3-48 輝きの地底湖
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シャンの案内で戻ってきた二人を最初に見つけたのは、小屋の外で待っていたペックだった。
鳴き声を上げて三人のもとへ駆け寄り、ハイファは両手を広げてペックを迎え入れた。
「ペックも心配してくれてたんだね。……ごめんね。もう、大丈夫だよ」
頭を擦り付けてくるペックの顔を撫で、謝罪の言葉を口にするハイファは、小屋の扉が開く音に顔を上げた。
「ハイファさま!」
メイド服のスカートを躍らせて、ルナが三人と一羽の前へ近づく。
「ルナ……」
こちらを見つめ返すハイファの纏う空気が変化していることに気づき、ルナは真剣な顔つきになった。
「良いお顔に、なられましたね」
ハイファは力強く首肯する。
「リンの想いに、応えたいから」
決意がこもるその眼差しに、ルナはこれ以上の言葉は不要だと判断した。
『やあ、戻ってきてくれて嬉しいよ』
金属が擦れる音と共に小屋から出てきたヴァルマに、シャンを除く全員の視線が飛ぶ。
『少年やシャン殿とどこかへ行ってしまうんじゃないかと内心ヒヤヒヤだった。これ以上の欠員は、僕も望まないからね』
「ヴァルマさま、そのような物言いは……」
ルナの苦言はあまり気にしていない様子でヴァルマは続けた。
『少年、ちなみにどこにいたんだい?』
「ここから少し離れたところの、龍の文字が刻まれた石碑があるところです」
エルトの答えに、鎧は二度頷く。
『ああ、やっぱりあそこか』
ハイファは一歩ヴァルマへと近づいた。
「あそこは何なの? 気づいたらあそこにいたけど、なんだか懐かしい感じがした」
『当然と言えば当然かな。あの場所はハイファにとって因縁の地だからね』
「因縁の地?」
ヴァルマが石碑のある方角へ身体を動かす。
『君たちが見た石碑は、『龍姫物語』に記された戦いで命を落とした者たちの慰霊碑だ。そして――』
強い風が、森を吹き抜ける。
『あの場所でハイファはこの王国から追放されたのさ』
「ハイファが、追放された場所……」
龍姫物語の中にあった絵を思い出し、ハイファは腕に僅かなうずきを覚えた。
ヴァルマはハイファたちに背を向けて小屋へ戻り、扉の前で立ち止まった。
『来たまえ。今の君になら、見せても問題ないだろう。少年もだ。ルナくん、君はどうする?』
「……わたくしも、もう一度この目で見ておきます」
「ルナさん、何を見るんですか?」
エルトの問いに、ルナはヴァルマを見つめたまま答えた。
「『龍姫物語』に記されなかった、ハイファ追放の真実です」
それを聞いたハイファは、躊躇うことなく小屋へと歩き出す。エルトやルナ、そしてシャンもそのあとに続いた。
ヴァルマを先頭にしてハイファたちがやってきたのは、地下とは思えぬほど明るい空間であった。
「壁も地面も青く光ってる……」
「ここの空気、なんだか少しピリピリしますね。肌に慣れない魔力です」
『ここら一帯の地盤は君たちの世界には無い特殊な魔力を発する魔石でね。そのせいさ。記念に少しばかり削って持っていくかい? 高く売れるかもよ?』
ルナは前を歩くヴァルマに三白眼で睨んだ。
「ヴァルマさま、そのようなことを言っている場合ではないですよ」
『僕なりに場を和ませようとしたまでさ。さて、こっちだよ』
左に曲がったヴァルマの後についていくと、一枚の巨大な壁が立ちはだかった。
ヴァルマが手を壁につけると、触れた箇所を起点にして壁に光の線が走り、線が全体に行き渡ると、壁は重たい音と共に中央から左右に分かたれた。
『ここが僕の本物の工房だ』
靴音を響かせて、リューゲル城にあったものとよく似た工房へ入るヴァルマ。
ルナに促され、ハイファとエルトも足を踏み入れる。
最後尾のシャンも入ると、ヴァルマはくぐもった声で続けた。
『ここが潰されない限り、僕にとっての大抵のことはなんとかなる』
ヴァルマの言葉を聞くハイファだったが、その意識は中央に配置された巨大な紫色の結晶に向いていた。
「ねえ、あれはなに?」
銀の鎧はハイファと同じものを見ながら、簡潔に答えを言い放つ。
『僕だよ』
「え?」
『あれが僕の本体。術式を組み込んだ魔石の中に精神体となった僕がいて、鎧に意識を飛ばしてるのさ。ほら、あっちをご覧よ』
ヴァルマが何を言ってるのかわからないまま、ハイファは横を向く。
「ヴァルマがいっぱい……」
整然と並ぶ銀の鎧たちは、確かにヴァルマと酷似した形状だった。
『僕の予備の身体さ。壊された僕もいるだろう?』
立っている鎧たちの列の端に、胸に大穴が開いた鎧が転がっていた。
『対象に魔法刻印を刻んでおけば、こうやって新しい身体に乗り換えることができるんだ』
「ハイファさんを運んだ後で地下に潜ったのは、鎧を新しくするためだったんですね」
『そういうこと。あの鎧だって、直せばまた使えるよ』
「えっと、じゃあ、ヴァルマは死なないの?」
自分なりに理解を試みたハイファの疑問に、ヴァルマは肩を揺らして笑った。
『そうでもない。あの魔石が破壊されたら終わりだし、乗り換える身体がなくなったらそれでも終わりだ。だから、魔石には不用意に触らないでくれよ?』
「すごい魔法ですね。聞いたことがありませんよ」
感心の声をあげるエルト。ルナはヴァルマの説明に補足を入れた。
「誰でもできるものではありません。この魔法は、難度の高さから禁断とされています。失敗すれば、魔石に精神を永遠に閉じ込められますから」
「そんなに危険な魔法なんですかっ⁉」
『そうとも。それを成功させてみせたのは、僕が天才だからさ!』
芝居がかった台詞のあとで、ヴァルマは『でもね』と重ねた。
『もう一人いたんだよ。そんな天才が』
ヴァルマは兜の正面を、ハイファたちとは異なる一点を見つめるシャンへ動かした。
『流石にシャン殿も気づいたようだ』
工房の奥には一本の通路があり、その終点からは光が差していた。
『見せたいものは、あそこにある』
「………………」
ルナが光を見つめて拳を固めたことに気づいたエルトは、この先に待つのが決して良いものではないということを察知した。
くぐり抜けた先にあったのは、地底湖であった。湖底も魔石で形成されており、同質の青い光が水面に揺れている。
しかし、ハイファとエルトはその景色の美しさに息を呑んだのも束の間、湖の中心の浮島に鎮座するそれに視線が釘付けになった。
「あれは……」
両手を組んで跪き、祈るように目を伏せる髪の長い少女の、傷や破損が目立つ石像。
「ううん、あの子は……!」
ハイファは石像へ近づき、自分の考えに間違いがないことを確かめた。
「ハイファさん、この女の子を知ってるんですか?」
隣に立ったエルトに、ハイファは静かに頷く。
「シャンが、私に見せてくれた。私の腕に触れた子と同じ――」
『そうか、もう彼女のことは知っているのか』
ハイファは背後に立ったヴァルマを見上げた。
「あの子は、誰なの?」
『彼女こそ、龍の王国が魔獣の軍勢に打ち勝つために支払った代償にして、王国最大の過ち……』
石像へ向いていた兜は、ただ事実だけを述べた。
『龍姫ハイファ、その人さ』
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