3-68 窮極
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ルナは翻した身体でハイファを受け止め、黒煙に覆われるネヴァンの頭上へ移動した。
「ご無事ですか!」
「大丈夫! それより、シャンは⁉」
「ネヴァンに取りついております!」
龍骸装を吸収する黒煙の渦に伸びる腕は、渦に触れたそばから分解され、渦の一部になっていく。
「これで、王が龍骸装を取り戻せれば……!」
ハイファたちを陽動としてネヴァンの注意を逸らし、シャンによる奇襲を仕掛けるという、ヴァルマから提示されたネヴァンへの対抗策はほぼ作戦通り遂行されている。
「……………」
ヴァルマから教わった挑発で見事にネヴァンの怒りを誘ったハイファだったが、渦を見つめる今、奇妙な胸騒ぎを覚えていた。
その胸騒ぎは黒煙から鮮血が飛び散ったことによって確信に変わる。
「王⁉」
予想外の光景にルナが声をあげる
ハイファは黒煙の渦が薄くなり、一瞬だがネヴァンと対峙するシャンの姿が見えた。
「ダメ……このままじゃ……!」
そうつぶやき、ハイファがルナの頭から飛び降りた。
「ハイファさま⁉ なにをっ⁉」
驚愕するルナをよそに、落下するハイファは後方への魔力放射によって軌道を変え、黒煙の渦に突っ込んだ。
「う、ううぅ……!」
龍骸装の発する赤い光が黒煙を押しのけ、ハイファを渦の中へ導く。
龍態の頭部に転がり込んだハイファは、すぐにシャンを見つけた。龍態の額と融合したネヴァンと組み合っている。
「うふふふ、あはははは……!」
だが、胸元から自身の持つ龍骸装を覗かせるネヴァンに苦しむ様子はない。
対するシャンは肉の槍に貫かれた全身から血を噴き出し、見るからに衰弱していた。
「シャン!」
「あら、あなたも来たの?」
ハイファの存在に気づいたネヴァンが、意地の悪い笑みで迎えた。
「シャンを連れてくるまでは良かったわね。でも残念。少し身体を取り戻していても、今の私は蓄えてる魔力量が違うのよ!」
言ってる間にも、シャンの身体はネヴァンへ取り込まれかけている。
「シャンが、苦しんでる……!」
腕の放つ熱に押され、ハイファは駆けだした。
シャンを背後から飛び越え、ネヴァンの龍骸装を両手で掴む。
「シャン、頑張って! 私も……っ! 手伝うから!」
ハイファの行動に驚いたのは、ネヴァンだった。
「正気なの⁉ あなたの龍骸装も無事じゃすまないわよ!」
言葉通り、異形の腕は僅かだが表層が崩れ、シャンとネヴァンの双方へ流れている。
ハイファの身体にも凄まじい痛みが駆け巡る。
それでもハイファは手を放さない。ネヴァンの中に埋もれていた龍骸装が、少しずつ体外へと引きずり出されていく。
「気に入らないわね……!」
歯噛みしたネヴァンはいよいよハイファごと取り込もうと、背中から触手を伸ばす。
ハイファに向けて触手が迫ったその時。
下方から飛来した一条の光が黒煙の渦を蹴散らし、ネヴァンの頭部を吹き飛ばした。
「エルト⁉」
ペックの力を借りて瓦礫の山の頂に立つ、攻撃魔法を放ったエルトの姿。黒煙に開いた穴から見たハイファは、今しかないと決断した。
「うあああああぁっ!」
持てる全ての力を腕にこめて、最後の龍骸装を引きずり出す。
焼けるような熱を持った返り血を浴びながら、ハイファは龍骸装をネヴァンから完全に分離した。
「オ、オオぉオ、アあぁアァあアアぁアアああアぁあァァッ!」
龍骸装を失ったネヴァンが、再生が終わらない喉で絶叫する。
「シャン! 早く!」
掲げた頭部の龍骸装に黒煙が集中し、ハイファはすぐに手を放した。
やがて黒煙が晴れ、シャンの背中から最後の二本の管が抜け落ちる。それはシャンが自分の身体を取り戻した揺るぎない証拠だ。
「や、やった……!」
硬直したネヴァンが塵となって崩れていく様に、ハイファは安堵の言葉をこぼす。
「これで、私たちの――」
ドン、と背中を何かに叩かれた。
「……え?」
ハイファは戸惑った。なぜか身体が動かない。なぜか口から血が流れる。
振り返る。背中に突き立っていたのは、ネヴァンの腕だった。
「そん……な……」
「ガアアアアアァッ!」
怒号と共に、ネヴァンの腕がハイファの胸を貫いた。
「うそだ……ハイファさん……」
「龍骸装は、消えたはずなのに……!」
エルトもルナも、その光景に愕然となる。
ネヴァンの血塗れの手は、脈打つ心臓を握り掴んでいた。
「ハァ……ハァ……! これで、終わりぃぃぃっ!」
ネヴァンの咆哮とともに、ハイファの心臓は形を失う。
「う……ぁ……」
掠れた声が血ともに流れ、ハイファの身体が弛緩する。
「き、きひ、ひはは……! アヒャハハハハハッ!」
狂い笑うネヴァンがハイファを貫いた腕を振り回し、少女の身体を空に投げ捨てた。
重力に従って落ちていくハイファを、下半身を黒煙にしたシャンが追いかける。
「……シャ……ン……」
ハイファの視界は、シャンがこちらに手を伸ばす姿を映して、暗黒に染まった。
※※※
再び目を開けたハイファは、真白の空間にいた。
そこは天も地もなく、心地よい浮遊感が全身を包んでいる。
白い霞の中に、二つの人影が現れた。
「あ……」
ハイファに願いを託した少女と、少女に寄り添おうとした龍だ。
二人の姿を見た途端、ハイファは目を伏せた。
「……ごめんなさい」
細い指で撫でた胸の中央に、何もない空洞を晒している。
「やっぱり、私じゃダメだった」
少女は穏やかな表情で首を横に振り、ハイファへと歩み寄る。
そっと触れあった少女の手の温もりに、ハイファの目から一粒の涙が落ちた。
「私……なんで泣いて……」
ハイファの涙を指ですくって静かに微笑んだ少女が、シャンに振り向く。
青く輝く文様が走るシャンの身体から四つの夜色の球が現れ、ハイファの周囲を浮遊する。ハイファにはそれが何か理解できた。
龍骸装。
これまでに取り戻した、シャンの身体の一部たちだ。
四つの龍骸装はハイファに向かって飛び、ハイファの胸の穴を塞ぐ。
「え――」
顔を上げたハイファは、思わず声を漏らした。
こちらを見つめる少女の身体が、透け始めている。
「待って……! シャン、これって――!」
狼狽するハイファの小さな手に、シャンの手が重なる。
少女もシャンの手の上に、静かに手を添えた。
「二人とも……」
感じた熱が、胸に広がる力が、ハイファにこれ以上の言葉は不要と示す。
世界が眩い光に包まれていく。
――あなたに、全てを。
全てが真白になる直前、ハイファは確かに少女の声を聞いた。
※※※
ペックと共にエルトが。
ルナが。
そして、ネヴァンが目撃していた。
ハイファの手を掴んだシャンから発した闇が、翼を閉じた龍の形となって二人を包み込んだその光景を。
「なん、ですか。あれ……」
「凄まじい魔力です……! 人間のものではない、まるで……」
呆然と見上げるエルトとルナ。だが、ネヴァンだけは知っていた。
「この、魔力。この熱さ……! そんな、そんなはずは――!」
魔力によって形作られた龍が一点に収束。闇色の輝きが爆ぜ、世界を揺さぶる。
赤く染まった空を昇った闇は、薄氷のように細かく砕け、その中にいた少女の姿を世界に示した。
「……ありがとう」
風に揺れて輝く、灰に似た白い髪。
血潮の如き深紅の瞳。
「受け取ったよ。あなたたちの全部」
異形の両腕は、青白い魔力を帯びて一回り巨大化している。
翼はなくとも、纏う服の変化と共に現れた羽衣が空に立つ力を与えていた。
「終わらせよう! 私たちで!」
少女は今、龍とひとつになった。
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