2-0 黄昏に消えて
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本日から第2章開幕です!
それは、少しだけ遠い、けれど忘れ得ない夕日の中の記憶。
沈む太陽と同じ色に染まる神殿の隅で、うずくまる少年に寄り添う一人の若い女性。
「エルト、どうかもう泣かないで。あなたはよく頑張りました」
「そんなことっ、そんなことないですっ!」
しゃくり上げながら、少年――エルトは激しく首を横に振る。
「僕は、なにもできませんでした! 魔獣が怖くて、足がすくんで……。師匠が来てくださるまで、なにも……!」
身に着けた司教の装束を土に汚したエルトが、力強く杖を握る。師匠と呼ばれた銀の髪の女性――ラティアが、彼の頭を撫でた。
「あなたの仕事は村の畑に流れてきた瘴気を払うことでした。今回のことは、あのような人里にまで魔獣が出没することを予測できなかった私の落ち度です。本当にごめんなさい」
謝罪したラティアはエルトがなにか言おうとするより先に言葉を重ねた。
「それにエルトはなにもできなかったわけではありません。私が来るまで村の人々を防御魔法で守っていたではないですか。みなさん、あなたにお礼を言っていましたよ」
「違うんです!」
叫ぶように否定したエルトにラティアは胸を突かれた。
「僕は、師匠のような大司教になりたいんです! 強くて、どんな魔獣にも負けない力を持つ師匠のように! なのに僕は弱いままで、それが、悔しくて……!」
ラティアはエルトの涙にぬれた顔を数瞬見つめ、それからゆっくりと立ち上がった。
「エルト、あなたが今の自分を不甲斐なく思う気持ちは否定しません。尊重します。ですが、ひとつだけ間違えていますよ」
エルトの眼差しがその間違いの答えを求める。
「私のようにと言いましたが、それは違います。あなたが目指すべきなのは、私ではありません。私を越えた先です」
「師匠を、越える……?」
「私たちの力は邪悪を討つものではなく、人々を守護するためのもの。いたずらに求めて、そして振るうものではないのです」
「でも、僕には、力なんて……」
エルトが拗ねて吐き捨てた。しかし、ラティアは慈愛に満ちた瞳を外さない。
「いいえ、あなたは持っています。魔を滅するための力ではなく、魔から人々を守るための力を」
ラティアはエルトの正面に回ると、膝を折って視線を合わせた。
「ここだけの話をすると私、回復や防御魔法は今のあなたより劣るのです」
「え……ええ⁉」
エルトが驚きの声をあげ、師と仰ぐ大司教は顔を赤らめた。
「使えないわけではないのですが、生まれ持った体質のようでして。防壁を張れても硝子程度。回復にいたっては痛みをほんの少し和らげるのがやっとです。あなたのように堅牢な防壁も出せませんし、傷を癒すこともできません」
「でっ、でも師匠は、魔法を極めた大司教で……」
「魔獣の頻出地域を転々とし、ひたすら戦っていたら、いつの間にかそう担ぎ上げられただけですよ。あ、ナイショにしておいてくださいね? このことを知っているのは、教会でも数名ですので」
「……どうして、そんなお話を僕に?」
下手をすれば、自身の地位すら揺るがしかねない秘密を簡単に明かしたラティアにエルトは戸惑った。
「あなたに私のようになってほしくないからですよ。力を振るうしかできない私に、目標を見出してはいけません。守り癒すことのできるあなたの方が大司教に相応しいと、私は考えています」
「師匠……」
「剣となり滅するのではなく、盾となり守ること。それが星皇教会の司教のあるべき姿。あなたにとって私は、通過点でしかありません」
ラティアは手を伸ばし、エルトの涙を細い指ですくう。
「あなたはまだまだ成長の途中。これからの全てがあなたの糧になります。私は信じていますよ、エルト。あなたはきっと、私を越える大司教になれます」
「師匠……!」
この笑顔に報いたい。エルトは、熱くなった感情に突き動かされるまま立ち上がった。
「な、なります! なってみせます! 師匠を越える、師匠を守れる大司教に!」
ラティアは温和な表情のまま、もう一度エルトの頭に手をやった。
「ええ。その時を、楽しみにしていますよ」
二人だけで交わした約束。
世界が持つ黄金の瞬間、少年は確かに進み続ける力を得た。
その一週間後。
ラティアは姿を消し、行方不明となった――。
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