3-46 虚無を映す瞳
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森に飛び込んだエルトは、かろうじて道と呼べる地面を踏みながら、木々の間を縫うように進む。
だが、探しているのはハイファではなく別のものだった。
「よし、あの木なら……」
両腕を広げても足りないほど太い幹に触れ、予想を確信へ変えると、錫杖の底を木の根に軽く押し当てた。
「木々に宿りし精霊たちよ、どうか、この声に耳をお貸しください」
錫杖を通して、木に魔力を流し入れる。
すると、木の幹から、三つの小さな光が浮上した。
「私タチヲ呼ンダノハ、アナタ?」
耳朶を打った幼い子どもの声は、この大木に宿る精霊のもの。
エルトは意思の疎通が可能な精霊の宿る木を探していたのだ。
「はい。突然のご無礼をお許しください」
「ウウン。私タチヲ呼ンダナラ」
「アナタハ私タチノ友達」
「ダカラ、気ニシナイデ」
三つの光は順番に言葉を紡いでいく。
龍の王国といえど、自分たちが暮らす世界と理屈は同じということに安堵しつつ、エルトは本題に入った。
「どうか教えてください。この森のどこかに、僕と似た背格好の女の子がいるはずなんです。どこにいるかわかりませんか」
「女ノ子? ……アア、アノ子カナ」
「ウン、イタネ」
「イタイタ。女ノ子」
精霊たちの答えに、エルトは前のめりで続けた。
「ど、どちらに⁉」
精霊たちはエルトの正面から右へ動き、方向を示す。
「アッチニ、イルヨ」
「デモ、トテモ悲シンデル」
「心ガ、壊レテシマイソウ」
最後の精霊の言葉を聞いた時には、エルトの脚は動き出していた。
「ありがとうございます!」
背中越しに礼の言葉を投げ、エルトはさらに森の奥へと進む。
木々の密度が増して、森は薄暗くなっていく。だが、彼方に光が見えた。
「あそこだ……!」
転びそうになりながら、森を抜ける。
そこは、すぐには理解できない場所だった。
森をくり抜いて押し入れたような草原の中心に、大きな石碑がある。
苔が生え、やや風化しているが、龍の文字が刻まれていることはわかった。
「あ……」
石碑に寄り添って生える大木。その根本にハイファはいた。
付け袖をなくした腕で膝を抱えてうずくまるその姿に、エルトは一度深く息を吸ってから近づいた。
「こんなところにいたんですね。探しましたよ」
「……………」
返事はない。想定内だ。
「ルナさんが心配してました。僕もです。きっとシャンさんやヴァルマさんも――」
「もういい」
「え?」
「もう、いいよ」
ハイファの生気を失った声に、エルトは無理やり上げていた口角を下げた。
「もういい、とは?」
「私たちの旅は、ここでおしまい。エルトも師匠さんのところに帰って。きっと、ヴァルマがなんとかしてくれる」
「ハイファさんはどうするんです。ずっと、そうやってうずくまってるつもりですか」
発破をかけるつもりで言ってみたが、ハイファは変わらない。
「全部、どうでもいい。ネヴァンに殺されるなら、それでもいい。だって……」
ハイファは小さくしている身体をさらに小さくした。
「リンは、もういないんだから」
「し、しっかりしてください! ハイファさんがそんなことじゃ……!」
このまま崩れ去ってしまいそうな様子に言いしれぬ焦燥を覚え、エルトはハイファの肩を掴んだ。
「殺されてもいいだなんて、そんなこと――!」
「痛い……。放してよ」
顔を上げたハイファの目に宿る虚に、エルトは思わず身体を引いてしまう。
少女の口から、乾いた笑いが零れる。
「私……おかしくなっちゃった。痛いのに、悲しいのに、涙も出ないの」
ふらふらと立ち上がり、石碑に数歩近づいたハイファの腕が、異形に変わる。
「こんな身体でも、リンがいてくれたから平気だった。記憶も腕も、本当はどうでもよかったの。リンが連れていってくれるところに、リンと一緒に行けたら、それでよかったの」
黒い輝きの後、ハイファの腕は元に戻った。石碑にもたれてしゃがみ、何も映さない瞳で空を見上げる。
「でも、リンがいないなら、生きてる意味……わからないよ……」
エルトは奥歯を噛みしめ、引いた身体の分だけ前に出た。
「だから、死んでもいいんですか。だから、投げ出すんですか! リンさんが救ったその命をっ!」
「……エルトだって」
ぼそりと呟いた声に、エルトは怪訝の顔つきになる。
「エルトだって、私といたら死んじゃうかもしれないんだよ?」
虚無に染まった目が、少年の姿をその中に収める。そしてすぐに下を向いた。
「いやなの。これ以上、大切な人が目の前でいなくなるのは。だから、もう私はひとりでいい。……ひとりじゃなきゃ、いけないの」
それがエルトの我慢の限界だった。
「いい、わけが……、いいわけがないですよ!」
エルトの激情が、魔力となって錫杖へと集まっていく。
「見損ないましたよ、ハイファさん!」
輝きを蓄えた錫杖の先端がハイファに向いた。
「あなたの口からそんな言葉を聞きたくなかった! 誰よりもリンさんを慕うあなたから!」
魔法に疎いハイファでも、それが攻撃魔法だということは理解できた。
「……いいよ。ちゃんと、当ててね?」
胸の中央を手で示す。
無防備に受けるエルトの一撃ならば、リンのもとに行けるのではないか。
そんな幼稚で淡い期待を込めて。
「あああああっ!」
叫びとともに、魔力は撃ち出された。
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