2-14 本当の気持ち
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「まったく、話は最後まで聞けよな」
葬儀を行う大部屋とは別の部屋。腕を組んだレイバが呆れたように言う。
女につまみ出されそうになっていたリンは、エルトと一緒に建物に来たレイバによって建物の裏の居住区域に通された。
「ごめんなさい……」
か細い声で謝るリン。椅子に座る彼女の落ち込みぶりがあまりにひどいので、レイバもかける言葉に迷ってしまう。
「レイバさん、仕方ないっすよ。この人、龍瞳教団の悪い噂を知ってたみたいっすから。町の事情を知らないなら当然の反応っす」
「まあな。ところで、なんでお前は当然のように仕事抜け出してんだ。とっとと戻れ!」
「痛いっす⁉」
レイバに額を小突かれ、女は部屋を出ていった。
「それにしても驚きました。龍瞳教団が葬儀屋をやってるなんて」
消沈しきっているリンに代わり、エルトが会話役を買って出た。
「色々事情があってな。驚くのも無理ないさ。教団でもこんなことしてるのはうちだけだ」
棚の方に移動したレイバは、一枚の紙を手に戻って来る。
「教団も一枚岩じゃない。他はどうか知らんが、少なくともここにいる信者は殺人なんてしない。言うなれば、穏健派ってやつだな」
机に置かれたその紙には、なにやら文章が記載されていた。
「身寄りのないやつ。国を追われたやつ。他にもいろんな事情を抱えたやつらが集まって、この町で葬儀屋をやりながら、山の中の村で静かに暮らしてる」
紙を手に取ったエルトは、大きく書かれている部分だけを読み上げてみた。
「なになに。『葬儀屋ゼモン。親切丁寧、安心価格。納得のいく葬儀をご提供』……」
読み上げたエルトがレイバに顔を戻すと、レイバは自信たっぷりな表情をしていた。
「やるよ。うちの広告だ。俺が作ったんだぜ」
「ど、どうも」
使う機会がすぐに訪れないことを内心で祈りつつ、エルトは広告を鞄にしまった。
「で、だ。リンだったか?」
話しかけられたリンは、目だけをレイバに動かした。
「そういうわけだから、俺たちはあんたが考えてるようなことはしない。今回のことも不幸な行き違いだった。それで終わりだ」
レイバに気遣いにリンは力なく笑った。
「ありがとう。本当に、ごめんなさい」
「よし、じゃあこの話は終わりだ。次が重要だぞ」
前振りをしたレイバは、エルトを指さす。
「エルト。お前の師匠のことだ」
聞くや否や。エルトは背筋を伸ばした。
「さっきも話したように、俺は村で見かけただけだ。まだ村にいるっていう保証はない。が、もういないとも断言できない」
そこで提案なんだが、という前置きをして、
「今夜、俺たちは村に戻る。よかったらその時に一緒に来ないか?」
それは願ってもないことだった。行き詰まっていたところに差し込んだ光明。飛びつかないはずがない。
しかし、エルトは二つ返事で承諾するわけにはいかなかった。
「ありがとうございます。ですが、まだいけません」
「そりゃまたなんで?」
エルトはリンを一瞬だけ見てから、レイバに正面を向けた。
「少し、リンさんと二人だけで話をさせてくれますか?」
まっすぐな眼差しに、レイバはこれ以上聞くのは野暮だと判断した。
「わかった。けど決断は早めに頼むぞ。出発は今夜だからな」
レイバが部屋を出たのを見届けてから、リンはエルトの方を見た。
「エルト、どうしたの?」
「どうしたもなにも、僕はリンさんとハイファさんの件が片付くまではこの街を出るつもりはありませんよ。こんな状況のお二人を放っておけるわけないじゃないですか」
「………………」
無言で俯くリン。エルトは彼女の前に立つと、錫杖の底で床を突き、少し芝居がかった動きで腕を広げた。
「おお、迷いの闇に佇む者よ、顔を上げるのです。我らはその闇を切り裂く星を統べし星皇神の遣い。星皇神はあまねく闇を打ち払い、進む道を示すでしょう」
「……え、なに、急に」
怪訝な顔つきになるリンに、頬を赤らめたエルトは腕を下げる。
「星皇教会の司教がお説教の前に行う口上です。い、いつもしてるわけじゃないですよ。たまにです。たまに」
「それをなんで、今?」
「僕だって、星皇教会の司教の端くれです。目の前に悩める人がいるなら、力になりたい」
手を差し伸べるエルトの目からはとうに気恥ずかしさは消え失せ、神に身を捧げた敬虔な司教として、リンと向き合っていた。
「どうか、リンさんの本当のお気持ちを聞かせてください」
星皇教会の信者が司教に対して懺悔や告白を行う際に手を重ねることは、行商をして世界を見て回っているリンも知っていた。
「私、あなたのところの信者じゃないわよ? そもそも、神さまとか信じてなくて」
「構いません。さあ、お手をどうぞ」
リンは右手を動かし、そっと指先をエルトの手のひらに触れさせた。
「……悔しいけど、あいつの、ヒュウリの言う通りだわ」
短い沈黙のあと、リンはぽつりと零した。
「記憶が戻ったらハイファはどうなるのか、その時に私はどうしたらいいのか、全然わからない」
エルトはただ、沈黙してリンの声に耳を傾ける。
「あの兄弟は私よりもずっと裕福で、きっとハイファにいい生活をさせられる。でも、あの子を、あの子の腕のことを考えると、本当に任せていいのかもわからなくて……」
「ハイファさんの腕?」
聞き返してきたエルトにリンは自分の迂闊さを呪った。
エルトはまだ、ハイファの腕が異形となることを知らないのだ。
「いっ、いや、腕って言うか、そう、身体! 身体の傷よ!」
どうにか誤魔化して、乗せていた手を離す。
「とにかく、どうしていいかわからないから、このざまよ。情けない話よね」
自嘲するリンをエルトは否定も肯定もしない。ただ、ハイファがリンをどう思っているかだけを知っていた。
「まだ、僕たちはハイファさん自身の考えを聞いていません。でも、ハイファさんはリンさんと一緒にいることが嬉しいと言っていました。あの言葉に嘘はないと思います」
「ハイファが、そんなことを?」
「昨日、酒場で。あなたといると、胸が温かくなるそうですよ」
リンは酒場でハイファがエルトと会話をしていたことを思い出した。あの時、ハイファが自分のことを話していたのだと思うと、なぜだかわからないが、涙が出そうになる。
「ハイファ……」
それまで答えを出せずに揺れていた気持ちが、徐々にその輪郭を定めていく。
リンの瞳に強い決意の光が灯った。
もう一度、エルトの手を取る。今度はぎゅっと、力を込めて。
「……エルト、お願いがあるの」
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