1-11 動き出す者たち
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入浴を終えたリンとハイファは、涼むついでに客用の納屋に向かっていた。
「まさか髪を乾かすためだけに温風のスペルシートがあるなんて。スペルシートを作って売るだけの魔法使いもいるとは聞いてたけど、あんなものも作るのね」
感心したように言いながら歩くリンが抱いている紙袋には、果物が詰まっている。ペックのために用意した餌である。
「ペック、お待たせ。いい子にしてた?」
主の声を聞いて、藁の上に横たえていた身体を起こしたペックは、嬉しそうに一度鳴くと、ソワソワした様子で左右に身体を揺らした。
「はいはい。お土産はちゃんと用意してあるから。たんとお食べ」
手ずからペックに果物を与えるリン。ペックもそれを美味しそうに食べる。
「ハイファ、あなたもあげてみる?」
と、見ているだけだったハイファにリンが紙袋を渡した。突然のことにハイファは肩をびくつかせる。
「いいの?」
「大丈夫よ。この子、ハイファのこと気に入ってるみたいだから」
「えっと、それじゃあ……」
おずおずとハイファがペックに歩み寄るのを認め、リンは満足げに頷く。
「私はシャンの様子を見てくるわ」
リンが荷台の方に回ると、ペックはぬっと首を伸ばし、ハイファに催促をした。
「は、はい」
赤い果物を手に取り、ペックの嘴に近づけると匂いを嗅いでから嘴の先で器用に摘まんだ果物を口に放り込んだ。
その様子がなんだか愛らしく思えて、ほとんど無意識に手を伸ばしてペックの頭を撫でた。ふわりと手のひらを包み込むような毛並みが心地よく、ペック自身も気持ちよさそうに鳴くので、ハイファは思わず顔を綻ばせた。
だが、すぐにその笑みは消える。
「ちょっと、嘘でしょ⁉」
荷台の方から聞こえたリンの声に、ハイファは顔を上げた。
「リン? どうしたの?」
声を投げると、リンは駆け足で戻ってきた。その顔は血の気が引いて、ひどく狼狽している。
「ハイファ、どうしよう……」
あまりの憔悴ぶりに、確実に良いことは起きていないとわかり、ハイファは胸をざわつかせる。
「シャンが、どうかしたの?」
ハイファの問いかけにリンは首を振り、それに合わせて夕日と同じ色の髪が揺れる。
「どうかしたなんてもんじゃないわ。いないのよ !」
重ねられた言葉の持つ衝撃に、ハイファは手に持っていた果物を地に落とした。
「いなくなったのよ! シャンがどこかに行っちゃったの!」
※※※
橙の中から紫の色を滲ませる空に、鳥や獣の鳴き声が遠く木霊する。
砂埃を巻き上げた風が、森の中で散り散りになっていく。
かつてコンベルにおける龍瞳教団の拠点があったその場所は、凄惨な破壊と殺戮の跡を残したまま、変わり果てた姿を晒していた。
「………………」
瓦礫の山に無表情な顔を向けていたカディオは、足早に瓦礫の山を登り、足元で埋まっていた信徒の一人を乱暴に引き上げた。
「おい、何があった」
胸ぐらを掴み問い詰めても返事はない。その信徒は腰から下を失って絶命していた。
「チッ、まさかここまでとはな」
弔いの言葉でもなく、ただの独り言とともに男の亡骸を投げ捨て、カディオは歯噛みした。
「こんだけ大規模な攻撃、いったいどこのどいつだ」
地面に飛び降りたカディオは、すでにこの時点で生存者の可能性を切り捨て、この光景を作り出した張本人を探すことに意識を傾けていた。そして、捜索に向けた行動にも移っている。
膝を折って地面に両手をつき、伏せの体勢になると、小刻みに鼻から空気を吸い始めた。
魔犬の宣教師。それがカディオの龍瞳教団における通り名である。
纏う獣骸装――《バーゲストの皮衣》によって感覚、主に嗅覚が強化されており、魔力を匂いとして認識することができるのだ。
「この魔力の残り香、森を抜けてるな?」
カディオは立ち上がると前傾姿勢をとり、足裏が地面に浅く埋まるほど足に力を入れたあと、思い切り地面を蹴って矢のように森の中に飛び込んだ。
宣教師はその身体能力も魔獣の宿していた魔力によって向上する。
本来は獣骸装を完全に発動した状態でなければそのようなことは起きない。だが、宣教師と獣骸装の相性によっては発動する前から能力をある程度使うことが可能であり、カディオはその一人であった。
コンベルの街から館跡まで、陽が沈むよりも早くやって来ていることがその証拠だ。
「ふむ……」
木々の間を縫うように、しかし魔力の残滓を見失わずに駆け抜けたカディオは、一本道が伸びる草原にひとつの確信を持って立った。
匂いは、街まで続いている。
「……ヘヘッ」
カディオの口角が、邪悪に歪む。
「どこのどいつかは知らねぇが……」
バーゲストの腰布が蠢きだす。
それは、カディオが獣骸装へ自身の魔力を注ぎ始めた合図にして――。
「ここまで俺たちをコケにしてくれた礼をしないとなぁ?」
まだ見ぬ敵への、明確な殺意の発露であった。
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