2-21 教団の村
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オルネスの言う通り、目的地である龍瞳教団の村にはすぐに到着した。
荷台が一台ようやく通れる程度の幅の簡素な門を抜けると、明かりの灯る小さな家々が並ぶ光景が目に飛び込んできた。
「なんだか、静かな村ね」
「ええ。町のような酒場などはありませんので」
中央に走る道を進みながらリンが感想を述べると、オルネスは穏やかな口調で返した。
「昼も大して騒がしくはありませんよ。聞こえても子どもたちの声と家畜の鳴き声くらいなものです」
「ふぅん。そう言えばレイバはどうしたの? 私たちより先に村に入ったみたいだけど」
「町で仕入れた物資と売り上げの確認です。面倒だから、先に戻って済ませたいと。彼、粗野なようで仕事はきっちりやる男でして」
「リン、あれ見て」
ハイファが荷台から示したのは、前方に建っている苔むした石造りの神殿。正面の入り口の両端には松明が赤々と燃えている。
「大きいわね。それに結構古そう」
「あれがこの村の神殿です。古代の遺跡をそのまま利用してるんですよ。村長はあの中にいらっしゃいます」
「――おい、オルネス。飯はまだか」
ふと、背後から声がした。
「うわ、またっ⁉」
数刻前と同じような出来事に飛び退くリンの隣で、オルネスは嘆息した。
「ノイド、気配を消して背後に立つなといつも言ってるでしょう。慣れてる私たちはともかく、お客人が驚きます」
「俺の知ったことではない」
ぶっきらぼうに言い放ったのは、オルネスと同年代の青年だった。腰には細く緩やかに弧を描く剣を提げている。
「あ、ノイド! 鍛錬は終わったのカ?」
荷台から顔を出したチャフを一瞥すると、ノイドと呼ばれる青年は不機嫌そうに返事を寄越した。
「だったら悪いか」
「いや! 全然!」
「……チッ」
「え、ええっと……?」
舌打ちをする深い紺の髪の青年。リンはオルネスに説明を求める視線を投げた。
「彼はノイド。この村の住民で、私たちの同居人です。見ての通り、不愛想な奴で」
「大きなお世話だ」
ノイドに睨まれても竦む様子を見せないオルネスに、リンは彼の発言の中の気になった単語について触れた。
「同居人って?」
「ああ、実はこの家、私たち三人とレイバの四人で暮らしてるんです」
この家、とはノイドの背後の後ろにある木造の平屋だ。
「で、飯は」
ノイドが同じ口調で繰り返す。オルネスは改めて返事をした。
「もう少し待っててください。これから村長に報告があるので」
「なら、適当につまんで待たせてもらうからな」
「構いませんけど、あまり食べ過ぎないようにお願いしますよ」
「ああ」
去り際、ノイドはリンに視線を向ける。
「おい、女」
「な、なに?」
「くれぐれも、失礼のないようにな」
それだけ言うと、ノイドは家屋に入っていった。
ぽかんとなるリンは、ゆっくりとオルネスに振り向く。
「すみません。本当にすみません。ノイドも別にリンさんたちに敵意を持ってるわけではないんです。村長を敬っているだけなんです」
困り顔で謝るオルネスの気苦労が少しばかり感じられて、リンは苦笑した。
「じゃあ、その村長さんに会いに行きましょうか」
ペックの手綱を掴む手に力を入れたところで、チャフが荷台から飛び出した。
「ハイファ、エルト! 神殿の入り口まで競走ダ!」
チャフは駆け出そうとしたところでオルネスに首根っこを掴まれた。
「いけませんよ。もう夜なんですから。それにハイファちゃんとエルトくんが怪我をしたらどうするんです」
「ちぇー」
不満そうなチャフを見て、ハイファはあることを思いついた。
「エルト、こっち」
「え? な、なんです?」
ハイファはエルトを連れ荷台から降り、チャフの隣に立つ。
「チャフ、競走はできないけど、歩いて一緒に行こうよ」
「おお! ハイファは話がわかるナ!」
ハイファの申し出に感激したチャフがオルネスを振りほどく。
「オルネス、それならいいだロ⁉」
「……仕方ありませんね。リンさん、構いませんか?」
「もちろん。どの道、荷台はどこかに止めなくちゃ神殿には入れないし」
「よーし! 行こうゼ! オレが連れてってやるヨ!」
元気いっぱいなチャフを先頭に、一同は神殿へ足を踏みいれた。
神殿の内部は吸い込む空気が外よりも冷たく、松明に照らされる大部分が剥げた壁画と、壁や天井を這うように伸びる木の根が遺跡が持つ歴史を物語っている。
入り組んだ通路を進むこと数分。大きな扉がリンたちの前に現れた。
「村長。オルネスとチャフです。お客様を連れてまいりました」
「入りなさい」
扉を開けたオルネスから順に部屋の中へ。リン、ハイファ、エルトは予想外に広かった部屋に圧倒された。
「初めまして、旅のお方」
三人は祭壇の前に立つ黒衣の男が、村長なのだと直感する。
「私はゼモン。この村の長を務めております」
「ん? ゼモン? あ、 もしかして……」
エルトは鞄から一枚の紙を取り出す。それはレイバからもらった葬儀屋の広告だった。
「おや? ははは! その広告をお持ちでしたか」
自身の額を叩きながら、妙齢の男は気恥ずかしそうに笑った。
「町のお役に立てばと思って始めた事業なんですが、どうにも自分の名前をレイバが勝手に使ったようで。いやあ、お恥ずかしい」
ゼモンに人当たりの良さそうな印象を覚えたエルトは、はやる気持ちを抑えて礼儀正しくゼモンへ言葉を投げた。
「村長様、突然の訪問をお許しください。僕は星皇教会の司教のエルトと申します」
「ほお、星皇教会」
「単刀直入にお伺いします。星皇教会の大司教ラティアはいらっしゃいますか?」
シン、と静まり返る室内。
エルトは唾を呑み、ゼモンの答えを待った。
「やはり、そのことですか」
すぐにゼモンは言葉を紡いだ。
「星皇教会というからには、そうなのではないかと思いましたよ」
「で、では、やっぱり師匠はここに⁉」
「しかし、ああ、なんということだ」
「え?」
ゼモンの反応に、エルトは背中に冷たい汗が噴き出すのを感じた。
「確かにラティアさんはこの村にいました。ですが、つい二日ほど前にこの村を出て行ってしまわれた」
「そ、そんな……」
エルトは足元が崩れるような気がした。
またも空振り。その事実が重くのしかかる。
「エルト……」
ハイファが声をかけようとしたとき。
「――あれ? その人ならオレ、昨日見たゾ?」
言い放ったのはチャフだった。
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