1-14 道の果て
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東の果ての国、リューゲル。そこは一都市程度の大きさの領土しか持たない小さな国。
その中央には、地に根を下ろす木によく似た形の城が鎮座している。
玉座の間は城の頂上にあり、背もたれが身の丈の倍近くあるその椅子に腰かけ、開放された窓から夜の帳が落ちた世界を見下ろす者がひとり。
リューゲルの国王、ヴァルマ。
戦場でもない屋内であるにもかかわらず全身を鎧で包み、その鎧の上から白い作業着のような衣服を着こんだその異様な姿を、玉座に置かれた燭台の灯が照らす。
『おかえり。思ったより早かったね。あと十年は戻らないかと』
顔全体を覆う兜の奥から、機械的に変質してはいるが見た目に反した軽い口調の音声が玉座に響く。だが、返事をする者は彼の正面にはいない。
「あら、それは少しばかり私を侮っているのではなくて?」
玉座の後ろ。燭台の光が届かない闇の中から、声と一緒に現れたのは、金の髪の女性。コンベル支部で半身の状態から目覚め、魔獣を喰らった女神官。
リューゲルは最小の国という肩書の他に、もう一つの側面を持つ。
龍瞳教団の総本山。
ここは世界に死による救済を広める邪教の聖地であり、ヴァルマは龍瞳教団の大司教に坐する男なのだ。
『相変わらず、その恰好なんだ』
「まあね。あなたの方はしばらく見ない間に見違えたわね。鎧が」
皮肉めいた言葉には動じず、ヴァルマは玉座に声を木霊させる。
『で、君が帰ってきたってことはいよいよ始まるんだね。いや、終わる、と言うべきかな』
「ええ。準備は完了。これであの子は私の筋書き通りに動く」
怪しく笑う女神官に、ヴァルマは身動き一つせず呆れた声を発する。
『その行動力、もっと別のことに使えたらいいのにね。僕みたいに』
笑みを消した女神官が右手を鎧にかざす。僅かだが、魔力が渦巻いていた。
「言動には気をつけなさい。せっかくの鎧が屑鉄に早変わりよ?」
『……はーい』
気の抜けた返事のあと、ようやくヴァルマは足を組むという動作を行う。
『でも、果たして思い通りにいくかな』
「何が言いたいのかしら?」
女神官の問いを受け、鎧が玉座に背中を預けて上を見る。
『いやなに、君の執念に世界がついて来てるのかなって話さ』
兜の目の位置にあたる場所で、青白い光が光った。
※※※
「ぜえっ、はあぁっ……!」
「今しばしの辛抱です、カディオ様」
座り込み、激しく肩を上下させながら、カディオは背の低い従者から治療を受けていた。長身の従者は二人を隠しながら、人が入ってこないように見張っている。
騒ぎを聞きつけて宿を飛び出したときに従者たちが見たのは、凄まじい速度で空を切り裂き、建物の壁面に激突するカディオであった。
馳せ参じたとき、カディオは瓦礫に埋もれながら顔面を文字通り歪ませて気絶しており、転移魔法で人のいない袋小路に飛ぶと、すぐにカディオの治療は始まった。獣骸装によって強化された身体でなければ間違いなく死んでいただろう。
「ひゅ、ひゅふ、ふじゃけ、ひゃがって。ふじゃけやがってえええええええっ!」
まだ活舌もおぼつかない状態で遠吠えのごとく叫びをあげるカディオは、まさに手負いの獣のように怒り狂っている。
「カディオ様、落ち着いてください。まだ傷は癒えきっていません」
回復魔法をかけ続ける従者がなだめるが、金に目がくらんで龍瞳教団に与したごろつき上がりの宣教師は、その程度では止まらない。
「この俺があんなガキに後れを取るなんてことが、あってたまるか!」
顎がはまってようやくまともに話すことができるようになり、さらに憤慨するカディオは、敗北の瞬間に瞼に焼き付いたハイファの姿を思い返す。
「許さねぇ……! あのガキ、次会ったら殺す! ぶっ殺して――!」
言葉の途中で、どさりと何かが地面に落ちる音がした。
動かした視線の先で、見張りをしていたはずの長身の従者が倒れている。
「おい、どうした」
未だ魔法を駆使している従者の片割れが声をかける。
瞬間、カディオは戦慄した。
「は……⁉」
死を見る黒犬バーゲスト。
その皮衣の本来の能力は、視認した相手の『死期』を知ること。
見た者の死期が近ければ、その者の身体は血のように赤くなっていく。
しかし、カディオはこの能力を煩わしく思っていた。
自分がこれから殺す相手の死期など、知ったことではないからだ。
殺意を向けていなかった従者二人は、カディオが目覚めたときに変化はなかった。
だが、今はどうだ。
倒れた従者は、乾いた血のように黒ずんだ赤に染まっている。
つまり、死んでいるのだ。
「敵か! お前も構え、ろ……⁉」
回復魔法をかけていた従者に振り向いたカディオを、さらなる恐怖が襲う。
従者の身体が、みるみる濃い赤に塗りつぶされていく。
「え、な、なん、ですか?」
それはこの従者の死が、急激な速度で近づいている証だった。
「チッ! いったいどうなってやがる!」
カディオは立ち上がり、先手を打とうと路地に出る。
どこから迫っている死。その正体が分かればこちらから回避することもできる。
だが、カディオの周囲に死の要因になりそうなもの、敵は見当たらない。
「ぎゃあ!」
背後から聞こえた悲鳴に振り返る。
「っ!」
カディオが十数秒前までいた場所に、何かがいた。
全身に文様を走らせ、背中には八本の管が伸び、顔には仮面が張り付いた、大男。
亡霊のように生気がなく、じっと従者を見下ろしている。
「な、あ、ああ……」
従者は足をすくませ、魔法を使うことすら忘れていた。その間も、カディオから見た従者は赤の色を濃くしていく。
「………………」
大男は、背中の管から紫の煙を吐き出した。
「おい! 離れろ!」
カディオが叫んだ時にはもう遅く、煙を吸った従者は赤黒くなって倒れた。
「くそっ! 何者だてめぇ!」
大男が振り向いた瞬間、カディオは理解し、そしてまたわからなくなった。
「……どういうことだ。なんでてめぇから、あのガキと同じ匂いがしやがる!」
口にしたところで、宿の部屋を出た時に全身にのしかかったあの気配が再び現れた。
カディオが判別する魔力の匂いはひとりひとり違う。
では、ハイファとまったく同じ魔力の匂いと気配を放つこの男は、何なのか。
そもそも、この大男は『ヒト』なのか?
疑問は恐怖を呼び、恐怖は混乱を呼ぶ。
「あああああっ! めんどくせぇ!」
カディオが咆哮し、脚に力を入れる。
「なんもかんも、ぶっ殺してやる!」
間合いを詰める。
そう意識したと同時にカディオの身体は吹っ飛び、建物の壁にめり込んだ。
「が……っ⁉」
何が起きたのかわからない。立ち上がろうとしても、身体が動かない。
カディオの四肢は、全て捻じ曲がっていた。
痛みすら感じることができず、唯一動かせた目で大男がいるはずの方を見る。
だが、大男の姿はすでになく、ただ、闇が迫っていた。
――ああ、俺、死んだな。
カディオの世界は水を打ったように静かになり、次第に暗くなっていく。
――こンなことなラ、金にツらレてこんな組織に入らズ、もット……。
それが、宣教師カディオの最期の思考だった。
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