3-69 集う戦士たち
お越しいただきありがとうございます!
「ハイファさんが……ハイファが変わった!」
ペックに乗ったエルトは、ハイファから吹き荒れる風を全身に浴び、体内から湧き上がる衝動のままに叫んだ。
エルトを守るために彼の傍に着地したルナも、その目はハイファに向いている。
「感じます。ハイファさまは王の血肉を、全ての龍骸装をその身に宿している……」
「龍骸装を全部って、それじゃあ……!」
「今のハイファさまは、龍と同等……いえ、それ以上の力を持っています!」
龍態の頭部から上半身を生やすネヴァンは、自分より高い位置にいるハイファに限りない憎悪を滾らせた。
「小娘があぁぁあぁぁあぁっ!」
龍の身体から赤黒い液体が迸る。それは空中で分裂し、獣骸装を纏う無数の影となった。
「私が喰らった命すべてが私の力! さあ、圧し潰れなさい!」
静かな所作で前に出されたハイファの右腕に、影たちが正面から激突する。
「………………」
少女の身体は微動だにせず、影は次々と飛来する後続の勢いによって自分たちの形を歪ませていく。
「ふっ……!」
異形の右腕が青く輝き、塊となった影に魔力を押し流して即座に破裂させた。
「まだまだあぁあぁぁっ!」
龍態から溢れ続ける影は、全方向からハイファに襲い掛かる。
「認めない……! 認めない認めない認めないっ! お前ごときが彼に選ばれるなんて! 認めるわけにはいかない!」
錯乱したネヴァンが叫ぶ。
影はハイファの魔力放出によって弾き飛ばされ、粘度のある音とともに地面や瓦礫に叩きつけられ、蒸発するように消えた。
「その力は! 私が持つべきものなのよっ!」
龍態の身体が伸びあがり、ハイファへと迫る。
「寄越せええぇぇっ!」
ハイファを喰らわんと、龍態の口が開いた。
「……渡さない」
ハイファの姿が一瞬ぶれて、見えなくなる。
「ッ⁉」
否、驚異的な速度で龍態の顎下に潜り込んでいた。
「あなたにだけは、渡しちゃいけない!」
振るった拳が、龍態の身体をさらに高く押し上げる。
「ぐうううっ! その、程度で――!」
ハイファを捕らえるべく顎から生やした腕は、空を切った。
「いないっ⁉ うがあっ!」
横からの衝撃。再び空を駆けたハイファの脚が、龍態の頭を蹴飛ばしたのだ。
大きく傾いた龍態を、エルトは呆然と見上げる。
「ネヴァンが倒れる……!」
「危険です! わたくしの下に!」
ルナがエルトとペックを守るために翼を広げる。
龍態が地面に転がった衝撃で地響きが起きた。細かい瓦礫やネヴァンの肉片を巻き込んだ爆風がリューゲルに吹きすさぶ。
「エルトさま、大丈夫ですか⁉」
風が収まり、ルナは低くしていた身体を上げた。
「な、なんとか! ペックも無事です!」
エルトとペックの安全を確認し、ルナは身体をぶるりと震わせて降りかかった砂利や肉片を払い落とす。
状況を確かめようと首を後ろに巡らせた直後、ルナは息を呑んだ。
「これは、いったい……⁉」
翼から顔を出したエルトも、思わず悲鳴を上げそうになった。
飛び散った肉片がうごめき、折り重なって膨張し、再び実体を形作っている。
それらは赤黒い色はそのままに。魔獣を模した姿になった。
「魔獣⁉」
一匹や二匹ではない。瓦礫を押しのけ、地面から這い出てくる昆虫型もあれば、空中を漂い、鳥獣型になるものもある。
エルトたちは瞬く間に魔獣の大群に取り囲まれた。
「なんて数だ……」
「おそらく、ネヴァンがこれまで取り込んだ魔獣たちです。龍骸装を失いながら、こんなことをするとは……」
ルナの声を聞きながら、ハイファのいるはずの方に視線を動かしたエルトは、ハイファがこちらよりも圧倒的に多い魔獣の影に応戦しているのを見つけた。ネヴァンもすでに起き上がっている。
「ハイファさん! 助けないと……!」
エルトが装束の内側に手を伸ばしかけると同時に、魔獣たちが一斉に襲い掛かった。
ルナとエルトが凄まじい衝撃によって吹き飛ばされる。
しかし、それは魔獣の攻撃によるものではない。
火炎。
激流。
迅雷。
暴風。
自然の猛威を纏う魔力が降り注ぎ、影たちを跡形もなく消し去ったのだ。
「い、いったい何がっ⁉」
エルトは起き上がり、衝撃の元を探す。
空の一点に目が止まった。この場所に戻る際に飛び込んだものと同じ白い光が広がっている。
『間に合ったようだね』
光の中から、くぐもった声が聞こえた。
「ヴァルマさん! って、ええっ⁉」
銀の鎧を見つけたエルトの表情が驚きに変わる。
ヴァルマが立っていたのは、光から現れた一体の龍の頭頂。
ルナは、その龍に覚えがあった。
「シャッドさま⁉」
顔に大きな傷跡を持った深緑色の龍が、口の端から牙を覗かせる。
「ルナ、よくぞ持ちこたえた。ワシが見込んだだけはある」
ルナよりも一回り大きい体躯の老龍――ガリ・シャッドが地面に降りる。
「あ、ありがとうございます。ですが、来て下さるとは……。魔峰の管理はよろしいのですか?」
「シィクが譲らんのでな。最低限のことだけ教えて一時だが任せてきた」
その返答にエルトが声を張り上げた。
「シィクさんに⁉ だって、あそこにも魔獣が……」
『僕の予備も一体送ってある。心配しないでいい』
シャッドの頭の上で親指を立てるヴァルマ。
「むしろ、そちらの方が心配なのですが……」
「僕も同感です……」
『君たちねぇ!』
「者ども、無駄話の暇なぞないはずだぞ?」
シャッドの声に、一同は気を引き締める。魔獣の影たちはまだ発生を続けていた。
「シャッドさま、先ほどの攻撃は? 失礼ながら、シャッドさまだけのお力とは……」
「なに、すぐにわかる」
短く答え、老龍は空を飛ぶハイファを見上げた。
「なるほど、面白いことになっておるな」
眼前に迫った魔獣の影が何者かの攻撃に阻まれる光景は、ハイファの前でも広がっていた。
「いったい、何が……」
『やあネヴァン! 思ったより元気そうじゃないか』
快活な声とともに、かろうじて形を残す玉座の間の奥から銀色の鎧が現れた。
『複数体の同時稼働は久しぶりだが、なんとかなるもんだね』
「ヴァルマ……!」
ネヴァンは激情と怨嗟を乗せた視線を、黒剣を握る鎧にぶつける。
『君の様子を見るに、ハイファとシャン殿は龍骸装を奪還できたようだね』
「ハッ! これで勝ったとでも? まだ私は終わってないわ!」
『君のしぶとさもしつこさも知ってるとも。だから僕は、君をここで完全に倒すための準備をしてきた。それがやっと終わったのさ』
「一体何を言って……」
ネヴァンの言葉は、ヴァルマが天上の光を指さす動作に止められる。
『さあ、ご登場願おう!』
リューゲルの上空を輝きが覆う。
『君を討つために集った、龍の王国の戦士たちだ!』
輝きが強まり、視界が塗り潰される。
聞こえたのは、勇壮なはばたき。猛々しい咆哮。
光の中に見えたのは、魔獣の最高位に君臨する存在。
数十を超える龍たちが、境界を越えて舞い降りた。
ご覧いただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブクマ、評価の方をよろしくお願いします!
感想も随時受け付けております!