2-9 二人の兄
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「あー、楽しかった!」
「うん。エルト、すごかったね」
店から出たリンとハイファは、大満足な表情で荷台を止めていた場所へ進んでいく。
「つ、疲れた……!」
生命力と同義である魔力を限界まで使って疲労困憊のエルトは、錫杖をまさに杖の代わりにして二人の後ろを歩いている。
「空中浮遊からの発光とか、そりゃあ盛り上がるわよ」
「私はお水を動物の形にして動かしてたのが好き」
エルトが使ったのは説教の際に神々しさを演出したり、儀式の際に必要な供物と代替するための魔術で、本来は宴会芸などに使われるべくもないものだが、ウケは上々だった。
「お礼にペックのお土産の果物も貰えたし、これであの子の機嫌を損ねなくてすむわ」
店の裏手にある荷台の留場へやってくると、膝を折って伏せていたペックがゆっくりと首を上げた。
「ペックおまたせ。お土産あるわよ」
立ち上がったリンの相棒は、差し出された赤い実へ嘴を近づけた途端、クワッとひと鳴きして頭をぶるんと振った。その弾みでリンの手から果物が落ちる。
「あっ、なによ。せっかく貰ったのに」
「多分、お酒の匂いに反応したんじゃないですか? レックレリムは匂いに敏感と聞きますし」
「え、やだ。私まだそんなに匂ってる?」
「あの、転がっていっちゃいますよ。ペックのお土産」
スンスンと自分の匂いを嗅いでいるリン。すでに果物のことなど忘れている。
「私が行くよ」
駆けだしたハイファは、果物を追いかける。
道は緩やかな傾斜になっているので、果物はなかなか止まらない。
「待って待って」
コロコロと転がった果物は、リンたちがいたのとは別の酒場から出てきた男の足に当たって止まった。
「おや?」
自ら屈んで果物を拾い上げた詰襟姿の黒髪の青年は、追いかけてきたハイファと目を合わせた。
「すみません。それ……」
「っ⁉」
だが、ハイファが言い切るより先に、男は拾い上げた果物を手から落とした。
「ユフィン、なのか?」
「え?」
信じられないものを見る眼差しで、ゆっくりと近づいてくる青年。
屈んでハイファと顔の高さを合わせると、ハイファの両肩に手を乗せた。
「間違いない。やっぱりユフィンだ!」
叫ぶや否や、思い切りハイファの華奢な身体を強く、強く抱きしめた。
「あ、あの……?」
「ああ、ああ……! 良かった、無事で……!」
会って数十秒の男に抱きしめられ、その男は肩と声を震わせている。まったく意味が解らず呆然とするハイファの後ろから、リンとエルトがやって来た。
「ハイファー? どうかした……って、ええっ⁉」
「ど、どうなってるんですか⁉」
ハイファの保護者を自覚するリンにとって捨て置けない状況に、彼女の酔いは一気に吹き飛んだ。二歩でハイファと青年に割って入る。
「ちょっと! うちのハイファに何してんのよ!」
「ハイファ? この子のことか?」
「他に誰がいるってのよ! いいから離れなさい!」
男を引き剥がし、守るようにハイファを抱きしめるリン。男は追い縋るように腕を伸ばしてきた。
「ユフィンを返してくれ! やっと、やっと見つけたんだ!」
「ユフィンって誰よ!」
「その子だよ! 妹なんだ!」
「妹っ?」
思わず復唱するリン。エルトは青年の後ろからもう一人、眼鏡をかけた青年が現れるのを見た。
「リュオン兄さん、何を騒いでるんだ。って、どうなってるんだこれは」
「ヒュウリ! 見ろ! ユフィンだ! ユフィンが戻ってきた!」
興奮気味に訴えるリュオンと呼ばれた男に彼の弟らしく同じ黒髪をしたヒュウリという男は得心いったようにため息をつくと、じっとハイファを五秒ほど見つめ、リュオンに顔を戻した。
「確かに今までで一番よく似ているが、人違いじゃないのか?」
「そんなはずはない! 顔立ちだって、あの頃から育ったらこれくらいになるじゃないか!」
「しかし……」
妙な兄弟が会話を始めたところを好機と見たリンは、ハイファの手を握った。
「ハイファ、エルト、逃げるわよ」
だが、ヒュウリの注意は会話をしながらもリンたちに向いている。
「おっと、それは待ってもらいたい」
ヒュウリが片手を上げると、彼の後ろに控えていた従者二人がリンたちの前に立ちふさがった。
「いつの間に……!」
騒ぎを聞きつけ、並ぶ酒場の客たちがぞろぞろと出てくる。
「なんだなんだ、ケンカか?」
「誰かと思えば、シェルツさんとこの坊ちゃん兄弟だ」
「相手は女子供だぜ?」
ざわざわとにわかに色めき立つ場に、リンはどう離脱したものかと考えたが、行動に移るより早くリュオンが提案してきた。
「ひとまず、私たちの屋敷にみなさんを招待させてほしい。ここでは町に迷惑がかかる」
「素直に従うと思うわけ?」
警戒心を剥き出しにするリンに、リュオンは不敵に笑う。
「そちらの子は、そうでもなさそうだが?」
彼が示したのは、彼とその兄を見つめるハイファだった。
「私が、この人たちの妹……?」
動揺しきっていて、頬に汗が浮かんでいる。
「どうやらお互い、それなりの事情を抱えているようだ」
眼鏡の奥の冷涼な眼差しですべてを見透かしたようなリュオンの口ぶりはいけ好かないが、ハイファのことを考えると無下にすることもできない。
「……いいわ。行ってやろうじゃないの」
リンが答えを決めるのに、そう時間はかからなかった。
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