3-42 夜天に浮かぶ魔女
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「ぐ、ギ、あ、ああァアァあアァぁぁぁ……っ!」
尾を引く絶叫と共に、ネヴァンが光の中に溶けていく。やがて魔力放射が止まり、ハイファを包んでいた闇も消えると、空間はシンと静まり返る。
消し残されたネヴァンの頭が床に落ちた音が、静寂を破り裂いた。
「倒した……んですか?」
エルトがつぶやき、ルナはネヴァンを凝視するヴァルマを見やる。
『……おかしい。変だぞ』
「え?」
『どうして、ネヴァンは龍骸装を使わなかった?』
ヴァルマから出た言葉の意味をリンが問いただす前に、事態は動いた。
「くふっ、ふふふふふ……!」
首から先だけになったネヴァンが、笑っている。
「まだ生きてるのっ⁉」
重力に反して浮き上がったネヴァンの首に、ハイファたちは身構える。
「シャンに三つ、私と、その子に一つずつ……。いい。いいわ! ぜぇぇぇんぶ、私の思い通り!」
四肢を失った状態で狂喜するネヴァンに、エルトは恐怖を覚えた。
「だったら!」
今度こそ、とどめを。拳を振りかぶったハイファがネヴァンの首へ飛ぶ。
「ねえ、そうでしょ? 私?」
ネヴァンの首はそう言って泡のように弾け、ハイファの拳は空を切った。
「消えた……?」
ハイファは首を振ってネヴァンの姿を探すが、どこにも見当たらない。
だが、まとわりつくような嫌な気配だけは、ネヴァンがいなくなった今も残り続けている。
ペックから降り、ハイファと同様にネヴァンの姿を探すリンは、足元に転がっていた木片が僅かに揺れていることに気づいた。
「なに……?」
拾い上げようと手を伸ばしたその時、空間が激しく横に揺れ始めた。
「うあっ!」
思わず体勢を崩してしまうリンをペックが支える。
エルトは揺れに苛まれながらも、空間のそこかしこに亀裂が走っていることに気づいた。
「空間が崩壊していく……。魔法が消えるんだ! みなさん、気をつけて! どこか違う場所に転移します!」
エルトが叫んだ通り、ヴァルマの工房という景色が消滅。ハイファたちは自分たちの位置はそのまま、見知らぬ場所に転移した。
「う……」
頬を撫でた風に目を開けたハイファは、すぐに自分たちのいる場所の異様さを理解した。
彼方に、山の稜線が見える。いつもより星空を近く感じる。
だが外ではない。ここには天井も壁もなく、自分たちが立つ白い床だけがあるのだ。
「こ、ここはっ?」
『リューゲル城最上階、玉座の間。……だった場所だ』
ヴァルマが低い声でハイファの問いに答える。
『僕の工房は基本的にここと繋がってる。でも、今の転移をやったのは僕じゃない』
感覚を研ぎ澄ませていたルナは真っ先に気づいた。
「みなさま、あちらをっ!」
ルナが示した先に、ネヴァンがいた。
「ふふふ……」
五体満足で、顔に嗜虐的な笑みを貼りつけている。
「改めてこんばんは。いい夜ね」
さらに、ハイファたちを見下ろすように夜空を浮遊していた。
「ネヴァンがもう一人⁉ じゃあ、僕たちの前にいたのは……!」
驚くエルトの声に肩を揺らすネヴァン。
「分身よ。私の力の二割くらいを使ったね。楽しんでもらえたかしら?」
『なるほど、分身。道理で妙に弱かったわけだ』
前に出てきたヴァルマへ向けて、ネヴァンはさらに笑みを深くする。
「残念だったわねぇ? せっかく準備した策が無駄になっちゃって」
『別に? むしろ安心したよ。もしあれで終わってたら爆笑しながら君の新しい本を書いてあげたさ。八〇〇年の悲願はあっけなく潰えましたとさって――』
言い終えるより先に、ヴァルマの胴体に穴が開いた。
『……おや?』
銀の鎧は倒れ、それきり動かなくなる。
「つくづく私を苛立たせる天才ね。いい加減に黙りなさいな」
「ヴァルマさん⁉」
駆け寄るエルトを横目に、ハイファはネヴァンと向き合った。
「あなたは、何がしたいの?」
「しつこいわね。分身の私が言ったでしょう? 子どもにはわからないって」
だがネヴァンは取り合わない。歯噛みしたハイファがさらに続けようとした時、リンが口を開いた。
「龍に、なりたいんでしょ」
ハイファの隣に立ち、リンはネヴァンを睨む。
「『龍姫物語』の内容とシャッドさんの話で確信したわ。人間だったあなたは、龍の王国に流れ着いて、龍たちと暮らすうちにずっとそこにいたくなって、龍になろうとした。そうでしょ?」
「……ふぅん?」
ネヴァンは小動物でも見るような目でリンに微笑んだ。
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