3-55 偽龍、再び
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視点が一番高いエルトが振り返る。しかしネヴァンの姿は見えない。
次の瞬間、ハイファたちが立つ地面が大きく割れた。
「うわあっ⁉」
隆起した地面に押し流され、エルトはペックと共にハイファの視界から消える。
「エルト! ペック!」
「ハイファさま! 後ろです!」
ルナの声を聞いて反射的に飛び退くハイファ。一瞬前まで立っていた場所に、魔力の触手が殺到した。
「ふふふ……! あの程度で、私を止められるとでも?」
割れた地面が吐き出す砂塵の中から、ネヴァンが現れる。その左半身は人体というよりも液体に近い形状で、瓦礫の隙間から出てきている。
「腐っても龍かと思って齧ってみたけど、肉と鉄の混じったような酷い味だったわ」
倒れ伏した幼龍にそう吐き捨て、ネヴァンはハイファを睨みつける。
「よく避けたじゃない。感覚も強化されてるの?」
「ルナが教えてくれた。一人で戦ってるあなたとは違う!」
「ハッ、子どもっぽい台詞。なら、こういうのはどうかしら?」
身体が何かの影に入り、ハイファは空を見上げる。建物の一部や資材といった街の残骸が岩と共に飛来していた。
「ハイファさまっ! 回避を!」
残骸にネヴァンの触手が細く巻き付いているのを視認したルナが叫ぶ。
落ちてくる残骸が躱されて地面に激突することで、剣呑な音と共に砂塵が舞い上がり、ハイファたちの視界が奪われる。
「このような目くらまし!」
翼を広げ、一気に吹き飛ばそうとしたルナは、すぐに異変に気づいた。
「か、身体がっ、動かな――ああっ⁉」
土煙が晴れる。ハイファが見たのは、ネヴァンの腕から伸びる触手に捕縛され、踏みつけられるルナの姿だった。
「ふふふ、捕まえた」
「ルナッ⁉」
助けようとしたハイファをネヴァンの声が止める。
「あなたもシャンも、動かない方がいいわよ? 私、こう見えて怒ってるんだから」
「卑怯者……!」
異形の拳を固め、その場に留まるハイファ。シャンも同様に静止していた。
「は、放しなさい! この……!」
「安心してちょうだい。すぐには食べないわ」
もがくルナにネヴァンは嗜虐的な笑みを見せた。
「――あなたには、いい声で鳴いてもらわないと」
ルナの身体から、鮮血が噴き出す。
ネヴァンが右足を変質させ、鋭利にした先端をルナの背中に突き立てたのだ。
「が……!」
「あなたの身体、内側から刻むわね?」
「うぐ、あ、あアぁあァぁあッ!」
ルナの悲鳴が木霊し、ハイファはネヴァンの残忍な所業に戦慄する。
ネヴァンはそんなハイファの顔を満足そうに眺めた。
「そうよ! あなたのその顔が見たかったの!」
ネヴァンによる魔力吸収が止まり、一時的に苦痛から解放されたルナは荒い呼吸を繰り返す。
「やめて! ルナを放して!」
「そうしてあげてもいいけど、気づいてる? 私、今動けないの」
「なにを言って……!」
ハイファの言葉が止まる。
ネヴァンの背後に広がる光景――城に埋まる龍態が答えだった。
「簡単な二択よ。この子を見捨てて向こうの私を倒しにいくか、それともこの子を助けるか……」
言い終えるや、ネヴァンは心底愉しそうに肩を揺らして笑った。
「ふふっ、優しいハイファちゃんは、どっちを選ぶのかしらねぇ?」
歯噛みするハイファに、ルナは声を絞り出す。
「ハイファさま……! 私に、構わないでください……!」
「で、でもっ!」
「あなたがやるべきなのは、ネヴァンを倒すこと! それを忘れないで!」
ルナの訴えを聞いたネヴァンの顔が、スッと無表情になる。
「うるさいわね。ほら、このあたりなんてどうかしら!」
再び空に飛散する、血と悲鳴。
ハイファは、耐えられなかった。
「ウアアアッ!」
地面を砕いて飛んだハイファの拳が、ネヴァンの眼前に迫る。
「ぐブ……っ!」
顔面が潰れ、ルナから引き剥がされたネヴァンが吹き飛ぶ。
城に。本体である自分に向かって。
元に戻っていく顔は、勝ち誇っていた。
「そうよ! そうするしかないわよね! 私を殴り飛ばすしかなかったわよねぇ!」
ルナを抱いてこちらを睨みつけるハイファへ、嘲りの言葉を投げたネヴァンが龍態の頭部に消える。そこから伝播するように、龍のかたちの肉塊に赤々とした血の色が戻っていった。
「ふは、はハ、ふふふ、フふフッ! アハハ……!」
龍態の頭部に生えていたネヴァンの目が開き、口角が裂けるように吊り上がる。
「さあ、今度こそ終わりにしてあげる!」
幾重にも重なる獣たちの悲鳴が咆哮を編み、腐乱した黒翼が空を覆った。
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