3-50 聖樹の杖
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「龍のヴァルマさま?」
ハイファを担ぎこんだあたりで姿を消していた使い魔は、湖に波を立てながら上陸すると、ぶるりと身体をゆすって水を落とし、主の元へ歩み寄った。
その手には、赤い布で巻かれた棒状のものが握られている。
『やあやあ、ご苦労さま』
ヴァルマはそれを受け取ると、慣れた手つきで解く。
美しい白色が眩しい、長い杖だった。
「あ……」
エルトは思わず声を発する。
「それ、街でおばあさんが見せてきた……」
『禁断の領域、エルフの森の聖樹を素材にした杖だ。本物だよ』
その杖が纏う荘厳な空気に、エルトは唾を飲んだ。
「た、確かにあれとは違って、凄まじい魔力を帯びていますね……!」
ふと、布の中に挟まっていた一枚の紙が、ハイファの足元に滑り落ちた。
拾い上げたハイファは首をかしげる。
「……『次は自分で来い。じゃないと呪い殺す』? ヴァルマ、これって?」
ハイファの声を聴いてヴァルマが振り向く。
『ああ、実は知り合いのエルフがいてね。この杖を融通してもらって……え?』
ハイファがこちらへ向ける紙を見た途端、ヴァルマが止まる。それどころか、エルトやルナも驚きの表情をハイファに向けて固まっていた。
「み、みんな? どうしたの?」
「どうしたのって、ハイファさん、それ……」
「龍の文字が、読めるのですか?」
そこで気づく。ハイファが自分の手に持っている紙には、龍の文字が書かれていた。
「私、読めてる……」
『これは驚いた。おそらく、石像に残っていたハイファの意識を取り込んだせいだね』
目を丸くするハイファから紙を受け取ると、ヴァルマはろくに読みもせずに布の中に戻した。
『その知り合いのエルフってのがね、これまた気性の粗い女性でさ。黙っていれば可愛いんだけど』
「エルフとも交流があるとは。顔がお広いのですね、ヴァルマさまは」
『長い人生……いや、龍生か。いろいろあるものさ。さて、少年』
「はい?」
返事をしたエルトにヴァルマは白い杖を差し出した。
『これを君に託す』
一瞬の硬直のあと、エルトは目を大きく広げた。
「えっ⁉ い、いいんですか⁉」
『君の使ってる杖じゃあネヴァンと戦うには力不足だからね。その杖なら、加護を受けている君の魔力とも相性がいいはずさ』
「相性がいい?」
『ああ。なにせ、その杖は『名の無い女』が振るったものと同型だからね』
「え、えええええっ⁉」
地底湖に木霊するほど叫んだエルトに、今度はハイファが驚く。
「な、なに? どうしたの、エルト」
聞き慣れない単語にルナも説明を求めた。
「ヴァルマさま、名の無い女とは?」
『星皇神の教えを世界に広めた『始まりの四人』の一人だよ』
ハイファは杖を前にわなわなと震えるエルトに話を振った。
「すごい人なの?」
「すごいなんてものじゃありませんよ! 教典にも記載がある御方です! 精霊たちと心を通わせ、世界に星皇神の教えと威光を伝え歩き、教会の礎を築いたんですよ! その最期は謎に包まれていますが、あの方の伝説は各地にあるんですから!」
「わ、わかった。わかったよ。とっても、すごい人なんだね……!」
凄まじい勢いの解説に、ハイファは曖昧に笑うほかなかった。
「そうか! この杖に見覚えがあったのは、教典の絵にあったからなんだ!」
得心いったエルトだったが、そのために自分がこの杖を使うことに気が引けた。
「でも、本当にいいんですか? こんなすごいものを」
『むしろ使ってくれないと困るよ。君もネヴァンを倒すための重要な戦力だからね』
「で、ですけど……」
なおも手を伸ばすのを躊躇うエルト。
しかし、泳がせた視線がぶつかったハイファに力強く頷かれたことで、腹を括った。
「……わかりました。ご期待にそえるよう、頑張ります!」
エルトらしい真面目な言葉を口にして、白い杖を受け取る。初めて握るはずなのに、不思議なほどに手に馴染んだ。
「すごい……。ほんの少しだけ流した僕の魔力を、何倍にも増幅して返してきます! これなら、今まで以上に魔法が使えますよ!」
『結構。さあ、あとは君だよ。ハイファ』
「私?」
油断しきっていたハイファは、少し上ずった声を出してしまった。
「私にも、何かくれるの?」
『いや、君には特に渡すものはない。だけど……』
そこで区切って、ヴァルマはハイファに兜を近づける。
『とても、大事なことをしてあげるよ』
詰め寄ってきた兜に映る少女の顔は、言葉の意味が分からぬまま、二度瞬きをした。
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