王室で待つ者
三階へと続く長い螺旋階段。
王城の城壁を這うように延びた階段は最上階となる遥か頭上の三階へと続いている。
その階段を上る二人の影。
片方は日に当たれば茶色く見える黒髪と黒目の男。
肩幅は少し広く、身長は175cmほどだろうか。
もう一方は見れば吸い込まれそうなほどの深い青の髪と透き通った紺の双眸を持った長身の男。
二人並ぶと青い髪の男の方が頭ハンコ分ほど背が高い。
「そういやなんで『最強』なんだ?なんていうかそのー」
「ダサい?」
周囲に警戒をしながらとはいえ十分も経ってまだ半分もいけていないせいか黒髪の青年が口を開く。
心の中で疑問に思っていたことをぶつけるが、いざ言葉にすると相手に失礼だと思い言葉がうまく回らない。
どもり始めた青年の言いたかったことを当の本人がさらりと口にした。
「水無月の言いたいことは分かるよ。僕も最初の頃はイマイチ様にならない肩書きだなって思ってたから」
「いや、かっこいいとは思うよ?でももっといいのがあるよなあって思って」
苦笑しながら言うテルソリアに水無月は少し焦りながらフォローを入れる。
しかし、テルソリアは気にした様子もなく別の方向に興味が向いたようだ。
「例えば?」
「そうだな……英雄とかはかっこ良くね?民を守る最強の騎士にぴったりだと思うけど」
「英雄……英雄か、僕も一時期そう言われていたんだけどね」
「じゃあ今はなんで『最強』なんて呼ばれてるんだ?」
「国民が描いた英雄像に僕はそぐわなかった。だから他の肩書きが与えられたんだ。それだけの話だよ。……さて、この話はもうやめようか」
「お、おう」
テルソリアは手をパンっと叩いて戯けて見せる。
軽快な動作の反面、これ以上話させはしないという意思が水無月の口を、体を縛り付ける。
一瞬だけ段差を上る足が止まったがすぐに足は動き出した。
「カルステアから聞いたんだけど数ヶ月前の騒動、君もあの場にいたんだね。それも後遺症になるような怪我もなく外傷も最低限にまで抑えて狂者の集団を無力化させたとか。一体どこで戦う術を習ったんだい?」
「三年ぐらい前に学校で。先生が教えるのめっちゃ上手だったんだよ。初めてなのにみるみる上達していってさ。半年ですげえ強くなったんだ」
水無月の成長は最初の半年が一番大きかっただろう。
実際、異世界に来たばかりの水無月は周囲の一般人よりも戦うことにおいては弱かったのは確実だ。
ただその半年後には周囲から見ても強い部類、少なくとも一人で国と国を旅できるほどには強くなっていた。
そして、自分が強くなっっていくのを水無月自身も感じていた。
その数ヶ月後、自分の力不足を突きつけられたことは今でもふと思い出してしまう。
「三年前……そうか、嫌なことを思い出させてしまったらすまない」
「いやいや、いいんだよ。あの時テルソリアが助けてくれなかったら俺も死んでたわけだし。そう考えると今の俺はあの時より強くなれてるかなって思うこともあるんだけどな」
次は水無月が苦笑を浮かべて会話が暗くならないようごまかす。
どちらもピンポイントで地雷を踏んでしまい漂う空気が目に見えて悪くなっていく。
しかし一度話し始めてしまった手前、唐突に無言になるという選択肢は二人にはなかった。
階段を上る足を二人とも少しだけ早める。
「君を教えていた先生、名前をベントって言わなかったかい?」
唐突に、それも聞きなれた名前が予想もしなかった人物から飛び出してきたことに水無月は目を見開く。
ベントとは三年前自分に対人戦闘を学ばせてくれた恩師その人なのだから。
「確かに俺に教えてくれたのはベント先生だ。だけどなんでテルソリアがその名前を知ってるんだ?もしかしてベント先生って有名人だったりするの?」
世界で名を轟かせる騎士から見知った人物の名前が出てきて水無月のテンションはヒートアップする。
有名な人から親戚の名前が出てくると何故か興奮してくるあれだ。
「彼はもともとグラべオン騎士団で新人騎士たちを教えていた人だよ。僕も一年間だけ教わったことがある」
「ベント先生やけに教えるの上手だなと思ってたけどそれなら納得だわ」
対全生徒戦があった時も無傷で全員を無力化したのは水無月の心にも深く残っている。
相手を斬りつけることに抵抗のある水無月に相手を殺さず済む方法を個別で教えてもらったことは心の底から感謝している。
そのおかげで少し前の騒動も自分の納得できる形に持って行けたのだから。
「彼、自分の魔法について話さなかったのかい?」
「硬質化は授業で何度も使ってたな。あーでもベント先生一つしか使ってなかったような」
過去の記憶を思い出す。
だがどの記憶を探っても水無月の記憶にあるベントの情報は更新されない。
いかなる攻撃をも無傷で防ぐ硬質化の能力。
本来なら二つ使える魔法のうちの一つはそれであることは確定している。
ならば後一つの魔法はなんなのだろうか。
そんな疑問が水無月の脳裏に浮かぶ。
そして、その答えはテルソリアによって導かれた。
「彼のもう一つの魔法は『成長を促す』ものだよ。だから彼はグラべオン騎士団で新人騎士たちを教育していた。効果は人によって差異があるが少なくとも成長曲線は普通に鍛えるよりもぐんと急カーブを描くようになる」
「じゃあ俺が強くなったのはベント先生の魔法のおかげってことか?」
「それは違うよ。強くなれたのは君が自主的に頑張ったから。そもそも頑張らない者に彼は魔法を発動させないからね」
自分の力が他者によるものだったと知り肩を落とす水無月にテルソリアは優しく微笑む。
その笑顔は温かくて、水無月の
「君みたいに自信を無くしてしまわないよう彼はあえて言わなかったんだと思うよ?僕は自分が強くなった原因はしっかり把握しとくべきだと思ってるんだけどね」
「まあ、そうか。確かにそれは大事かもな」
「そうそう。なんのおかげで強くなれたのかを把握するのは強くなることにおいて重要さ。なんであれ今ある力は君のものだ。自分のために使えばいいんだよ」
「ああ、そうさせてもらうよ」
今まで自分が自己のためにしか力を使ってこなかったのではとふと思う。
それは国の人たちの悩み事を解決してきたこの二年間も同じことだった。
相手のためではなく自分が生活していけるために水無月はこの二年働いてきたのだ。
やりがいを感じたことがないわけではない。
相手の喜ぶ顔を見て喜べる程度には水無月の感性はまともだ。
ただ誰かを守るためだけに戦うテルソリアを見て自分の生き方に疑問を抱いたのだ。
もちろん騎士である彼の生き方と比較するべきではないのだろう。
しかし、自分が今ここにいる理由、仕事だからというのを思うと自分がちっぽけな人間に思ってしまうのだ。
小さなことをきっかけに水無月の疑問はどんどん頭の中で膨らんでいく。
テルソリアに意見を聞くのも良かったがこれは自分の問題だと考え、頭の中で思考を巡らせる。
悩んで、悩んで、悩んだ末に水無月は一つの結論を出した。
「自分の力だし深く考えなくていいよな。困った人も自分も笑顔になる未来を掴む。それでいいじゃん」
「急にどうしたんだい?」
考えることがめんどくさくなり放棄する。
突然様子が豹変し明るく笑い出した水無月に、テルソリアは相応の動揺を見せる。
だが吹っ切れた水無月にはどうでも良い事だった。
テルソリアの心配に答えることなく、水無月はテルソリアの背中を叩いて早く上に行こうぜと意気揚々に話す。
駆け上がる足はどんどん早くなっていき、上階が近づいてくる。
テルソリアも先をいく水無月の背中を追う。
そして、
「おお〜!さすが王城だな。豪華絢爛、風光明媚。でもなんでこの階層だけ整えられているんだ?」
一階層と二階層は質素で閑散としていたが、王室があるとされるこの階層は誰もが羨む華やかさを備えている。
長い間使われていないはずの床に敷かれた赤いカーペットは埃一つ残していない。
何故か整えられている三階層。
左右に伸びる長い廊下もくすみひとつなく輝いて見える。
「先入捜査の結果では国王以外では誰もいないと聞いていたが……」
「国王が一人でやったってことはないよな。さすがにこの広さを綺麗に保つことなんて人力じゃ無理なはず」
「君の言う通りだ。何か特別な力、それこそ熟練された魔法じゃなければこの広さを綺麗にすることはできない。もちろん魔法ではなく別の力の可能性もあるが」
「国王が持ってるのが掃除できる魔法ってのもなんかなあ。悪役の王には破壊魔法みたいなの持っていて欲しいっていうのがあるから別の力に一票」
辿り着いて早々に不思議な点に目をつけるが今の現状では進展は何一つない。
城の造り的に目の前にある壁の奥に王室があるようなので水無月とテルソリアは壁に沿って慎重に歩いていく。
視界に映るのは無機質に続く廊下のみ。
装飾もただ豪華なだけで何かの仕掛けというわけではなさそうだ。
一定間隔に備えられた扉も中に誰かがいる気配を感じない。
さっきまでとは打って変わり、生き物の気配が全くなくなる。
奇妙な感覚が余計に神経を敏感にさせる。
歩き始めてしばらく、水無月の頭に刺激が走った。
「っ!」
「どうしたんだい水無月?」
左手を頭に当て水無月の顔が一瞬引きつった。
しかし、すぐな何事もなかったかのように大丈夫と手を振る。
「いや、日下部から連絡があって」
「どうやって連絡を?」
「俺の付けてるこの腕時計、色々な機能がついているんだけどそのうちの一つにメッセージを直接脳に届けるっていうのがあるんだ。テルソリアも街で売ってるとこ見たことないか?」
「王城近くのお店で何度か見たことあるよ。それで、日下部くんはなんだって?」
「負傷したから撤退するって言ってた。コレニスは命に別状はないようだが意識不明の状態らしい」
「それはっ!今すぐ水無月もそばに行ってあげたらどうだい?」
「それに関しては大丈夫だ。日下部にあとは任せろって言っておいた」
水無月は左腕につけた腕時計を見る。
内手首の方に向けられた時計の針は王城奪還戦が始まってから三時間の経過を示していた。
「そろそろ帰らないとアルマに心配かけちまうな。よっし、いっちょラストスパートかけていこうぜ」
長い廊下の突き当たり、十分以上の時間をかけやっと曲がり角に到着することができた。
まだ王室までは距離がある。
立ち止まってる時間がもったいない。
二人はすぐに歩き出した。
「本当に生き物の気配がないな。そのおかげでスムーズに進めてるわけだけどやっぱりここまで静かだと不安になるな」
「大丈夫だ。僕がいる。安心するといい」
「めちゃくちゃ心強いセリフきたな。俺もテルソリアみたいになりてえ」
「努力すれば誰だって僕みたいになれるさ」
「たまに謙遜するのはなんなんだよ」
「あまり力の強さを全面に押し出してしまうと敵には有効だが守るべき人たちに怖がられちゃうからね」
「そういうもんなのか」
そうこう話しているうちに、一際豪華な扉が二人の前に姿を表す。
他のどの扉よりも重厚で、装飾もこれ以上ないほどに凝られている。
王室にふさわしい雰囲気を醸し出していた。
この先に今回の騒動の主犯と考えられていう国王がいるのは確実だろう。
「水無月、心の準備はできたかい?」
「ああ、心臓バクバク言ってるよ」
「帰るかい?」
「ここで帰っちゃ男が廃る。そして何より自分の彼女に顔向けできなくなる」
「覚悟はできたってことだね」
「覚悟は出来てる。そういうテルソリアはどうなんだ?」
「僕はいつでも準備万端さ。なにせ『最強』だからね」
「ははっ、俺もそういう肩書欲しいな。……さあ、行こうか」
重く大きい両開きの扉をそれぞれ一枚づつ押す。
少し錆び付いているのかギギギと音を鳴らして扉は開かれた。
グラべオンの王城に置いて最大の広さを誇る王室の中。
配下を見下ろすために用意された段差の上に置かれて玉座に、一人の影があった。
「ここまでお疲れ様、お兄さんたち。まずは話し合いといかないかな?」




