3-51 見えた光明
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ヴァルマの工房へと戻ってきたハイファたちが最初に見たのは、魔石で形成された寝台だった。
「なんだろう、これ」
「ここに来た時、こんなのありましたっけ?」
「地面と一体化しています。隆起してきたということでしょうか……」
しげしげと見つめる少年少女と龍一体に、鎧が手を叩いて傾注を促す。
『はいはい、どいたどいた。これからそこで作業するんだから』
そう言ってエルトとルナを手で除け、ハイファを抱きかかえて寝台に横たえる。
「……えっ?」
そのあまりに自然かつ鮮やかな手際に抵抗の意識すら持てなかったハイファが、ようやく自分が寝台に転がされたことを理解する。
『じっとしててね。いい子にしていればすぐに終わるよ』
目を白黒させるハイファに代わってエルトが問いかけた。
「あの、これからいったい何を?」
『龍骸装の整備だよ』
「整備?」
『戦士は戦う前に武器の手入れをするだろう? それと同じさ。ハイファ、龍骸装を出してくれ』
「う、うん」
言われるがまま腕を異形と化したハイファだが、身体に不調はないことはわかっているので、整備と言われてもこの鎧が何をしようとしているのかわからずにいた。
『あー、やっぱりだ。魔力が詰まりを起こしてる』
そんなハイファの右腕を少し持ち上げて、数秒観察したヴァルマがつぶやく。
『シャン殿が龍骸装を取り戻したことに呼応して、君の龍骸装の力も上がってるんだけど、そのせいで負荷がかかってる。放っておいたら使ってるうちに爆発してたよ』
「そうなの? えっと……ご、ごめんなさい」
『謝らなくていい。これは君と龍骸装、つまりはシャン殿との相性の良さゆえに起きたことだ。あ、そうだ、このことをネヴァンに言ってごらん。いい精神攻撃になるよ』
けらけらと笑うヴァルマだったが、笑っているのが自分だけだと気づいてすぐに止まった。
『失礼。君たちにはこういう冗談は早かったね。さて、規格は人間用で、と』
ヴァルマがハイファの乗る台の側面に触れると、魔石が発する光がハイファの身体を包み込んだ。
「な、なに……⁉」
『痛みはないから安心して。龍骸装の中で詰まりを起こしてる魔力を取り除くんだ』
その言葉通り、龍骸装から闇色の霧が流れ出てくる。
冷たい水が腕を伝っていくような奇妙な感覚にハイファは身体を緊張させたが、確かに痛みもなく、霧は魔石の中に吸い込まれていくだけだった。
『あとは終わるのを待つだけ。さあ、そろそろネヴァンを倒す方法について話そうか』
整備の様子を傍観していたエルトとルナを正面に捉え、ヴァルマは三人が最も気になっていた話題を上げた。
「方法といいますけど、具体的には何をするんですか?」
『真正面から叩き潰す。……と言いたいところだけど、今の彼女を相手にそれは難しい。だから、彼女の力を奪うんだよ』
「奪う、でございますか?」
『あの龍のような姿になるために、彼女は膨大な魔力を龍骸装で強引に束ねている』
ヴァルマはハイファの龍骸装へ視線を落とす。
『今の彼女はハイファと同じで、龍骸装があるから存在を維持できているに過ぎない。そこに付け入る隙があるんだ』
淡い光に包まれているハイファは、ヴァルマが言おうとしていることを理解する。
「じゃあ、ネヴァンから龍骸装がなくなったら……」
兜が肯定の意味を伴ってわずかに上下した。
『力を制御しきれず、いよいよもって自壊する。だから作戦も単純だよ。シャン殿をネヴァンのもとへ連れて行き、龍骸装を吸収させる。それで僕らの勝利だ』
「待ってください」
割って入ったのはルナだった。
「仮にその作戦がうまくいったとして、その後はどうなるのです。自身の身体を取り戻すことが王の願い。であれば、最後に残るハイファさまを……」
『君の懸念はもっともだが、脚の龍骸装の装着者……確かアレンとか言ったね。彼が龍骸装を失っても生きているなら、シャン殿がハイファだけを犠牲にするとは考えにくい。今はネヴァン打倒に集中するべきだ』
地底湖に続く道の入り口で木のように静かに立っていたシャンを、ヴァルマは不敵に指差した。
『頼みますよ、シャン殿。露払いは僕らでやりますから、今度こそ責任を果たしてください』
「……………」
シャンは無言のまま黒煙に変じると、扉の隙間を通って工房から出て行った。
『大丈夫かな、あれ』
「シャンもわかってるよ」
ハイファは穏やかな口調で断言した。
「自分でやらなくちゃいけないんだって、そう思ってる」
『なら、いいんだけどね』
ハイファを包む光が消える。台の側面から三本の小さな石棒がせり出して、ヴァルマの足元に転がった。ヴァルマが拾い上げたそれらは台と異なり、黒に変色している。
『はい、これで整備は終わり。魔力はこの中に収まってるよ』
台から降りたハイファに、エルトが近づく。
「ハイファさん、どうです? 何か変わりました?」
「うん。なんだかすっきりした気がする」
感触を確かめるように上下左右に軽く動かしてから、ハイファは腕を元に戻した。
『処置としては大したことはないけど、これでネヴァンとも安心して戦えるよ。あとは、君次第だ』
「ありがとう。シャンの代わりにも、言っておくね」
『ハハハ、それはそれは。光栄なことだ』
芝居がかったお辞儀を返し、ヴァルマは外へ通ずる扉へと歩き出した。
『僕らも地上へ戻ろう。ここでできることは、あらかた終わったからね。僕はともかく、君たちは身体を休めた方がいい』
ハイファたちもヴァルマの後に続いて地上への道を歩む。
扉をくぐる直前、ハイファはもう一度だけ地底湖の方へ振り向いた。
「わかってる。きっと、終わらせるから」
それは、少女から少女への、決意と訣別の言葉だった。
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