3-73 終わりへの飛翔
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時間にして数秒の落下。
遠のいていたエルトの意識は、吹きつける風の向きが変わったことで判然となった。
「あれ……? 僕は……」
「まったく、無茶をしよって」
「うわあっ! シャッドさん⁉」
エルトは襟を龍となったシャッドに咥えられ、宙づりの状態になっていた。
放り投げられたエルトの身体を、ヴァルマが受け止める。
『っと。やるじゃないか少年。あんな隠し玉があるなんて』
称賛の言葉を口にするヴァルマに返事をしようとしたが、それよりも早くもう一体の龍が飛んできた。
「エルトさまっ!」
「ル、ルナさん……」
「ああ、よかった……! いえ! なぜあのような危険な真似をしたのです!」
ルナが手に持ったペックも、エルトを叱るようにけたたましく鳴く。
「す、すみません。他に方法が思いつかなくて……。それより、ハイファさんは⁉」
『ああ、見てごらん』
エルトをルナの頭に降ろしたヴァルマが、悶え苦しむ龍態の胸部中央を示す。
「オ、オオ、オオオォォ……!」
龍態を突き破り、ハイファが飛び出した。
異形の腕には、ハイファと同じように視線を前方に向けたリンを抱えている。
「やった! ハイファさん!」
エルトがあげた歓喜の声に、ヴァルマが割って入った。
『おっと、まだ喜ぶには早いみたいだ!』
ハイファを追うように龍態から魔獣の影が溢れ出している。呪いの影響が収まったためか、その勢いも増していた。
「ルナ、行くぞ!」
「はいっ!」
ルナはシャッドと共に急降下し、同時に放った魔力の砲弾で魔獣の影を蹴散らす。
「エルト! みんな!」
気づいたハイファも上昇し、ルナたちと高度を合わせる。
「リンさん!」
ルナの頭から身を乗り出すようにエルトが顔を出す。
「リンさん……! よくご無事で!」
泣きそうな顔をしたエルトの姿を認め、リンは安心させるように笑ってみせた。
「……うん。エルトも、元気そうで良かったわ」
「はい……! はいっ!」
「ルナ、ありがとう。この子たちのこと」
「いいえ。わたくしは何も。それより、彼にお声を」
「あ――」
ルナが差し出した手の中にいた相棒が、懸命に首を伸ばしている。リンは目に涙が浮かぶのを堪えられなかった。
「ペック、ごめん……! ごめんね……!」
その首に手を回す。ペックもリンの顔に嘴を擦り付けた。
『リンくん、生還おめでとう。でも、喜びを分かち合うのはもう少し待ってくれるかな?』
「ヴァルマ……? そっちの龍はもしかして、シャッドさんなのっ?」
「そうだ。だが挨拶は後だ。あれを見よ」
シャッドが見つめる先では、放出していた魔獣の影たちを引き戻し、天を衝かんばかりに巨大化していく龍態の姿があった。
「行く……! 行くのよ……! 私は、龍の王国へ、もう一度おぉぉぉっ……!」
執念の言葉とともに、龍態の口が開き、集約した魔力が空に放たれる。
嵐のような暴風を巻き起こしながら、赤く禍々しい輝きは空に大穴を開けた。
『まったく、本当にとんでもない女だな彼女は! 自力で門を作り出するなんて!』
声を張り上げるヴァルマに、リンは言葉を投げた。
「ヴァルマ、門って?」
『文字通り、こちらの世界と龍の王国を繋ぐ門さ! 取り込んだ龍の僕から情報を得たんだろうが、めちゃくちゃにもほどがある!』
説明する間にも、龍態は翼を広げて空に浮かび上がっていく。周囲を飛ぶ龍たちの攻撃は一瞬だけ効くが、すぐに再生のための糧となってしまう。
『あんなことまでして……!』
「いかん! 侵入を許せば、やつは王国に満ちる魔力を吸収して無限に強化され続ける! 手が付けられなくなるぞ!」
シャッドの声にも焦りが滲む。エルトはヴァルマに顔を向けた。
「龍骸装を失えばネヴァンは自壊するんじゃなかったんですか⁉」
『再生よりも崩壊の方が速くなってはいるのに……! くそっ、ここまで来ると執念というより狂気だな!』
門へ昇るネヴァンを見つめていたハイファは、腕に抱いたリンに視線を落としてから静かに動いた。
「……エルト、リンをそっちに」
「え? は、はい」
ハイファは一歩横にずれたエルトの隣にリンを立たせた。
「ハイファ?」
「リン、ちょっと行ってくるね」
「い、行くって――」
『方法があるのかい?』
ネヴァンのもとへ向かおうとするハイファをヴァルマが呼び止めた。
『だったらぜひ聞かせてほしい。せっかくリンくんを救えたのに、君が犠牲になるような手段は認めたくないな』
犠牲という言葉に不吉な予感を覚え、リンとエルトもヴァルマに同調した。
「そ、そうよハイファ! ひとりで決めないで!」
「まだ僕たちは戦えます! だから一緒に!」
しかし、ハイファは首を左右に振った。
「わかるの。私たちじゃないと、ネヴァンを止められない」
ハイファの全身から、闇色の魔力が漂う。それは、これまでの旅路で幾度となく見た黒煙がハイファと共にあることを示していた。
「それは、王の……」
「シャンのやつも、いよいよ腹を括ったというわけか」
「ハイファ……」
不安に瞳を揺らすリンのもとへ近づき、ハイファは異形の右手でリンの頬に触れた。
「大丈夫。必ず帰ってくるから。ちょっとだけ待ってて?」
「……………」
小さく震えるその手を取り、リンは微笑んだ。
「――わかったわ」
「リンさん⁉」
「でも、約束して。必ず帰ってきて。必ずよ」
異形の手を撫でたリンの温もりが、全身に伝わる。
それだけで、震えは収まった。
「エルト」
ハイファはリンの隣のエルトに視線を移した。
「エルトが言ってくれたこと、ちゃんと覚えてるよ。だから、信じてほしい」
その瞳に、エルトは飛び出しかけた言葉をぐっと飲み込んだ。
「……この旅の中で、ハイファさんを疑ったことなんて一度もありませんよ」
上手く笑えているか自信はなかった。それでも、エルトはハイファを笑顔で送り出したかった。
「ありがとう。やっぱり、エルトが来てくれてよかった」
笑みを浮かべたハイファが真剣な表情になり、周囲に魔力光が走る。
「……行ってくる!」
衝撃波と破裂音を背に、ハイファは空を昇った。
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