えています。私も村長とご一緒していましたから」
頷いたゼモンは、改めてエルトに顔を向けた。
「こういうわけです。ご期待に沿えず申し訳ない」
「い、いえ。大丈夫です。あの、せめて師匠がどこに向かったかだけでも教えてくださいませんか?」
しかし、沈痛な面持ちのまま、ゼモンはエルトの要求に応えなかった。
「ラティアさんは、何も告げずに行ってしまわれました」
そこまで聞いて、リンが口を開く。
「待って。だったらトレリアにいたはずじゃない?」
「あなた方が登ってきた道とは別に、山の向こう側に続く道があります。ラティアさんはそちらへ向かったのです」
「山の向こうには何があるの?」
「特にこれといったものは。山を下りればマクルという小さな村がありますし、だとすれば恐らくそこかと」
マクルの名はリンも覚えがあった。確かにトレリアと山を挟んで隣り合っている。
「ですが、マクルまでの道は険しい。歩いていくとなると三日はかかりますよ」
「三日か……。まあ、それがわかっただけでも収穫かしらね」
肩をすくめたリンは呆然とするエルトを励ますように話しかけた
「エルト、大丈夫よ。師匠さんが徒歩で動いてるなら、ペックの足ですぐに追いつけるわ」
「はい……。すみません」
「もう、あなたが謝ることじゃないわ。最後まで付き合ってあげるから。ね、ハイファ?」
「うん。最後まで」
「お、お二人とも……!」
エルトはいよいよ涙目になる。
「ともあれ、せっかく来ていただいたのです。今日はこの村にお泊りになってください」
ゼモンの提案を、もとよりそのつもりだったリンは何の抵抗もなく受け入れた。
「ええ。そうさせてもらうわ。この村の宿屋ってどこかしら?」
「いえ、この神殿の近くにラティアさんが使っていた空き家があります。三人でも十分使えるので、そちらをどうぞ。オルネス、あとでご案内してあげなさい」
「わかりました」
「では、私もそろそろ失礼させていただきます。少々仕事が立て込んでましてね。このあとレイバから報告も受けなくてはなりませんので」
こうしてゼモンとの短い会見を終え、一行は元来た通路を戻った。
※※※
「あーあ、エルトの師匠さんに会えると思ったんだけどなぁ」
頭の後ろで手を組んだリンの声が通路に尾を引いて響く。
「僕もです。師匠が何を考えているのか、いよいよわからなくなってきちゃいました」
リンの隣を歩くエルトは、どんよりとした雰囲気を放ちながらため息をついた。
「うーん、変だナァ」
オルネスと共にリンたちの前を歩いていたチャフは、ゼモンの部屋を出てからずっと腕を組んで唸っている。
「チャフ、まだ言ってるんですか? きっと寝ぼけていたんですよ」
嘆息するオルネスに反論とも独り言ともつかない声量でチャフは続けた。
「見たと思ったんだけど、夢だったのカ? いや、でも……」
その時。
ぐぎゅるるる。
間抜けな音が響いた。
音の出どころはチャフの腹である。
「だー! 考えたらもっと腹減っタ!」
ぐしゃぐしゃと頭を掻きむしったチャフに、何かを言おうとしていたオルネスは苦笑して頷いた。
「はいはい。帰ったらすぐ用意しますから。あ、そうだ。よろしかったら、みなさんもご一緒にどうです? ご夕食、まだでしょう? 私たちの住んでいる家も、みなさんにお泊りいただくところに近いですし」
「あら、それはありがたいわね。じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかしら」
「よーし、早く行こうゼ!」
「わわ、ちょ、チャフさん⁉」
エルトの手を引いて歩く速度を上げたチャフを見送りながら、リンは後ろを歩くハイファに話しかけた。
「明日もたくさん動くことになりそう。こうなったら会うまで気が済まないわよね」
「………………」
返事がないことが気になってリンが振り返ると、ハイファは足を止めていた。
「ハイファ? どうしたの? ぼーっとして」
「ねえ、リン」
ハイファは手招きしてリンを屈ませると、そっと耳打ちした。
「なんだか、腕がむずむずする」
「腕が?」
こくんと頷くハイファは、部屋を出てからずっと妙な違和感を覚えていた。
絶え間なく爪の先で擦られているような、こそばゆさ。
その理由も正体もわからないが、リンにだけは伝えておこうと考えたのだ。
「ここ、なんだか、怖いかも」
腕を抱くハイファは、言い知れぬ不安が胸を満たしている。
リンはハイファの直感を信じ、その怯えを拭おうとハイファの小さな肩に手を置いた。
「わかったわ。穏健派って言っても龍瞳教団の村なわけだし、明日は朝早くにこの村を出ましょう」
「うん……」
「リンさん、ハイファさん。どうしましたー?」
「おいてくゾー!」
エルトとチャフに呼ばれ、再びリンが歩き出す。
一度だけ後ろを振り返ったハイファは、薄暗い通路が夜の森よりも不気味に思えた。
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