2-6 大司教を探して
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「なるほど。記憶喪失ですか。それに最近動きを活発にしている龍瞳教団まで……」
リンからハイファやシャンと出会った状況、そしてコンベルの町での顛末を聞いたエルトは、顎に手をやって考え込む姿勢を作った。
「お願いっ! 見逃して! ハイファもシャンも悪い子じゃないの! きっと深い事情があるの!」
両手を合わして懇願するリンをエルトは同じくらい狼狽えながら制した。
「お、落ち着いてください、リンさん。みなさんをどうこうする気なんてありませんよ」
「え? そうなの?」
「僕も龍瞳教団のことは聞き及んでいます。奇怪な装具を使い人を殺める凶悪な集団と。ですがハイファさんやシャンさんを殺戮を楽しむ異常者と断じることはできません」
錫杖が揺れ、装飾が軽くぶつかり合って清い音を鳴らす。
「それに、異教徒をすぐさま排除するようなやり方は、僕の信じる星皇教会の理念に反します。ハイファさん、先ほどは不躾なことを言ってすみませんでした」
「えっ? う、ううん。いいの。気にしてないから」
唐突に声をかけられて、ハイファは身じろぎした。
「エルト……! さっすが司教! 話がわかる!」
リンは感激の言葉と一緒に、ぎゅうううっとエルトの小柄な身体を抱きしめた。
「わ、リンさん! そんな、抱きつかれては……!」
二人の様子を静かに見守るハイファは、エルトからは見えない角度になっている右手の親指を立てていることに気づいていた。
リンがエルトに話したのは、あくまでハイファやシャンが龍瞳教団と関係を持っているかもしれないという話と、ハイファが記憶喪失であるということだけ。
ハイファの腕の話や、リンとハイファに奴隷の刻印が刻まれているという、知られると本当に自分たちに都合が悪い真実は見事に隠しおおせたのだ。
エルトの純粋さを逆手に取った策だが、ハイファにはリンとの二人だけの秘密を持っていることが嬉しかった。
「エルトはどうしてここに? エルトも旅をしてるの?」
そしてハイファ自ら、とどめとばかりにエルトの身の上に話題をずらしたことで、逃げ切りは完了する。
「人探しです。行方不明の師匠を探していまして」
リンの腕の中から脱出したエルトは、襟を直しながら説明した。
「師匠?」
「はい。ラティアという僕の魔術の師匠で、大司教なんですよ」
「また、知らない言葉」
「僕よりもすごい司教と思ってくだされば結構です。それで、その師匠がサルタロの神殿から往復で二日もあれば十分な距離の村に説教に行ったきり、もう二週間も帰ってこないんです」
「その村でなにかあったとかじゃないの?」
会話に加わったリンに、エルトは首を横に振る。
「どうやらその村にも行ってないみたいで。心配に思った村の方が神殿に来てくださってやっと今回の件も発覚しました」
「そんなにすごい人なら、もっと大人数で探すものじゃない? あなた一人で探してるみたいだけど?」
「当然、捜索隊も作られました。でも、僕はまだ未熟者なので加えてもらえなくて」
「ああ、それで一人で飛び出してきちゃったわけね」
「師匠のご友人という方に探査魔法を使ってもらって、トレリアの付近で師匠の魔力の痕跡が途絶えたことはわかっているんですが、なにぶんこの辺りは初めてで土地勘もなく……」
「見つからない、と」
「はい」
「サルタロなら仕方ないわね。コンベルよりも東から来てることになるし」
「ですよね……」
話すたびに語気が弱まり、最後は消え入るように肯定して、少年は俯いた。
「師匠は、とても強い人なんです。こんなことになるのは初めてで、もし師匠の身に何かよくないことが起きてるとしたら、僕……ぼく……!」
肩を震わせ出したエルトを見て、ハイファはリンと初めて会った時の自分を重ね、胸に去来した素直な思いを告げた。
「リン、どうにかできないかな?」
くいくいとコートの端を引かれる前から思案顔をしていたリンは、ハイファと目を合わせると、「わかってるわ」と言うように笑った。
「エルト、私たちこれからトレリアに行くの。よかったら一緒に行かない?」
「えっ」
ぱっと正面に向いたエルトの髪と同じ紅い瞳は、涙に濡れている。
「よ、よろしいんですか……⁉」
「ここで会ったのも何かの縁よ。街ならなにか情報があるかもしれないし。それに司教を連れてるなんて、行商としても箔が付くってものだわ。教会に貸しを作れるのも、ね」
最後の発言はよく聞き取れなかったが、思いが通じたハイファの表情が華やぐ。
「よかったね、エルト。一緒に行こう」
「あ……ありがとうございますうううううっ!」
感極まったエルトの目から、滝のように涙が溢れ出した。
「あなたこそ、星皇神が遣わした救いの星です!」
手を掴んで号泣してくるエルトの熱量に押され、思わずリンは後ずさる。
「ちょ、ちょっと。泣きすぎよ……! それに大袈裟だって」
「救いの星……? リン、星になったの?」
「ハイファもそのままの意味で捉えないで! なんだか不吉だから!」
こうして、三人の旅に短い間だが同行者ができた。
荷台に乗るにあたり、何か手伝えることはないかと申し出たエルトが最初にやった仕事は、ハイファとともにシャンに布を被せる作業だった。
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