3-75 骸は砕け、華は散り
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戦いの終わったリューゲルの空は、混迷を極めていた。
バンデロシュオは門とともに消え、龍態も停止。
それまではよかった。
だが龍態の残骸は、高高度から大質量をもって降り注ぎ始めたのである。
四方から龍たちの声がするが、その姿を目視することはできない。
「ルナ! リンたちを落とすでないぞ!」
「心得ております! しかし……っ!」
ルナが自信をもって断言できないのも無理のないことであった。
「こう視界が悪くては……!」
崩壊は龍態全体で起きており、空から落ちる残骸と街の瓦礫が激突して巻き上がる粉塵と合わさってリューゲルを覆っている。
さらに夜の闇も合わさり、ルナは隣を飛ぶシャッドの姿がやっと見える状態だった。
「ねえ! ハイファはどうなったの⁉ ネヴァンはやっつけたんでしょ⁉」
ルナの角にしがみつくリンは、シャッドの頭の上に立つヴァルマに叫んだ。
『ああ! こうなった以上、ハイファとシャン殿は勝利したはずだ!』
「だったらなんでハイファたちは戻ってこないのよ!」
『それは……っ! シャッド殿! 上だ!』
ヴァルマは言いかけて、シャッドに注意を促すために声を張り上げる。
特殊な魔法を使って動く鎧であるヴァルマにとって、物理的な視覚の妨害は意味をなさない。
そんな彼が見たのは、龍態の翼の一部。粉塵を突き破り、リンたちを目がけて落ちてくる。
「ええい! 大きすぎて破壊も無意味かっ! ルナ、速度を上げろ!」
「おふたりとも、私の角を放さないで!」
シャッドに続き、ルナは速度を上げる。
しかし、開いた翼の残骸はあまりに巨大すぎた。
「だ、だめ! 間に合わない!」
リンが悲鳴を上げたその時。
闇の向こうからを切り裂き、極大の光条が飛来した。
翼の残骸を蒸散させるその輝きに、エルトは目を見張る。見覚えがあったのだ。
「これは……《エク・ル・パルジア》⁉」
エルトは空を仰ぐ。そして確かに見た。
「師匠!」
光条を放つ魔法陣を展開した杖を横に振るい、落ちてくる残骸を次々に粉砕する姿に、リンもそれがラティアであると確信した。
『星皇教会の大司教か! こいつはありがたい!』
「よし、このまま一気に抜けるぞ! ルナ!」
「はいっ!」
粉塵が吹き飛ばされたことで視界が明瞭になり、二体の龍は一気に安全な位置まで移動することができた。
「エルト! リンさん!」
風の精霊の力を纏って浮遊するラティアは、二人を乗せた龍のあとを追って高度を下げた。
「ラティア! 来てくれたのね! でも、どうして?」
「ディアンサ……いえ、教皇からの勅命で、リューゲルの調査に来たのです。ですが、よもやこのような事態になっているとは……」
ラティアは二体の龍と、後方で飛び回る龍たちを交互に見る。
「それにエルト。あなたのその杖は……」
「あ、え、えっと……どこから説明したらいいか……」
しどろもどろなエルトを、ラティアは微笑とともに手で制した。
「あなた方の無事が確認できればなによりです。それに、おおよその見当はついていますし」
そう言って視線を向けてくるラティアに、ヴァルマは両手を小さく上げた。
『おっと、大司教殿。今はその見定めるような目はよしてほしい。まだ僕らにはやることがあるんでね』
口を開きかけたラティアに割り込み、リンは声を荒げる。
「そうよ! ルナ、地上に降りて! ハイファを探さなくちゃ!」
「わかりました!」
『待てリンくん! ……と言って止まる君じゃないか。そういうわけで、大司教殿もご同行願うよ!』
「えっ、あ、ま、待ってください!」
来たばかりで状況を把握しきれていないラティアをよそに、一同は荒れ放題になったリューゲルの地面を踏む。
「あっちの方に飛んだはずだから、そのまま降りたなら……!」
「リンさん! あそこ!」
エルトが指差した先。
砂塵の奥で背を向けて立つ、鮮やかな緑の服を着た黒髪の少女を捉え、リンは駆けだした。
「ハイファ!」
「……………」
少女は静かに振り返る。だが、それだけだ。声を発しない。
「ハイファ……?」
足を止め、確かめるように呼んだ名前に、少女は微笑む。
リンが安堵しかけたそのとき。一陣の風が吹き抜け、砂塵を取り払った。
「え――」
時間が凍り付くような光景が押し付けられる。
少女の両腕は、命を繋ぎ留める龍骸装は、跡形もなく失われていた。
その身体が仰向けに傾き、一人分の音とともに地面に倒れる。
「ハイファッ⁉」
リンは再び地面を蹴り、転ぶように少女のもとへ。
抱き上げた身体は、怖くなるくらいに軽く、そして冷たかった。
「ハイファ! しっかりして! 目を開けてっ!」
叫ぶ。絶望を振り払うように。理解してしまわないように。
「約束したじゃない! 一緒に旅を続けるんでしょ⁉ 必ず帰ってくるんでしょ⁉」
だが、少女はリンの腕の中で動かない。
「リンさん!」
追いついた友に、リンは狼狽えた視線を向ける。
「ラティア、ラティアお願い! ハイファを助けて! お願いよ、お願いだから……!」
リンの抱える少女の身体を見て、ラティアは苦渋の表情で目を伏せた。
「その少女の……ハイファさんの身体からは、僅かな魔力も感じられません」
「だったら魔力でもなんでも――!」
「もう、やっています」
「え……?」
ラティアの隣に立つエルトが、呻くように言葉を発する。聖樹の杖から伸びる光は、少女へと向かっていた。
「やってるんですよ。僕は回復魔法を全力で、かけ続けて、いるんです……」
しかし光は触れる直前で霧散している。エルトの目から、大粒の涙が溢れ出した。
「何も起きない……! ハイファさんの、からだは、まほうが……っ!」
人間態に戻っていたルナは息を呑み、シャッドは固い表情で少女を見つめる。二人はシィクとの激闘の末、両脚を失ったアレンを思い出していた。
「こんなの、あんまりに……げほっ!」
エルトは極度の魔力切れを起こし、嗚咽交じりに血を吐いた。
倒れそうな弟子の身体を、ラティアは肩を抱いて支える。
「エルト! そんな無茶な魔力消費をすれば、あなたの身がもちません!」
「でも……はいふぁ、さんは……ぼくの……!」
限界を超えてなお杖を放さないエルトに、ラティアは自分のすべきことを察知した。
「……わかりました。魔力は私から使いなさい。あなたは魔法に集中を」
深く息を吸って、エルトと共に聖樹の杖を握る。
「師、匠……?」
「ろくな回復魔法が使えなくとも、それくらいはできます」
ラティアとエルトを中心に風が起き、彼女の膨大な魔力が杖に流れ込む。
エルト自身も、諦めるわけにはいかないと自分を奮い立たせて魔法を発動させた。
「ハイファさん……っ!」
師弟の力が合わさった回復魔法の光が、少女の身体を包む。
「やった……! 届きましたよ、師匠!」
装束が血に汚れるのもいとわず、エルトは快哉をあげる。
「ハイファさまの腕が!」
ルナの言う通り、少女の腕が断面から滲み出る闇によって再構成された。
「師匠、この調子なら……」
しかし、ラティアの顔に喜びの色はない。
「……違います」
「え?」
「これは、私たちの力によるものではありません」
「それって、どういう――はっ⁉」
ラティアが魔力を送るのを止め、回復魔法が終了する。
「師匠⁉」
「ラティア⁉ どうしたの⁉」
「今、少女の腕の再生は、私とエルトの魔法ではなく、彼女の内にある何かによってなされました」
険しい顔のまま、ラティアは声を絞り出した。
「魔法が掻き消されたのです。必要ないと、そう告げるように。あのままでは、私はともかくエルトが無事では済みませんでした」
「なんなのよ、その何かって……」
「シャンであろうよ」
それまで押し黙っていた老龍に、一同は視線を集中する。
「バンデロシュオになるならば、もはや肉体は必要ない。あやつめ、せっかく集めた自分の身体を、全てハイファに使いおったか」
リンは、子どものように頭を振るう。
「わかるように説明して! ハイファはっ! ハイファはどうなるの⁉」
「ワシらにはどうすることもできん以上、ハイファとシャン次第、としか言えん」
「そんな、そんなのって……!」
再び、リンは腕の中の少女に顔を向けた。
「ハイファ! 帰ってきてよ! ハイファ!」
その呼び声は、次第に言葉にならない慟哭へと変わっていった。
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