3-43 狂想
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恐れ知らずの小娘に興味を抱き、ネヴァンは目を細める。
「リンとかいったわね。龍の魔峰で会った時も思ったけど、あなた、面白いわ。せっかくだから最後まで聞いてあげる。おじさまはなんて?」
リンは毅然とした態度でネヴァンに言葉を投げた。
「シャンが連れてきたあなたを、怪我の手当だけして帰せばよかったって。魔獣なんかと戦わせずに、人間としての幸せと、寿命を全うさせるべきだったって、そう言ってたわ」
「フハッ!」
ネヴァンがたまらずといった風に噴き出す。
「人としての幸せ? 寿命を全う? 私を魔獣たちと戦わせておいて、おじさまったらそんなこと考えてたの? 思い違いもいいところだわ。私はあの戦いの日々が、すっごく楽しかったもの!」
ネヴァンは高らかに言い放ち、シャンに視線を移動させた。
「それに、あの時から私の想いは決まっていたわ。人間になんて興味ないの! 私の命を助けてくれた、私の傍にいてくれた、私を最後まで信じてくれた! そんなシャンが大好きなのよ!」
シャンは無言だが、ネヴァンと視線を交差させている。ネヴァンは再びリンを見下ろした。
「でもまあ、そうね。認めてあげる。私は龍になりたいのよ。龍になって、もう一度あの国へ行くわ」
「不可能です! ゆえにかつての王はあなたを追放した! あなたは王の恩情を仇で返した! その罪は重い!」
ルナがリンに加勢すると、ネヴァンはわずかに表情を険しくする。
「できるのよ。そのための龍骸装だもの。龍の魔力を変質させて、所有者を龍と同等の領域まで押し上げる。私はそのために龍骸装を作らせた」
ネヴァンはうつ伏せで横たわる鎧を一瞥した。
「実際ヴァルマはやり手だったわ。今思えば、龍骸装だってわざわざ五つに分解する必要もなかったのかもしれない。けど口車には乗ってあげたわ。シャンをバラバラにするなんて、なかなか体験できるものじゃなかったもの」
宙に浮かぶネヴァンが、泳ぐように身体を動かしてシャンのもとへ近づく。
「シャン、あなたは自分の同胞の龍たちを守ろうと私を地上に追いやった。辛かったでしょ? だから私がその責任から解放してあげる」
シャンの顎を撫で、耳元で囁く。
「門をくぐったら、他の龍はみんな殺して、龍の王国をあなたと私だけのものにする。そうすれば、あなたの憂いはなくなるわ。ふふふ、いい考えでしょ」
シャンが右腕を横に振るった。ネヴァンは笑顔のままヒラリと躱して、もとの位置に戻る。
「そうそう。あなたとこの場所で戦ったときも、そうやって私を拒絶したわね。でも、結果はその有様……。可哀想だから、翼と胴体も適当に置いたりしちゃった」
嘲りを紡ぐネヴァンの口の端が痙攣し、やがてその喉から笑い声が這い上がった。
「ふひっ、ひはははっ! あはははっ! 私を止めるために人間とつるんで、惨めったらしく必死に自分の身体を集めて回るあなたの姿! 愛おしくて、ああ、愛おしくてたまらなかったわ!」
恍惚とした表情で語るネヴァンに、リンは今まで対峙してきた人間たちとのどれとも違う異質さを感じ取った。
「あなた、おかしいわよ……!」
ネヴァンはその言葉を一笑に付すと、自身の高度を上げた。
「さあ、話はこれでおしまい。これから私は、龍の理を破壊する!」
ネヴァンの胸部から球形の赤い輝きが出現する。それは、彼女が持つ龍骸装。シャンの頭部だった。
「見せてあげる。私の想い、私の愛を……!」
ネヴァンの身体を内側から引き裂いて溢れ出した魔力が瀑布となり、頭部の龍骸装を巻き込んでリューゲルに降り注ぐ。
「な、何が起きるのっ?」
「……リン」
名前を呼ばれて振り向いたハイファの姿に、リンは戸惑った。
「ハイファ?」
ハイファの髪が、白くなっていく。その身体が再び赤い魔力に覆われ、両腕の龍骸装から血が流れていく。
血は白い床を汚すことはなく、滴となって宙に浮かび、互いに引き寄せ合いながら一つになると、龍の頭骨を模した仮面となった。
「そ、それって……!」
遺跡で龍骸装を暴走させるハイファが付けていた仮面に、リンは目を見開いた。
「ダメよハイファ!」
リンは慌ててその仮面を握り掴んだ。
「今あんなことになられたら、どうしたらいいかわからない!」
「でも……私の中の誰かが言ってる。これを使わないと、みんな死んじゃう!」
「誰かって……! ハイファ、待ちなさ――ああっ!」
仮面が放つ熱に耐えきれず、手を放してしまう。
ハイファの顔が仮面に隠れ、再び魔力を帯びた風が吹き荒れた。
「……………」
しかし、様子がおかしい。暴走状態のはずなのに、全く動かない。
「は、ハイファ? 平気……なの?」
ハイファはリンの問いに答えず、ネヴァンが消えた方を見た。
地鳴りが轟く。世界が震える。そして、二本の細長い柱がハイファたちのいるリューゲル城より高く屹立した。
否、柱などではない。横に広がった様にリンは思わずつぶやく。
「翼……?」
地の底から響くようなおどろおどろしい笑いとともに、それは姿を現した。
「ふ、ふハハはは……ハァァアァハハハハッ! アあぁアハはハハはハッ!」
夜天を覆う翼、長い首と繋がる頭には左右一対に伸びる角と大きな口に、鋭い牙。
「そん、な……」
そのすべてが赤黒い流体の魔力で構成され、崩壊と再構築を繰り返す不定形のものであっても、エルトには確かに見えていた。
この世界において生命の頂点に君臨する、絶対の存在。そのものに。
「ネヴァンが、龍に……!」
無数に重なる咆哮の不協和音が、天地を揺るがした。
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