1-1 血塗れの地獄から
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最初に感じたのは、身体に押し付けられる冷たさ。
最初に見たのは、やけに地面に近い自分の視点。
そこでようやく、少女は自分が倒れていることを知った。
「う……?」
立ち上がった少女の身体から、パラパラと砂粒が剥がれ落ちる。視界を邪魔した自分の黒髪を手でどかせば、額に触れた手が冷たい。手を下ろすと、細く白い指先が血で赤く濡れていた。
背後から焦げるような臭気がして、振り向く。その瞬間、少女は息を呑んだ。
眼前に瓦礫の山が広がっている。
その山の所々に見える窓枠と崩れた壁、そして屋根の残骸から、この瓦礫がかつては大きな建物だったことだけはわかった。
「なに、これ」
頭に浮かんだ言葉をそのまま声に出した少女は、自分がなぜこんな場所にいるのか思い出せなかった。
それどころか、自分が何者なのかさえ、わからない。ここに至るまでのことを考えてみても、そのすべてに、この光景と同じく霧がかかっている。
「……寒い」
なぜだかわからないが服も着ていないため、寒さが身体に直接押し寄せる。空は厚い雲が広がり、陽の光は望めない。
両腕を抱くと、手に硬いものが触れた。見れば、小さな十字の傷跡が繋がりあい、二の腕を一周していた。
その奇妙な傷跡は左右どちらの腕にも刻まれていて、肘から手首にかけては、ひし形の白く硬い、小さな突起が左右に四つずつ、等間隔に埋まっている。
「変な、傷……?」
胸には痛みこそ無いが乾いた血が付着し、赤い糸で縫われた傷が縦に走っている。傷は胸の中央の丸い傷跡を起点に、へその下あたりで止まっていた。
痛みを感じないのが寒さのせいなのかは、少女にはわからない。瓦礫の山を見て口にした言葉をもう一度言いそうになったとき、視界が少し暗くなった。
「……⁉」
顔を上げた少女の表情が、悲鳴と共にさらに強張る。だが、それは無理もないことであった。
目の前に、少女の身の丈の倍はあろう大男がいたからだ。
気配すら感じさせず、まるでそこに最初からいたかのように、巨人と呼べる大男が目の前にいる。それだけでも大抵の人間なら竦むが、その大男は輪をかけて異常だった。
「………………」
顔の上半分は角のような装飾が施された仮面に隠され、裸同然の上半身には大小さまざまな入れ墨が彫られている。
そして大男の異常性をもっとも表しているのが、背中から伸びる八本の管だった。
生えているのか、それとも刺さっているのか、すぐに見ただけでは判断できない。
「だ、誰?」
人と魔獣の中間のような大男に問いかけても、返事はない。
ゆらりと、おもむろに大男の手が少女の頭に伸びた。
「ひっ⁉」
突然のことに少女は後ずさる。男の手は少女の怯えを感じ取ったのか、またゆっくりと降ろされた。
「……ごほっ⁉」
直後、少女はとてつもない息苦しさに襲われた。まるで首を絞められたみたいで、まともな呼吸ができない。
その理由はすぐにわかった。
大男の背中の管から出ている紫色の煙だ。
吸い込んでしまったこの煙を身体が拒絶して、咳が止まらない。
「それ、と、止めて……!」
咳きこみながら、掠れた声で懇願する。今度は通じたらしく、男の背中の管から煙が出なくなった。
深く呼吸して息を整え、目元に浮かんだ涙をぬぐってから、少女は大男に新たな質問をした。
「あれも、あなたが?」
少女の言う『あれ』とは二人の前にそびえる瓦礫の山。一瞬で呼吸困難に陥る煙をまき散らすこの謎の大男なら、それも可能なのではないかと少女は考えたのだ。
しかし、大男は何も言わず、首を動かしもしない。
「違うのかな……?」
そう認識したあと、寒さを思い出した少女の身体がぶるりと震えた。
「着るもの、探さなくちゃ」
冷たい空気が少女の剥き出しの身体から容赦なく体温を奪っていく。凍えてしまう前にどこかで服を調達しなくてはならない。
すると、大男の背の管の一本が、また煙を吐き出した。今度は薄い赤色の煙だった。
「ま、また⁉」
両手で自分の口と鼻を塞ぐ少女。煙は先ほどの紫の煙のように風に乗って消えてはいかず、少女を背中から包み、身体に密着したところから、心地よい熱を発し始めた。
「あったかい……。もしかして、私のため?」
赤い煙の放出を止めた男は、やはり少女の言葉には答えない。
「………………」
得体のしれない大男から向けられた厚意に、少女は感謝よりも警戒心を強めた。
「わああっ⁉ な、なによこれ!」
耳をつんざく大声に、少女の肩が跳ねた。
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