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3-88 エピローグ その物語に果てはなく

お越しいただきありがとうございます!

 破壊の爪痕だけが残ったリューゲルから、ハイファたちはシャッドと、どうにか稼働した紫の幼龍の力で、龍の魔峰へと帰還した。

 ヴァルマが連れてきた龍たちは、みな散り散りにどこかへと飛び去った。ヴァルマ曰く、帰る前に世界を見て回りに行ったそうだが、それ以上のことはわからない。

 事情を知らないラティアに説明するかたちで、ハイファたちは教団の隠れ村を発ってからの出来事を語り、ラティアは時折なにか言いたそうな顔をしたが、最後には納得し、一行の旅路を労った。


 ハイファが自らの口でシャンについて語ると、老龍はどこか淋しい表情で頷き、境界の異常を監視する役割を持つ龍の魔峰であっても、バンデロシュオの存在を認識することはできないと告げた。

 これが、龍の魔峰で過ごした最後の時間。

 ハイファたちは、シィクや目を覚ましたアレンも含め、シャッドによってサルタロへと送られることになった。


「お前たちには感謝の念が尽きん。勝手だとはわかっている。だが、これ以上お前たちの世話になることは、ワシら龍のためにも、お前たち人間のためにもならんのだ」


 その言に反対する者はいなかった。おそらくもう会うことのない龍たちとの別れを惜しみつつ、ラティアの提案でもあったサルタロへ。

 到着してから、ハイファ、リン、エルトは、教皇ディアンサとの会見、大司教の二番弟子を自称するロマリーからの質問攻め、旅の資金や新たな荷台の調達のための仕事などなど、目まぐるしい日々を送った。

 その陰で、アレンはシィクに支えられながら、魔峰にいたヴァルマが密に自らの鎧を加工して作っていた義足による歩行訓練に励んだ。

 アレンにはシィクのような記憶の欠落は見られず、空いた時間はリンだけでなくシィク本人からも思い出話をせがまれた。


 そして、滞在から三十日。

 サルタロで暮らすことを選んだアレンとシィクの二度目の結婚式を見届け、ハイファたちは再び旅に出た。

 晴れ渡る空の下、レウン王国南端の港町コルートはいつも通り多くの人々が往来を行き交っている。


「ハイファー! こっちこっちー!」


 港を一望できる広場に着くと、大きく手を振るリンを見つけた。隣には真新しい荷台を引くペックもいる。


「リン!」


 ハイファは軽やかな足取りで駆ける。黒い付け袖に包まれた腕は配達の報酬金が入った小さい包みと別に、数個の果実が入った袋を抱いていた。


「どうだった? ちゃんとお客さんに商品は渡せた?」

「うん! 見て、お客さんだったおじいさんがくれたの。頑張ってるご褒美だって。もらったお金の方は使ってないから、安心して?」


 リンは手渡された包みを開く。


「どれどれ……。うん、発注書の金額通り! ご苦労さまハイファ。お仕事完了ね!」


 頭を撫でられ、ハイファはくすぐったそうに笑う。そこへ、パタパタと忙しい足音が近づいた。


「すみませーん! 遅くなりました!」


 エルトだ。ずっと走ってきたのか、顔は上気している。


「お、思ったより場所が遠くて!」

「大丈夫よ。時間にはまだ余裕があるわ」

「エルト聞いて! 私、一人でお仕事できたよ!」

「それはよかったです! 僕の方も、無事に一つ目を終えました」


 エルトが右手には、ラティアを探しに行ったときのものでも、聖樹の杖でもない新しい錫杖が握られていた。


「教皇様から直々に拝命した巡礼……五つの神殿を巡る修行の、その第一歩です!」


 錫杖の先端部には五つの窪みがあり、すでに一つには青い装飾が埋め込まれている。

 始まりは出発の十日前。エルトはディアンサに呼び出され、聖樹の杖の使用についての処分を言い渡された。

 処分といっても、聖樹の杖を正式にディアンサの管理下に置き、エルトは新たな錫杖を与えられる、つまりは交換しただけに過ぎない。


 そこへ、エルトの更なる成長を期待したディアンサが、修行としてかつて『名の無い女』が歩んだ巡礼の道を辿るという命令を追加した。

 同席していたラティアはディアンサの戯れだとエルトを諭したが、本人はやる気に満ち満ちていた。なぜなら、明確な巡礼の期限も設けられなかったうえに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 エルトは改めてハイファとリンに旅の同行を志願し、もともとそのつもりだった二人はこれを快諾。晴れて三人での旅が始まることになった。


「次の神殿があるのは海を渡ったザンクタスの街だったわね」


 リンの確認に、巡礼の地の情報を頭に入れているエルトが頷く。


「本来は三番目の場所ですが、さほど順番に厳しいわけではないそうなので。近い位置から行ってみようかと」

「リン、そこってどんなところ?」

「海の向こう、ヴェルミト王国の山の麓にある街よ。となると……次の仕入れは油が主になりそうね。あのあたりのは質がいいって有名なの。ここで仕入れた商品も向こうで捌けそうだわ」


 脳内で今後の動き方の目途を立てたリンは、港に停泊する大型船を示した。


「私たちが乗るのはあの船よ。さっき船員さんに、日暮れまでには向こうの港に着くって教えてもらえたわ」


 ハイファとエルトは、リンとはぐれないようにぴったりとついて歩く。

 船着き場までの道中、ある話題で盛り上がる声が耳に入った。


「なあ、聞いたか? リューゲルが滅んだって話」

「聞いた聞いた。国を囲む壁だけ残して、人も建物も消えちまったんだろ?」


 その声の方を振り向いたハイファに、リンは身体を傾けた。


「やっぱり噂になってるわね」

「うん……」


 東の果てのリューゲルが消えたという報は、瞬く間に世の中へ伝播した。

 得体の知れない国ということもあり、隣国であるレウンは警戒を強めたが、結局何も起きないので、逢魔の森を含めた周辺地域の見回りを強化するにとどまった。

 それがヴァルマの工作であることを知るのは、ハイファたちだけである。


「ヴァルマ、あんまり自分の国が惜しくなかったのね。まさか更地にするなんて」

「大事だったみたいだけど、なくなっちゃったから……」

「確かに、どちらかと言うと清々した、といった様子でした」


 三人は龍の魔峰を離れる間際、一足早く別れの挨拶をして動かなくなった鎧を思い出した。


「龍瞳教団の処理をした後は自由にやる、とか言ってたけど、どうするつもりなのかしら?」

「器用な方ですし、案外リンさんの商売敵になってるかもですよ?」

「ふふっ、そうなったら、正面から相手してやるわ!」


 そこへ、また違う噂話が飛び込んできた。


「知ってるか? 前の雨で落ちてきた大岩、いつの間にかなくなったって」

「街道を塞いでたのを、女の子が砕いたって話だぜ? あれ本当なのか?」

「……こっちも噂になってますね」

「う、うん……!」


 顔を赤くして小さく頷くハイファ。噂に登場した女の子とは彼女のことだ。

 全ての龍骸装はハイファの命を繋ぐために消費され、ネヴァンを倒した際に失われたはずだった。しかし、ハイファの腕は龍骸装としての力が残された。

 ハイファはこの腕をシャンからの贈り物とし、今後も誰かのために役立てることを決めた。

 コルートに繋がる道を塞ぐ巨岩を跡形もなく粉砕したのも、その言葉に裏打ちされた行動だ。ただ、少しばかり目撃者がいたことは誤算であった。


「それにしても残念ねぇ。せっかくなら、全部の龍骸装の力が使えればよかったのに。空も飛べたんだから」

「リンさん……?」

「冗談よ、冗談。怖い顔しないの」

「ふふ……」


 ネヴァンと対峙したあの姿はたった一度きりの奇跡であることを、ハイファ自身がよく理解している。けれどハイファはそれでいいとも思った。

 自分で御しきれる力を、間違えないように使えることが一番だと、これまでの旅で学んだからだ。

 そして一行はレウンと海の向こうの国、ヴェルミトを結ぶ連絡船に乗った。


「荷台ごと乗れるなんて、大きい船ですね……! 僕、こんな大きいのは初めてです」

「私も初めて。多分だけど」

「こういう船は商人用が多いのよ。ペック、私たちで色々教えてあげなきゃね?」


 所定の位置で荷台を外すリンに話を振られ、ペックは元気な鳴き声を返す。

 船員らの伝達のあと、帆を広げた船が動き出した。風を掴んだ船は、あっという間に港を出て海原を進む。


「わあ……! リン、エルト、すごいね! 海ってすごく広くて、キラキラしてる!」


 甲板に出るとハイファは柵へ近づき、広大な海に目を輝かせた。


「あははっ、コルートに来た時も同じこと言ってたわね」

「ハイファさん、海、気に入りましたか?」

「うん!」

「――見ろ、龍だ!」


 どこからともなく弾けた声に、全員が思わず振り向く。

 甲板に立つ他の乗客や船員たちは、みな一様に空を見上げていた。

 ハイファたちも同様に顔を上げ、旋回して飛ぶそれを見つける。


「ハイファさん、あれって……!」

「うん。きっと、見送りに来てくれたんだよ!」


 高度を下げ、ハイファたちがいる甲板のそばに近づいた幼龍は、小さな身体の半分以上が銀色の部品で構成されていた。

 幼龍は高度を下げてハイファたちに近づき、すぐに加速して水平線へ消えていった。

 すぐに船員たちが歓声をあげ、一層仕事へと励みだす。


「リン、あの人たち、どうしたの?」

「船乗りの間では龍は縁起がいいものなの。ヴァルマはきっと、わざとやったわね」

「シャッドさんが見たら怒りそうですけど、僕はあのお身体、格好いいと思います」


 ハイファは二人の会話を聞きながら、幼龍が消えた彼方へ視線を戻した。

 これからの旅路で、自分はなにを見るのだろう。

 悲しいもの、苦しいものと対面するかもと、不安が付きまとって離れない。

 けれど、それ以上の喜びがあった。


「………………」


 ハイファは、リンとエルトの手を握る。


「ハイファ? どうしたの?」

「酔っちゃいましたか?」

「ううん、違うの。なんだか、嬉しくて」


 この鼓動――失いそして取り戻した心が、古き物語の終わりを告げる。

 伝う温もり――両手に収まった十分すぎる幸福が、新しい物語の幕開けを謳う。


「どこまでも行こうね。みんなで一緒に」


 少女の未来(ものがたり)は、ここから始まるのだ。






ドラグファクト・サガ〈完〉

ご覧いただきありがとうございます!


これにて完結です!


ハイファたちの物語にお付き合いいただき、誠にありがとうございました!


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