57.ルヴィアリーラ、勝利の凱旋なのですわ!
竜殺しを成し遂げたルヴィアリーラたちの中にあるものは、決して喜びなどではない。
紙一重だったからこそ、ただ重くのしかかるその可能性が、死んでいたかもしれないという事実が鉛のように重く両肩にのしかかる。
それでもルヴィアリーラは剣を鞘に収めると、ゆらりと立ち上がって、魔法陣が描かれていた場所の中心にぽつりと落ちたその宝玉を一瞥した。
「これですわね、呪いの元凶は……強い力を感じますわ」
魔術による鑑定を行うまでもない。触れれば恐らくルヴィアリーラですらただでは済まないだろう。
かといってこのまま放置して帰ってもろくなことにはならないだろうと、思案するルヴィアリーラに対して、リリアはおずおずと手を挙げて、小さく提言する。
「あ、あの……お姉様……」
「なんですの、リリア?」
「そ、その……えと、その……解呪を、その……」
「試しても良いか、と? でしたら大歓迎でしてよ! ぶっちゃけこんなもん放置して帰ったら大目玉ですわ、どうしたもんかと悩んでおりましたところでしてよ!」
これを放置して、見なかったことにして帰還することも一瞬、脳裏をよぎらなかったかといえばそれは嘘になる。
しかしどうやら、ルヴィアリーラの懸念はすぐに解決しそうだった。
リリアの持つ「虹の瞳」がどこまでの力を行使できるのかはわからないが、解呪が可能かもしれないのなら是非もない。
情けないことを自信満々に言い放ちながらもルヴィアリーラは半歩下がって、リリアが呪われた宝珠に向けて杖を構えるのを見届ける。
リリアは、虹の瞳を持って万物の根源たるマナに、魔力に乞い願う。
全てはルヴィアリーラのために、眼前に落ちた呪いの産物を浄化するためにどうすればいいのかと、問いかけ、そして祈りを馳せる。
「『光よ』」
「『分かたれし開闢の欠片』、『憐み』『清めたまえ』」
リリアの脳裏に浮かんできたのは、神々の法理にして、それをこの世界に接続するためのルートパスとなる最短経路に近い、四節詠唱による「神聖解呪」の魔法だった。
杖の先から優しく包み込むような光が宝珠へと収束し、そのドス黒い穢れをエーテルに分解して、大気の中に還元していく。
妖精が舞い踊るような、どこか幻想的な光景にルヴィアリーラは目を細めていたが、本題はどちらかといえばここからなのだ。
リリアによる「神聖解呪」によって呪いを解かれたことで姿を現した宝珠の正体は、果たしてルヴィアリーラが今、星剣アルゴナウツの鍔に収めている「素たる火の宝珠」と、よく似通ったものだった。
「でかしましてよ、リリア! それでは……こほん! 『鑑定』!」
なんとなく、そこから感じる強烈な風の力のおかげでその状態にも予想がつくというものだが、ルヴィアリーラは「鑑定」の魔術を発動させることで、その状態を見極めんとする。
【素たる風の宝珠】
【品質:この世に二つとない】
【状態:かつては呪われていたが今は解かれている】
【備考:星剣アルゴナウツの鍔に収まりそうだ】
だが、それはほとんど答え合わせに等しかった。
ルヴィアリーラが予想していた通り、呪いが解かれたことで強い、純粋な風の元素の力を感じるようになったその宝珠は、「素たる火の宝珠」と同様の性質を、風の元素によって兼ね備えたものだ。
それが何故、星剣アルゴナウツにぴったりと嵌まるようにできているのかについては、ルヴィアリーラもまだ確証を得ているわけではない。
だが、星剣アルゴナウツ──これが何であるのかはわからなくとも、どのようにできているかについては、ある程度理解が及んでいた。
ルヴィアリーラは宝珠を拾い上げると、素たる火の宝珠を鍔から外す形で、その代わりとして「素たる風の宝珠」を星剣アルゴナウツへと迷いなく埋め込んだ。
そして、脳裏に閃く言葉を唱える。
「『運べ』! 星剣アルゴナウツ──ペリドット!」
それは符号のようなものだ。
錬金術が魔術の一種である以上、人の手によって、人が作り出したルートパスによって魔力への経路を開かなければならない以上、神々が定めたそれとは異なるにしろ、詠唱と似たようなものは必要となる。
だからこそ、ルヴィアリーラは起動条件を満たすためにその言葉を口にしたのだが──その数秒後に、気絶することとなった。
「お、お姉様……!?」
「う、うーん……」
結論から言ってしまえば、星剣アルゴナウツ・ペリドットは、ルヴィアリーラの手に余るような代物であることに間違いはない。
脳神経が全て焼き切れてしまいそうな情報量と、そして、「アルゴナウツ・ペリドット」特有の性質はルヴィアリーラが繋いでいた意識の糸を容易く断ち切るほどに、強力でありながらクセが強いものであるのだった。
◇◆◇
「冒険者ルヴィアリーラ、此度の皇国依頼……誠に大儀であった。其方は救国の英雄として相応しいだろう」
その翌日、ヒンメル高地から帰還したルヴィアリーラたちは、例によって神王ディアマンテに招聘される形で王都ウェスタリアの王城、その謁見の間に跪いていた。
グランマムートを倒した時と状況こそ似ているが、今回ばかりは規模が違う。
カルセドニー卿やピースレイヤー卿といった貴族たちもまた一堂に集められ、風雪竜シュネーヴァイスを撃滅するという「竜殺し」の偉業を成し遂げたルヴィアリーラたちはまさしく英雄として表彰を受けている最中なのだが、彼女たちに向けられる視線は決して歓待だけではない。
特に、ルヴィアリーラとの婚約を破棄した、パルシファル・フォン・ガルネットは、拍手を送りながらもその内心は中々に思わしくないものであった。
王都を守護するために「聖女の加護」を得て数多の飛竜を屠った彼もまた英雄として讃えられてはいるのだが、ワイバーンとドラゴンでは「竜」としての格が違う。
だからこそ、貴族総出でルヴィアリーラを歓待しなければならないのだが、彼女は追放された身分であり、何よりも貴族社会においてその秩序を乱す「悪」だと認定された身だ。
パルシファルは冷静だったものの、露骨に表情を歪めている貴族も珍しくはない。
「この功績を称え、其方に褒美を取らせよう。さあ冒険者ルヴィアリーラ、冒険者リリア、余に願いを申してみよ」
「でしたら陛下、それは……以前と変わりませんわ」
──わたくしの夢は、錬金術師としてアトリエを開くことですわ。
しかし、そんな貴族たちの視線もどこ吹く風とばかりにルヴィアリーラは堂々と背筋を伸ばして、ディアマンテからの提言にそう答えてみせた。
元よりアトリエを開くことこそが自分の悲願であり、失った貴族身分に返り咲くことにも、金銀財宝にも興味はない。
そしてリリアもおずおずと、「ルヴィアリーラお姉様の願いがわたしの願いです」と答えたのを見届けるなり、ディアマンテはどこか満足げに笑って、二人の願いを聞き届けるのだった。
「うむ、うむ! このディアマンテ・カルボン・ウェスタリア11世、しかとその願いを聞き届けたぞ! よってここに、錬金術師ルヴィアリーラがアトリエを開くことを正式に認可しよう! 異論のある者はおるか!」
勿論、貴族たちの内心は異論だらけだ。
何故ルヴィアリーラがここにいるのか、流罪になって死んだのではないのか、など、さまざまな疑問が脳裏を埋め尽くしているものの、彼女が成し遂げた「竜殺し」という偉業と、そして神王ディアマンテが自ら認めたことなのだから、そこに異論など挟む余地はない。
パルシファルが立ち上がって拍手をしたのに遅れて、貴族たちも建前上はルヴィアリーラを讃えるために、スタンディング・オベーションを行う。
そして肝心の「救国の聖女」ことアリサ・エル・ガルネットはルヴィアリーラに悪感情を抱いていなかったため、目を輝かせて、英雄の誕生に拍手を送り続けている。
救国の英雄。
そう呼ばれることに、ルヴィアリーラはどこかむず痒さのようなものを感じながらも、称えられる側がそれを受け取らないのも一種の傲慢だからとリリアの腰を抱いて、その声援に応える形で堂々と、謁見の間を後にしていく。
夢は叶った。
ならば、あとはこの力で世界を切り開いていくだけだ。
ルヴィアリーラは、その充実感と喜びを、リリアと交わした視線の間で密かに交わし合うと、英雄を称える声援を背に、王城を去っていくのだった。
これにて第三章完結となりましてよ! 読んでいただいて感謝いたしますわ!




