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62.不思議なレシピでふわしゅわなのですわ!

 リリアの転移魔法によって、アトリエに帰還してきたルヴィアリーラは身なりを整えるなり、早速「泡立つ水」を使った、「アイレドロップ」を錬成していた。


 確かに「泡立つ水」は素材としてみれば極めて足が速い。


 だが、「アイレドロップ」へと一度錬金してしまえば、魔力によるコーティングもあって、その効果が失われていく速度は極端に低下する。


 だからこそ、ルヴィアリーラは「泡立つ水」と、キッチン・ライズサンから買い付けていた小麦粉、そしてリィから前もって購入していた、「癒しのハーブ」を混ぜ込んで、水の元素を中心に、物質を再構成していくイメージを描きながら釜の中をかき回す。


 そのままでは土の元素の働きが強くなってしまうために、中和剤としてエーテライト溶液を適宜足しながら釜をぐるぐると、星剣アルゴナウツでかき混ぜる様は、錬金術というよりは何か料理をしているようにも見える。


 実際は、その両方なのだが。


 ルヴィアリーラは、己の姿を脳裏に浮かべて苦笑する。


 分類的には薬品だが、ドロップと名がつく以上菓子類としても分類されるアイレドロップ、そして、それを利用した謎の「ふわっとしてしゅわっとして、びっくりするようなお菓子」を作ろうとしているのだから、料理でも間違いはない。


「あ、あの、お姉様……」

「どうしましたの、リリア?」

「え、えと、その……なんでも……」

「怒らないから何でも訊いてくださいまし、わたくしは貴女の姉も同然なのですから」


 リリアは些細な話を切り出そうとする時に、どうしても自虐してそれを引っ込めてしまう癖がある。


 それさえもルヴィアリーラは愛しいと思っているのだが、そんなことで萎縮してしまうのは、健全ではない。


 だからこそ、促すようにルヴィアリーラはリリアへと微笑みかけてそう言ったのだ。


 そしてリリアは目深に被っていたフードを脱ぐと、控えめに、細い顎に拳を当てて、小首を傾げながらおずおずとルヴィアリーラへと問いかける。


「そ、その……どうしてお姉様は、剣をかき混ぜるのに使ってるのかな、って……」


 星剣アルゴナウツが刃こぼれもしなければ汚れもしない不思議な剣であることは、リリアも今までの戦いの中で承知している。


 だが、ルヴィアリーラがそれを錬金釜をかき混ぜるのに使っていることに対しては、どうしても、違和感というよりはそれをそこで使うのか、という感覚を抱いてしまうのだ。


 本当にしょうもなくて些細な疑問であることはリリアも自覚している。


 どこか針の筵に立たされたような気分になりつつも、リリアは息を呑んで、ルヴィアリーラからの返答を待った。


「ああ、これですの? 丁度いいから以外に理由なんてありませんことよ」


 偶然その辺にあったから拾って、偶然そのまま使えたから使っている、というのがルヴィアリーラからの星剣アルゴナウツに対する扱いだったし、実際それでなんとかなっているから問題もない、というのも彼女の見解である。


 実際、そんな風に使ってしまえば一発で剣がダメになってしまうこともルヴィアリーラは理解しているのだが、ダメになっていないのだからまあいいんじゃないかと、そんな具合で運用しているのだ。


 あっけらかんと答えてみせたルヴィアリーラに、思わずリリアは閉口する。


 だが、本人がそう扱って問題ないと言っていて、問題が起きているわけでもないのだからいいのだろうか。


 ぐるぐると思考が混乱し始めてきたのをリリアが感じている間にも、他愛もない雑談がてらにルヴィアリーラは、問題の「アイレドロップ」を完成させていた。


「ふむ……予備も含めていっぱい作ったから一つぐらいつまんで……っ!?」

「お、お姉様……?」

「……」


 ばりばりむしゃむしゃと口に含んだ飴を噛み砕きながら、ルヴィアリーラは「これは常食するものではない」とばかりに、腕でバツ印を作ると、リリアへ向けて首を何度も横に振ってみせた。


 実際、舐めた瞬間に空気がしゅわっと溶け出てくる感覚は、アイリの依頼条件に合致するし、これを舐めていれば水中でも空気が吸えるようになる、というのも何となく、舌先から感じた魔力による作用で理解できた。


 だが、なんというか致命的に不味いのだ。


 調味料らしい調味料を入れていないから当たり前なのだが、再構成されても小麦粉と草の香りがふんだんに舌へと溶け出して、鼻から突き抜けていくのは、四の五の言っていられない水中ならともかく、地上ではご遠慮願いたい、そんな味だった。


「まあ、これはあくまでも試作品ですから仕方ありませんわね、ところでリリアも舐めてみまして?」

「え、えと……遠慮、します……ごめんなさい……」

「賢明な判断ですわ」


 それに、これはしゅわしゅわしていてもふわふわしていない。


 だからそのまま出したところで、味以前の問題で不合格が関の山だろう。


 試作品の「アイレドロップ」を懐に収めて、調合用のものを万能ポーチから取り出すと、ルヴィアリーラは次なる錬金術へと取り掛かる。


「ここから先は本当に、未知の領域ですわ……」


 ルヴィアリーラは、改めて己のしようとしていることに背筋を震わせた。


 火炎筒や爆炎筒も、今まで作ってきた全ては「錬金術体系全著」に記されたものであり、そこから独自のレシピを作り出した経験など一度もない。


 ただ、菓子を作るだけではあるのだが、もしこれが成功して、再現性を確認した上でレシピを学会に提出したなら、ルヴィアリーラは一角の錬金術師として認められることだろう。


 それでも、悲しいのかそうでないのか、ルヴィアリーラは出世だとかそういったものには全く興味がない。


 だからこそ、この偉業もただ、アイリが食べたいと言っていた菓子を作るためだけに挑戦するのだ。


 釜の中へと投入するのは、アイレドロップと、食堂で買い付けていた砂糖、そしてリィが先日売り込みに来た蜂蜜の三種類だ。


 これで、元素の調和は水の側に傾いているからエーテライト溶液は必要ない。


 ごくり、と息を呑みながら、ルヴィアリーラは綿飴を作るイメージで、アイレドロップを少しずつ、細く、細く解いていくように窯をかき混ぜていく。


「お姉様……」

「大丈夫ですわ、リリア。必ず……成功させてみせましてよ! このルヴィアリーラに、不可能という文字は……あんまりないのですわ!」


 不可能を可能にするのが錬金術の真髄であるなら、今ルヴィアリーラが打ち震えているのは、高く聳え立つ壁に対する絶望にではない。


 むしろその本懐を遂げる喜びにこそである。


 アイレドロップを糸のように解いて砂糖と結びつけ、致命的な味のするそれを蜂蜜と砂糖の力で整えていく。


 要は、いまルヴィアリーラが作ろうとしているのは「アイレドロップの入ったコットンキャンディ」に他ならない。


 コットンキャンディ自体はありふれた菓子として祭りの屋台などでも売られているものだが、そこにアイレドロップのしゅわしゅわと弾ける感覚が加われば、それなりに驚きもあるのではないだろうか。


 それこそが、ルヴィアリーラの考える渾身の作であった。


 だが、初めてということもあって魔力を集中させていく作業は中々捗らない。


 時折釜が怪しい感じの煙をあげたりしながらも、リリアに励ましの言葉をもらいながら、ルヴィアリーラは少しずつ脳裏に描く「それ」へと、混沌に溶けた材料たちを秩序立てていく。


 そして窯をかき混ぜること小一時間、不安定に揺らいでいた光は次第に輝きを増し──ルヴィアリーラの瞳と同じ色に、爆ぜた。


 そしてふわりと舞い降りてくるのは、空に浮かぶ雲をそのまま切り取ったような菓子、コットンキャンディの中に空の欠片が混ざったような青色が映える、全く未知の菓子。


「とりあえずは成功でしてよ、ただ、味は食べてみないと……わかりませんわね。リリア」

「は、はい。お姉様……」


 ルヴィアリーラとリリアは顔を見合わせて、その試作品へとかぶりついた。


 瞬間、コットンキャンディの砂糖と蜂蜜味が口の中でふわりと解けると同時に、その中に織り込まれていたアイレドロップの欠片が舌の温度で溶かされて、ぱちぱちと弾ける感触が二人の口内を走り抜ける。


「これは……」

「ふわふわしてて……しゅわしゅわしてて……」


 ──びっくりした。


 ルヴィアリーラとリリアは互いの瞳を覗き込むと、同時に全く同じ言葉を紡いで、その満面に笑顔の花を綻ばせる。


 成功だった。それも類を見ない、大成功だ。


 これになんと名前をつけたものかはわからないが、この世にまた一つ、見たこともない菓子が出来上がったのは確かである。


 だからこそ二人はその勝利の味に、そしてふわふわとしてしゅわしゅわと弾ける驚きの味に、舌鼓を打つのだった。

要するにわ○パチ、感想欄で当てられていた方がいらしたので驚きました

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