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9.お金は誠意と責任なのですわ!

 冒険者ギルドの存在は、多くの人間にとってのある種救済のようなものであった。


 冒険者といえば、御伽噺の中に出てくるような、未知を既知へと塗り替えて、未踏を踏破する勇敢なる人々、というイメージを抱く人間もいるが、しかしてその実態は、その日暮らしの寄り合い所帯にすぎない。


 だからこそ、そうした人間でも身分を、言い換えるのならこの国や世界における立場を保障する目的で作られたのが組合(ギルド)であり、その存在は名目上は国家からも独立したものだ。


 貴族であったルヴィアリーラが知る由はなかったのだがそこはそれ、無断で、というより冒険者ギルドを通さずに出した依頼とそれを受けた冒険者は処罰の対象となる、という掟が組合には定められている。


「要するに人身売買だの麻薬の取引だの、そういうヤミの仕事を受ける冒険者が昔はやたらといたからどんな依頼であってもギルドを通さなきゃならないのよ……ってかこんぐらい、冒険者になるなら知っときなさいよ」

「為になるお話をいただけて痛み入りますわ、わたくしどうにも世間を知らないもので」

「わ、わたしも……その……あ、あの……じ、事情、が……」

「……んなもん話聞きゃわかるわよ、それにね、見たとこあんた無償で仕事請け負おうとしてたみたいだけど、依頼に金払うってのは責任を取る、誠意を示すってことなのよ」

「誠意、でしたか……それは盲点でしたわ、それなら確かに合点が行きますわね!」

「……ってことはあんた今まで無償でなんかやってたわけ……?」


 赤毛の女性──クーデリア・クロサイトもまた駆け出しの冒険者にすぎない存在だったが、そんな彼女ですら知っていることを知らない時点で訳ありです、と宣っているようなものだ。


 返ってきた、あまりにも世間知らずな答えにげんなりしながらもクーデリアはため息をつくだけに留めて目頭をそっと抑える。


 それに、恭しく頭を下げる仕草や物言い、所作からしてもこの金髪の方は相当、脛に傷持つ存在であることに疑いはない。


(大方、貴族がなんかやらかして追放でもされたのかしらね、それにしちゃ前向きだけど)


 身分を剥奪され、追放されるというのは貴族にとって基本的には死刑宣告に等しい。


 このファスティラ城塞都市はともかくとして、それこそギルドを通さずに依頼を持ちかけてきた農夫たちが住む農村や開拓村の中には税の支払いに苦しむ庶民も少なからず存在しているのだ。


 なれば、その取り立て先である貴族階級に恨みを持つなといわれてはいそうですか、と大人しくいられるのは少数派だ。


 実際、クーデリアも出身は貧しい村だったから、貴族という階級に何かしら恨み妬みがないかと問われて、ないと答えたならそれは嘘になる。


 殺したいほど憎いとは思わずとも、大なり小なり上流階級への恨み妬みを抱いて生きるのが市民なのだから。

 ──だが、不思議なものだ。


 クーデリアは二人と言葉を交わす内に、己の中の怒りが静かに、潮が引くように、さあっと彼方に運ばれていくのを感じていた。


 元貴族なんてのは、大体が剥ぎ取られた虚飾を盾に威張り散らしているものだとばかり思っていたが、この金髪女と、よくわからないけど厄ネタ持ちに違いはない銀髪女は違うらしい。


 まるで子供のようにきらきらと目を輝かせて自身の話に聞き入る二人に苦笑しつつ、農夫へギルドへの行き先を指し示しながらクーデリアは問いかける。


「……ねえ、あんたたち、名前なんていうの?」


 もしかしたら、また何か縁があるかもしれない。


 冒険者の世界など一期一会でその日暮らしだ。


 今日結んだ縁が明日には切れていることなど決して珍しくはない世界、それが冒険者であり、命を糧に金を稼ぐということでもある。


 だが、どうにもクーデリアには、根拠こそないがこの二人とまた再会するような予感がしてならなかったのだ。


「名乗りもしていなかったとは……! ごめんあそばせ、わたくしはルヴィアリーラ。ただのルヴィアリーラですわ」

「……わ、わたしは……リリア……リリアーヌ……そ、その……り、リリアです……」


 ルヴィアリーラとリリアーヌ。


 どことなく高貴な感じのする名前に複雑な思いを抱きながらも、ルヴィアリーラと名乗った金髪の女性が輝かせる眼差しや、怯えたように今もフードを目深に被って俯いているリリアーヌを見ていると、そんな感情さえどこかに消えてしまいそうなのだから、この世というのは不思議なものだった。


 静かに苦笑を噛み殺しながら、クーデリアもまた、その問いに答える。


「あたしはクーデリア。苗字はいらないわよね?」

「語りたい、というのであればわたくしが聞き相手になって差し上げますわ!」

「……あんた本当変人よね……まあいいわ、どうせ駆け出しでルールも知らないってんなら登録もしてないんでしょ。さっきのおっさんにもいったけど組合は噴水広場から真っ直ぐ北に歩けば着くわよ。それじゃあね」


 それだけ残して、クーデリアはつかつかと踵を返して歩き去っていく。 


 元より何か受けている依頼でもあったのだろうとルヴィアリーラは推測するが、考えたところで意味も意義もないことだ。


 ルヴィアリーラにはルヴィアリーラの人生があるように、クーデリアにはクーデリアのそれがある。


 また会えるかもしれないし会えないかもしれない。

 だからこそ、深くは事情を聞かずとも、その名だけは常に覚えておくというのが、ルヴィアリーラにとっての信条だった。


「為になるお話でしたわね、リリア」

「……は、はい……ルヴィアリーラ、様……その……わたしたちは、これから……」

「ええ、組合とやらに登録しなければいけないのでしょう」


 それでようやく冒険者になれる。


 クーデリアから教えてもらったことを忘れないように指折り数えながら、リリアをエスコートするように堂々と、ルヴィアリーラは北の通りへと歩き出す。


「責任を負う意味でのお金、確かにその通りですわね」


 無償の愛こそ、そして無償で行うことが当然だとばかりにいつもルヴィアリーラは思っていた。


 困っている民がいれば雨にも風にも膝をつくことなく千里を駆け抜けて、暴れる魔物をぶちのめす。


 そんな人生に疑いこそなかったが、それは貴族としての後ろ盾があったからで、仕事というものは基本的に依頼する側にも請け負う側にも責任が発生する。


 そして請け負う側の身分が、そして明日生きているかどうかさえも不安定だから、安定した基盤として仲介者となるギルドが必要になるのだろう。


「アトリエを開くなどと考えていたのに、浅はかでしたわ……」

「……る、ルヴィアリーラ様……」

「ですが!」

「ひぅ……!?」

「わたくしまた一つ学ばせて貰いましたわ、そう、明日恥をかくより今日恥をかいて明日に直す方が遥かに良い! そうは思いませんこと、リリア?」


 確かにルヴィアリーラはその考えに至らなかったことを恥入っていたし、今でも頬が紅潮しているのを感じている。


 しかし、彼女が口にした言葉は強がりでもなんでもない。


 紛れもなく、心からの本心なのだ。


 脳裏に幼い頃に何度もポーションを調合しようとしては錬金釜を爆破してきた記憶を重ねつつ、どこかオペラを歌うような調子で、高らかにルヴィアリーラはリリアへと問いかける。


「……そう、なんでしょうか……わたしには、わかりません……失敗したら、ぶたれて……殴られて……え、えへへ……ごめんなさい、笑ってないと……だ、ダメです、よね……」


 だが、リリアにとってその考えは理解できないものだった。


 商品の価値に傷が付くからと、顔こそ殴られなかったり、刃物でいたぶられたりはしなかった。


 それでも、忌み子や奴隷という身分にいた彼女には何か失敗したら──恥をかいたり、主人がかかせられるようなことをしたと判断されれば容赦なく鞭が飛んできたり腹を殴られることなど日常茶飯事だったのだ。


 幼い頃からの記憶がフラッシュバックし、眦に涙が滲むのを感じながらもそれを隠そうとリリアはフードを目深に被るが、噛み締めた歯の隙間から嗚咽は漏れ出てしまう。


「リリア」

「……っく、ぐすっ……は、はい……ご、ごめんなさい……じゃなくて、も、申し訳ありません、ルヴィアリーラ様……お、お願いします……どうか……痛いことは……何卒……」

「何を言っているのです、わたくし今の今まで何回、何十回、何百回も失敗してきましたわ。つまり……錬金術と同じなのですわ」

「……れ、錬金術……ですか……?」

「それは一日にしてならず! そして今、貴女は自由! ならば、少しずつ学んでゆけば良いのですわ」


 ──色々なことを、わたくしと共に。


 そう言って、ルヴィアリーラはフードに隠された虹の瞳に滲んだリリアの涙をそっと掬いとる。


「……い、一緒に……そ、その……ですが、わたしは……」

「あら、わたくしもまっさらもいいところな駆け出しでしてよ! つまり知らないことだらけですわ。そして貴女とわたくしは主人と従者ではなく対等に立つ友なのですわ、これ以上何か必要でして?」


 そうは言ったものの、リリアがその感覚を受け入れるまでは長い時間がかかるということも、ルヴィアリーラにはわかっていた。


 それでも、言わなければ決して伝わらない。


 全ては教本を読んで必死に真似をして、それでも何度か窯が爆発するような錬金術と同じことだ。


 少しずつ、歩くような速さで歩み寄っていくこと、予め行くべき場所に旗を立てて、そこに向けて歩を踏み出したことを確かめながら進むようなものなのだから。


「……ルヴィアリーラ、様……」

「どうか泣かないでくださいまし、貴女は美しい。そして……わたくしにとっても、はじめての友と呼べる存在なのですから」


 今はまだ受け入れられなくても。


 それでも、ルヴィアリーラにとって対等な目線で、何かを気にすることなく対等に接する同年代の相手が、リリアであることもまた確かなのだ。


 だから、いつかきっとわかってくれればいい。


 そして自分も、いつかリリアのことをわかっていけたらいい。


 そんなことを思いながら、今はまだ暗闇の中で涙を零すリリアの手を引いて、光差す方へ、白昼の太陽が照らす方角にある冒険者ギルドへと、二人は向かってゆくのだった。

そして初めての友達、なのですわ!


【冒険者ギルド】……クーデリアが説明したように、基本的にはその日暮らしな冒険者の身分を保証して仕事を分配するための組合であり、一応その権限は建前上国家からも独立している部分がある組織。ただ本音と建前というのはどこにでも存在するため、毅然とした対応ができなかったり世間の冒険者に対する風評の改善などには手こずっている模様。

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― 新着の感想 ―
[一言] 冒険者登録していないのなら一般人が困ってる人を助けるだけなんだから豚箱行きにはならないのでは・・・
[良い点] 第1部分の書き出しを読んで、この作品は他と比べて、珍しく文章力で勝負しようとしているのかな、と思った。実際読んでみると、魅せる文で、しかも読み応えもあり素晴らしい。 肝心の物語の中身もとて…
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