2-4 星皇教会
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「すみません。お恥ずかしいところを……」
地面に両ひざを折って座る少年が、しょんぼりと肩を落として謝罪する。向かい合って座っていたリンとハイファは顔を見合わせ、まずはリンが口を開いた。
「あの、そんなに気にしなくていいわよ?」
会って数分と経っていない少年から謝られて困惑するリンだったが、ひとまずここは彼を慰めることにした。付け袖を戻し、リンの隣に座るハイファもこくこくと頷く。
「怪我がなくて、よかった」
「ありがとうございます……。あ、自己紹介がまだでしたね。僕はエルト。サルタロの街から来ました。星皇教会の司教をやってます」
「司教⁉」
リンが少年―― エルトの言葉に目を見開き、エルトの言っている意味が分からないハイファは首を傾げた。
「ぷり、すとす?」
「星皇教会の聖職者で、魔法を使って魔獣を倒したり、人の怪我や病気を治す人たちのことよ。まだ子どもなのに司教だなんて。人は見かけによらないわね」
「いやぁ、僕は見かけ通りの見習いですよ」
リンの説明に照れくさそうに苦笑するエルトへ視線を移し、ハイファはさらに質問を重ねる。
「……星皇教会って?」
「知らないんですか⁉」
エルトの声の大きさに驚き、ハイファの身体がわずかにのけぞった。
「この世界の創造主、偉大なる星皇神イミルセスを祀る星皇教会! 星の輝きで世界を照らし、人々に調和と恒久の平穏をもたらすことこそ! 僕たちが星皇神より与えられた使命なのです!」
「そ……そう、なんだ。すごいね?」
「司教のことはともかく、星皇教会のこともご存じないとは。ひょっとしてあれですか? お祈りの時間も外で元気に遊んでた系の方でしたか?」
「あ、ぅ、えっと……」
たじたじなハイファに助け船を出すべく、リンが二人の間に割って入った。
「し、宗教には疎くてね! そういえば私たちもまだ名乗ってなかったわ! 私はリン。こっちはハイファ。行商兼運送屋よ!」
かなり雑な話題転換だったが、エルトも熱くなっていた己を自覚したらしく、前のめりになっていた姿勢を元に戻した。
「行商さんでしたか。女性の行商さんには初めてお会いしましたよ」
「少ない方よね。女でこういうことしてるのは。連れはもう一人いるんだけど、ちょっと変わってるっていうか、なんというか」
「しかし危険が多いのでは? さきほどのような魔獣に襲われたり」
愛想笑いを浮かべるリンの口角が一度ひくついた。
「……あの、司教さま?」
「とんでもない! エルトで結構ですよ」
「じゃあ、エルト? その、どこから見てた?」
「はい?」
「あの魔獣が湖から出てきたときから、全部見てた感じ?」
「いえ、凄まじい音がしたのでこちらに。僕が来たときにはもう魔獣は地面に横たわっていました。その近くにお二人がいたので、慌てて駆けつけた次第です」
エルトが言うやいなや、リンの顔が輝きを取り戻した。
「そっ、そっかー! うんうん! ならいいの! あははは!」
「い、痛たたっ! 叩かないでくださいよぉ!」
大笑したリンにバシバシと背中を叩かれ、身悶えするエルト。見ているだけのハイファをぐいと引き寄せ、リンは耳打ちした。
「腕とシャンのことは話さないほうが良さそうね」
「どうして?」
「龍瞳教団なんて過激な異教と関わりがあるって星皇教会の司教にバレたら大事よ。ここは黙ってやり過ごしましょう」
「大丈夫じゃないかな? エルト、弱そうだし」
「やだ、ハイファったら率直……! とにかくエルトには黙っておくこと。いいわね?」
「うん。わかった」
「お二人とも、どうされました?」
痛みが治まったエルトが、ちょうど密やかな会話を終わらせた二人に声をかけた。
「い、いえっ? 別にっ?」
「なんでもないよ?」
「そうですか。……あれ?」
エルトがおもむろに立ち上がり、その視線がリンたちの背後、魔獣の亡骸のある方に動いた。
釣られて振り返った二人の顔が、同時に青ざめる。
「シャン⁉」
「いつの間に……!」
荷台の中にいるはずのシャンが、外に出て、しかも魔獣に近づいている。
「ちょっ、え、ま、待って待って!」
リンは立ち上がり、泡を食ってシャンに駆け寄る。
「なんて時に出て来てるのよ! 危ないから離れなさいって!」
腕を引っ張るリンなどものともせず、シャンはずんずんと魔獣と距離を詰めていく。
ハイファは荷台に乗り込むと、シャンが被っていたはずの布を探した。
見つかった布は他の木箱にかかっていたわけでもなく、シャンがいたはずの場所に広げられた状態で落ちていた。
似ている。コンベルでシャンがいなくなったときに。
ハイファの頭に、そんな言葉がよぎる。
あれほどシャンの動きに目を光らせていたペックさえ、今の騒ぎを聞いてやっと気づいたようだ。
音もたてず、誰にも気づかれずに移動するなど、あの巨体でできるのか。
疑問には思えど、答えは出せない。
「どうして……」
荷台から降りたハイファに、立ち尽くしていたエルトが半歩だけ擦り寄った。
「ハイファさん、あれがリンさんの言っていたもう一人の方ですか?」
「うん。シャンだよ」
「えっと、失礼ですがどのような方なんです? 背中から何か生えているような……」
「私たちもわからないの」
「わからない? 一緒に旅をしているのに?」
「うん。わからない。全然」
「へ、へえ……」
きっぱりと言い切ったハイファに、エルトはそれ以上追究する気は起きなかった。
「ハイファー! ちょっと手伝ってー!」
「わかった! 今行く!」
「あ、ぼ、僕も!」
リンの呼び声に駆けだすハイファ。そのあとをエルトも追う。
リンはシャンにしがみついたまま、魔獣の口元近くまで来ていた。万が一、魔獣が動いてしまうと危険だ。
元の腕のままでは動きを止めることなどできない。しかし、それではリンと示し合わせたばかりでエルトに異形の腕を見せることになる。
シャンはハイファが腕の使用を考えている最中に動きを止めた。
「やっと止まった! 何考えてるのよ! 早く離れましょ!」
リンが訴えかけるも、シャンはいつものように固まったままになる。
「ちょっと、シャンってば」
「………………」
直後、シャンは背中の管から黒い煙を噴き出し始めた。
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