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1-9 信頼と対価と

お越しいただき、ありがとうございます!

 少しして、カーテンが開く。


「あ、ハイファ、着れた……みた、い……」


 振り向いたリンはハイファの姿に息を呑み、言葉が最後まで出ない。


「ほお?」


 老婆も片方の眉を上げ、美術品でも見るように下から上にハイファの姿を凝視した。


「どう、かな?」


 ハイファは肌を撫でる視線に照れくさくなって、そわそわと落ち着かない。


「うん……うん、うんうんうん! とっても似合ってる! 前のよりずっといい!」


 目を輝かせ、力強く絶賛するリン。ハイファはその圧に思わず少し身体をのけぞらせる。


「リン、お、落ち着いて……」

「おばあさん、これ買ったわ!」

「えっ」


 続いたリンの言葉にハイファが頓狂な声をあげる。


「なに驚いてるの? その服がハイファの記憶に何か関係があるのは確実だし、着てれば知り合いに会えるかもしれないでしょ」

「けど、ほとんど気のせいみたいな……。それに、悪い……。こんな、良さそうなの」

「そうは言うが、お前さん、嬉しそうな顔してるよ?」


 老婆に指摘され、背後の鏡を見たハイファは、自分の顔が自分の意思に反して口角を上げていることに愕然とした。


「な、なんで?」


 両手を顔にやって無理矢理に表情を戻そうとしても、すぐに笑顔が浮かび上がる。


「遠慮しなくていいって。おばあさん、これ着ていくから、このままお会計させて」

「あいよ。事情は知らんが、あんたら、いい買い物したね」


 ハイファが意識と乖離した表情の変化に困惑している間に、リンは本当に会計を済ませた。

 新しい服を手に入れたハイファが表情を制御できるようになったのは、リンとともに服屋から少し歩いた場所にある大衆食堂にやって来てからだった。

 今、テーブルを挟んで向かい合って座る二人の前には、出されたばかりで湯気を立てる料理が並んでいる。


「いやー、いい服が見つかってよかったわ!」


 買ったリンの方が上機嫌な顔をしていた。というよりも、ハイファの表情が沈みきっている。


「さ、食べましょ! お腹ペコペコ!」


 木製のスプーンをリンが手に取った瞬間、ハイファは口を開いた。


「どうして」

「え?」

「どうして、ここまでしてくれるの?」


 それは、昨夜から感じはじめ、そして先ほどの服屋で留めておくことが限界になった感情だった。


「宿に、服に、食べ物まで……。私はリンになにも返してあげられない」

「いいのよ、そんなこと考えなくて。私がしたくてしてるんだから」

「でも――」


 ハイファは語気を少しだけ強め、胸の内を曝け出した。


「怖いの。さっきだってあんなことになったのに。得体の知れない私のために、リンがしてくれることが、あんまりに、優しいから……」


 ハイファの言葉を聞き、リンはスプーンを置いた。


「……優しいから、信じられない?」


 穏やかに語り掛けてくる声に、ハイファは俯く。


「ごめんなさい……」


 ここで謝ることがとても失礼なことなのはわかっている。けれど、記憶を失っていても感覚的に、本能的に、優しさの裏を探してしまう。


「ハイファ、顔あげて?」


 言われるがまま顔をあげると、身を乗り出したリンが、こちらに右手を伸ばしていた。

 突然のことにハイファは固く瞼を閉じる。


「大丈夫」


 その言葉とともに、リンの手はハイファの頭を撫でていた。


「私は、あなたを裏切らないわ」

「リン……」

「こういう仕事だからね。あなたがどんな扱いを受けていたのか大体想像がつくわ。もしかすると、私の想像を超えるようなことだってされてきたかも。記憶を失くしていたって、それまでのことが身体に染み付いて、優しさを信じられなくなるのだって無理のないことよ」


 でもね、とリンは伸ばした右手をハイファの右手に重ねた。


「だからこそ、もう一度だけ信じてみてほしいの。広いこの世界には、私みたいな人もいるんだって」

「………………」


 重ねられた手とリンの顔とで視線を上下させるハイファ。リンはその揺れる瞳に、微笑んでみせた。


「それでも信じられないなら、こうしましょう。ハイファ、私はあなたを雇うわ」

「雇う?」

「そう。行商と一緒に旅する従業員。報酬は衣食住の保証。雇用期間はそうね、あなたが記憶を取り戻して故郷に帰るまで。これなら何も後ろめたくないんじゃない?」


 ハイファには、リンが自分と一緒に来ないかと言っているのだと、すぐに理解できた。

 どうしてそこまで。

 そんな言葉が再び喉奥まで上ってきたが、こちらを覗き込んできたリンの顔に、これ以上の言葉は必要なかった。

 それゆえに、答えも決まっていた。


「……わかった。じゃあ、よろしくお願いします。精いっぱい働きます」


 満足のいく答えを得ることができて、リンの表情が華やいだ。


「うん! あ、でも、接し方は今まで通りでいいから。なんだったら、親しみを込めて私を『お姉ちゃん』って――」

「よろしく。リン」

「呼んではくれない感じか。そっか。うん、期待とか、全然なかったから。うん」


 誤魔化すように何度も首を上下させてから、リンは改めて目の前の食事に注目した。


「食べよっか。冷めちゃうし。これ食べたら宿に戻りましょう。お風呂入って、シャンのことも考えないと」


 食べ始めたリンのあとに続くハイファ。その顔には感情と同調した笑みが浮かんでいた。

ご覧いただき、ありがとうございました!


更新は明日です!


少しでも続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブクマ、評価の方をよろしくお願いします!


感想も随時受け付けております!

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