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83.いざ行かん大海原へ、なのですわ!

「注文の品はできてるぜ、こいつがいわゆる魔法の杖、『エンゲルスタッフ』ってところか」


 断海遠征の数日前、ルヴィアリーラとリリアはアイゼン・ワークスを訪れて、彼に注文した杖を受け取っていた。


 聖銀を基調とし、羽根の衣装があしらわれたそれは聖遺物に近い厳かさと美しさが同居した見事な代物であり、ルヴィアリーラも魔法師であったなら、これを握りたがっていただろう。


 一角の魔法師であれば誉れの証となるまでの出来栄えで仕上がった杖をロイドから受け取って、リリアはごくり、と固唾を呑み込む。


 自分は確かに色々な魔法を使えるかもしれない。


 だが、誰に仕官した訳でもなく、ただルヴィアリーラのためだけにほとんど我流といって差し支えないレベルで魔法を行使してきた自分がこれを受け取っていいのだろうかと、リリアは一瞬思い悩んだ。


 あれこれ考えた末に、助けを求めるように隣を見ればルヴィアリーラは穏やかな笑顔を浮かべている。


 いいのですよ、と、ばかりにルヴィアリーラの視線に背中を押され、リリアは恐る恐るといった風情でその杖をロイドから受け取った。


 ──瞬間、魔力の嵐とでもいうべきものがアイゼン・ワークスの店内で爆ぜるように駆け抜けていく。


 エンゲルリウムが持つ極めて高い魔力の伝導性とマナウェア加工、そしてリリアの「虹の瞳」が持ち合わせる魔力が一種の爆発的な反応を起こした結果なのだが、幸いにしてそれが何かを破壊したり、誰かを傷つけるということはなかった。


 それでも、暴走に至らなかったのは、ひとえにリリアの実力もまた冒険を通して高まっていたのだろう。


 ルヴィアリーラは突風のように駆け抜けた魔力に尻餅をつきながらも、まるで最初からこの杖を握っていたかのように似合っているその勇姿を見上げ、どこか満足げに頷いた。


「素晴らしいですわね、リリア!」

「……あ、あの、えと……ごめんなさい……」


 立ち上がり、リリアの手を取って目を輝かせるルヴィアリーラだったが、当人は未だに何が起きたのやら、と困惑を隠しきれずにいるようだ。


 曖昧な謝罪と共にぺこり、と小さく頭を下げるリリアだったが、謝る必要などどこにもない。


 むしろ、使い手として杖も喜んでいるだろう。


「いや、聞いちゃいたが凄まじい魔力だな……それほどの使い手に握ってもらえるなら、杖も冥利に尽きるってやつだろうよ」


 それを証明するように、派手に転倒していたロイドは服についた埃を払いながら、どこか暑苦しい笑顔で親指を立てる。


 職人お墨付きで、大魔法師──否、最早大賢者と呼んで差し支えない領域に到達したリリアは控え目にはにかむと、改めて自身の得物となった「エンゲルスタッフ」を掲げて見上げる。


 天使の羽を象った意匠の中心に埋め込まれた虹色の宝石は、恐らくアンゲロイ鉱を切り出したものなのだろう。


 今まではコンプレックスとしてひた隠しに続けてきた自身の瞳と重なるそれとルヴィアリーラへ交互に視線を向けて、何かを問うように、リリアは深紅の瞳を覗き込む。


「美しいですわね、貴女の瞳のように」


 促されたからではなく、ルヴィアリーラは本心からその言葉を呟いていた。


 虹の瞳を持つ少女に相応しい虹の宝石が輝く天使の杖。


 それは恐らく、美術品として見るだけでも相応の価値が見出されることだろう。


 だが──今はまだ、武器は並べて飾るコレクションにする時代ではない。


 ルヴィアリーラの言葉に涙を滲ませて、胸元に杖を抱きしめながらリリアはそっとはにかんだ。


「……あ、ありがとうございます……っ!」


 その言葉に、ロイドとルヴィアリーラは二人で顔を見合わせて、小さく頷く。


 役者は揃った。


 ならばあとは、向かうのみだ。


 ルヴィアリーラはそんなリリアの腰を抱き寄せると、そっとその銀色の髪を撫でて、「アイゼン・ワークス」を後にするのだった。




◇◆◇




 かくして皇国議会を経て決定された「断海」への遠征へと向かう船はただ一隻、「海駆けるウーンドワート号」のみだ。


 戦力もまたルヴィアリーラとリリア以外には航海要員しかいないという、竜退治というにはあまりにも無謀に見えるその戦略も、その実、幾度も敗北を得たことで合理化されたものであった。


 封海竜オーツェンツァーリに、数を集めたところでそれは何一つ意味をなさない。


 正騎士たちの剣も、魔法師団の魔法もその鱗の前には歯が立たず、コストパフォーマンスこそ悪くとも強力な兵器である「大砲」を積み込んだ戦艦を派遣したこともあったが、それさえ何か事をなすでもなく、無意味に沈んでいった。


 故にこその少数精鋭、お伽話に謳われる騎士ジークフリート以来の「竜殺し」を成し遂げたルヴィアリーラとリリア以外はかえって邪魔になる、というのが皇国の下した判断なのだ。


 外洋へと帆を掲げて進んでいく「海駆けるウーンドワート号」を、剣を捧げて見送る騎士たち──とりわけ、スタークやアースティアナの中に、複雑な感情は確かに存在する。


 だが、御前試合とはいえ「皇国の双璧」を打ち破り、そして初見殺しの範囲であったとはいえ「王認勇者」すらも討ち果たしたルヴィアリーラと、あの「聖女」が認めた大魔法師であるリリアと轡を並べて戦えるかと問われれば、少しばかり厳しいと答えざるを得ないのが現状なのだ。


「我々も、もっと精進せねばな……」

「ああ、世界は広い。私も痛感させられたよ」


 穂に風を受けるだけではなく、機械文明時代のロストテクノロジーである魔力による推進機関を積み込んだ「海駆けるウーンドワート号」の姿は、見る見る内に、現状ではほとんどその機能を果たしていない皇国の港街から遠ざかっていくのだった。

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