3-76 たったひとつの願い
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咲き誇る色とりどりの花々。奥には立派な屋敷も見える。
「ここって、トレリアの……」
自分だったかもしれない女の子の、記憶の中の景色。
真新しい木の板と縄で作られた遊具に座る自分に、小さく笑った。
「そっか……。私、ここに来るんだ」
俯いた視線の先。
草を踏みしめる柔らかい足音とともに、人影が現れた。
顔を上げる。
「ぁ……」
「……久しぶりだナ」
「あ、あぁ……」
その声に、その笑みに、少女の目から堰を切ったように涙が溢れ出す。
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
立ち上がり、ふらふらと歩み寄る。嗚咽交じりに謝罪の言葉を繰り返しながら。
「わ、わたしっ、あなたに、あなたに謝りたくて! 許してくれなくていいからっ、ずっと、ずっと謝りたくて……!」
その背に腕を回し、強く抱きしめると、確かに温かさを感じられた。
「友達って言ってくれたのに、嬉しかったのに、私は、あなたを……!」
「気にするナ。オレ……お前には感謝してル」
少年はなだめるように少女を抱き返した。
「え……?」
「あの時、お前はオレをあいつの支配から解放してくれタ。確かに痛くて苦しかったけど、お前が助けてくれたんダ。だから、ありがとナ」
「でも……だって……」
少女は何も言えなくなる。
「そんな難しい顔するなヨ。オレ、これを伝えたくて、あいつに付いてきたんだゼ」
また、別の足音がした。少年の後ろに立っていたのは、仮面を付けた異形の大男。
「シャン……」
「……これで、オレの番は終わりだナ。ちゃんと言えてよかっタ」
少年は優しく少女を離し、後方へと進む。
少女が見た少年の身体が、足先から光の粒になって消失していく。
「じゃあナ。オレはずっと、あっちで待ってル」
「ま、待って! また会えたのに、もうお別れなんて――!」
「大丈夫。また会えるサ」
少年は穏やかな口調で断言し、そして歯を見せて笑った。
「いつか、三人で遊ぼうナ!」
初めからそこにいなかったように。痕跡も残さず。少年は少女の前から退去した。
「……うん。また、いつか」
別れの言葉を送ってから、少女は振り返る。
「えっと……」
異形の大男を前に、うまく言葉が見つけられなかった。
「なんだか、初めて会ったときみたい……」
少女が困り果てていると、大男は片膝をついて少女と目線を合わせた。
「初めて、か……」
大男の顔を覆う骨のような仮面に触れ、少女は僅かに笑みを浮かべる。
「最初は怖かったけど、今はわかるよ。あの子からの初めての贈り物だったその仮面を、ずっと大事にしていたんだね」
つ、と仮面の表面を撫でて、少女は腕を下ろす。
「迎えに、来てくれたんだよね?」
恐怖はない。
「私も一緒に境界に……。そうなるのかなって、思ってたから」
ただ、寂しさがあった。
「リンもエルトも、きっと大丈夫。私たちがいなくても、旅を続けられるよ」
それでも、最後くらいは笑っていたかった。
幾千の蒼い光の線が走り、空間は音もなくほどけていく。
時間が来た。そう考えた少女は、再び立った大男を見上げた。
「結局、シャンと普通にお話は、できなかったな」
少女の身体がふわりと浮かぶ。
「……あれ?」
だが、大男は光の地面から動いていない。
「シャン?」
伸ばされた大男の指先から、か細い黒煙が昇る。
少女の前まで漂った黒煙は、意思を持つように千切れ、動き、文字列を作り上げた。
「龍の文字……」
地底湖で与えられた知識で、意味を解読する。
それは謝罪の言葉でも、弁明の言葉でもない。再会を約束するものでもない。
――どうか、健やかに。
送り出すための言葉だった。
「……っ!」
黒煙が消える。少女はわかってしまった。
その言葉は、彼が胸にしまい続けていた、たったひとつの願い。
役目を終えた少女を、人の世界へ帰すときに伝えたかった祈り。
「さよう……なら……」
滲む視界に、震える声で言葉を紡ぐ。
「さようなら、さようなら! あの子を助けてくれてありがとう! 私を守ってくれてありがとう!」
さようなら。ありがとう。声の限りに叫ぶ。
「誰よりも優しくて、誰よりも強かったあなたを、私は忘れない!」
蒼い輝きで何も見えなくなる瞬間。
輝きの向こうで、龍の咆哮が力強く轟いた。
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