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54.御前会議と錬金デニッシュ、なのですわ!

「ふむ、よもや本当に錬金術で食物が作れるとはな……毒味を」

「はっ、失礼いたします、陛下」


 王都ウェスタリアに聳える石造りの王城、その謁見の間に跪いていたルヴィアリーラから献上された錬金デニッシュを受け取ったメイド長が、端をちぎって口に含んだ。


 立場上必要だからやっていることであって、ディアマンテの行いに悪意はない。


 むしろ本当に錬金術で食べ物が作れる、という、幼い頃に読んだクラリーチェ・グランマテリアの伝承に描かれていた通りのことが実現したことに対して、いささか興奮すら覚えていたのだ。


 そして、ルヴィアリーラもディアマンテを毒殺しようなどと、そんな大それた考えを抱いてなどいない。

 メイド長が錬金デニッシュをよく咀嚼して飲み込み、五分ほどが経過した辺りで、毒がないと判断したのか、小さく一礼して去っていく。


「すまないな、冒険者ルヴィアリーラ。そして冒険者リリア。国難を救ってくれた其方らを疑うような真似をして」

「いえ……勿体なきお言葉です。陛下のお立場であれば、不肖このルヴィアリーラも察せられるというもの」

「理解が早いのは美徳だな、ははは……まあ良い。そして余はいたく感動したぞ、ルヴィアリーラ」

「ありがたき幸せ、ですわ」


 実際のところ、食べ物を作れるといっても、もっと薬品の匂いがしたりだとか味が薄かったりだとか、そういうことをディアマンテは想像していたのだが、この味であるならば申し分ない。


 七日目の朝に錬成したばかりのデニッシュを、再び呼び出したメイド長に一旦下げさせると、ディアマンテはスタークともう一人──赤毛を腰まで伸ばした長髪の女性、「皇国の双璧」と名高い、アースティアナ・エル・クレバース卿を伴って、円卓の間へと悠然と歩き出す。


「冒険者ルヴィアリーラ、リリア、君たちも共に来たまえ」

「はっ、陛下。ありがたき幸せに存じますわ」

「……あ、ありがとう、ございます……神王陛下……!」


 そして、最後にディアマンテが、跪いていたルヴィアリーラとリリアを呼びつけることで、御前会議の面子は全員揃った、という次第だった。


 それにしても、第一皇女の護衛騎士をしているスタークだけならともかくとして、王都守護騎士団の指南役を普段から務めているアースティアナまで呼び出すとは。


 ルヴィアリーラは声には出さず、内心で独りごちる。


 アースティアナ・エル・クレバース。


 女性にして王都守護騎士団の指南役を務めるほどに腕の立つ彼女は、いわゆる「成り上がり」として貴族間での評判はあまり良くないものの、その剣術はまさに一騎当千であり、だからこそそれをディアマンテに買われて、今のポストについているのだ。


 そんな彼女が普段の任務を離れて御前会議の護衛を務める、というのは、防衛任務としては念のため、以上の意味はないのだろう。


 ルヴィアリーラが纏う聖衣の裾を掴みながら、流石に御前だからとフードを脱いでいるリリアは頻りにきょろきょろと周囲を一望しているところをアースティアナに見咎められて、びくり、と、背を震わせる。


「ああ、すまないな。リリアとやら。確か君は……コンプレックスがあるのだったな」

「……い、いえ、そ、その、わたし……」

「そういうことだ。アースティアナ、次からは気をつけてくれ」

「そうするとしよう、スターク。さて、私語は厳禁だったな」


 アースティアナという女性を一言で表すのならば、それはもう堅物という他になく、リリアの挙動不審な行動を、事前情報を得ていたにも関わらず見咎めたのも騎士としての本能からだ。


 だからこそ、ディアマンテが御前会議に呼んだという意味合いもあるのだろうが、最も大きいのは、扱う話題が話題だから、それなりの人物を同席させたいというところにあるのだろうと、ルヴィアリーラは推察していた。


 怯えて眦に涙を滲ませるリリアの頭をそっと撫でながら、ルヴィアリーラもまた、緊張した面持ちで円卓の下座に腰掛ける。


 そして、一階から上がってきた壮年の男性──セオドア・カルセドニー侯が恭しく膝をついてディアマンテに一礼してから上座側に腰を落ち着けたことで、御前会議は開幕を告げた。


「カルセドニー侯、遠路はるばる大儀であった。まずはそれを労わせてほしい」

「勿体なきお言葉でございます、陛下」

「そして……旧鉱山から隠し資源が見つかった、ということについては、其方も把握しているな?」


 隠し資源、という言葉がディアマンテの口から飛び出た瞬間、にわかに緊張が円卓の間を包み込んだ。


 セオドアも、その情報はスタークを経由して知っていたし、そもそも、旧鉱山の利権についても今更雀の涙だからと事実上手放していたようなものだった。


 だが、そこに豊かな鉱脈が発見されたとなれば、領民の生活にも直結するのだから話は違ってくる。


 そして、ディアマンテの狙いは旧鉱山の再国有化にあるのだろうということも、セオドアにはわかっていた。


 彼には私腹を肥やそうとする意図はない。


 どことなく胃を痛めてそうなセオドアの険しい表情を見つめていれば、ルヴィアリーラの元貴族としての勘が、本能的にそう告げる。


 ただ、領民の生活を豊かにしたいという観点から見れば、国有化に関しては旨味が減ることに間違いはない。


「はっ、陛下……しかしあの岩盤をどのようにして取り除かれたのですか?」

「うむ……それに関しては、そこに座っている冒険者ルヴィアリーラが一役買ってくれてな」

「お初にお目にかかりますわ、カルセドニー侯。冒険者ルヴィアリーラと申しますわ。そしてこちらはわたくしの義妹のリリアでございます」


 ディアマンテが指先で指し示すのと同時に一礼すると、ルヴィアリーラはリリアと共に立ち上がり、聖衣の裾を摘む形でセオドアへと優雅に一礼をした。


 リリアはガチガチに緊張していたこともあって、ルヴィアリーラの真似をするのが精一杯だったが、それでも義姉(あね)が紹介してくれたことでなんとか面子を保つことはできた、といった風情だった。


 そして、自分の名を聞いて、セオドアの表情がわずかに強張ったのをルヴィアリーラは見逃さなかった。


 ガルネット家とのいざこざについては、ディアマンテも把握しているように貴族間では有名な話で、そしてルヴィアリーラは表向き流刑の後に死んだことになっているのだ。


 それがどういうわけか、御前会議の場にいるとなれば、セオドアが困惑するのも当然だといえるだろう。


「……冒険者ルヴィアリーラだったかね」

「はい、カルセドニー侯」

「……私は、君と似た娘を知っていてね。利発そうな……そして無茶ばかりしていた子だったのだが」

「……申し訳ありませんが、わたくしはそのお方について存じ上げませんわ。わたくしには苗字はありません。義妹(いもうと)もそれは同じでしてよ」

「……そういうことにしておこう、そして恐れながら陛下、この冒険者が隠し資源を見つけたというのは……」


 ルヴィアリーラは、反応こそ良くなかったものの、セオドアが自身について見逃してくれたことに内心で安堵の息をついていた。


 我ながら下手な言い訳だとは思っていたが、セオドア・カルセドニー侯という人物が建前よりも実利をとる人間だったからこそ命拾いしたといったところか。


 ルヴィアリーラはそっと、気付かれないように不規則に跳ね回る胸を撫で下ろす。


「うむ、それに関してだがな。どうもこの冒険者ルヴィアリーラ、『錬金術』を相当使えるようなのだ」

「錬金術……でございますか?」

「ああ、スターク、例のものをここに」

「かしこまりました、陛下」


 ぱちん、とディアマンテが指を鳴らしたのに併せてスタークが一礼すると、円卓の間の入り口に控えていたメイド長が入室してくる。


 その手には、先日ルヴィアリーラの納品したアイオラメタルが握られていた。


 それをスタークへと譲渡するなり、一礼して、まるで自らは背景の書割りである、とばかりに存在の気配を消して、メイド長は扉の向こうへと去っていく。


「こちらが、錬金術師ルヴィアリーラが発掘した『アイオライト鉱』で錬成したインゴットです、カルセドニー侯。これを使えば……我が国は魔剣の量産が可能になるでしょう」

「魔剣の量産、とな!? しかし……これが、錬金術で……」


 セオドアはぼんやりと蒼白い光を放つアイオラメタルを手に取るなり目を丸くして、穴が空くような勢いでそれを凝視していた。


 魔力を帯びたインゴットの生成には盛大な手間と暇がかかると聞くが、錬金術でそれが作れるのであれば大幅な時間短縮に繋がる──と、いうのは、あくまで書物から蓄えた知識に過ぎない。


 だが、こうして、今まで国策として進めていた、魔導機械からの粗製インゴットとは比べ物にならない代物を目の前に出されれば、信じざるを得ないというものだ。


 しかし、念には念を入れる形で、セオドアはおずおずとスタークへと問いかける。


「これを、このルヴィアリーラという冒険者が錬金術で作り上げた証拠はどこに?」

「彼女の義妹のリリアが見届け人となっております、そして求められれば冒険者ルヴィアリーラはもう一度『アイオラメタル』を作ることができるでしょう。そしてここにはおりませんが、鍛治師ロイド・アイゼンブルクも証人の一人です」

「う、うむ……」


 リリアとやらが嘘をつく可能性は考えられるが、今まで魔剣の量産の責任者を務めていたロイド・アイゼンブルクが公認しているとならば、反論はしづらい。


 それに元々セオドアは再国有化に断固として反対、という立場でここに来たわけではないのだ。


 ただ、再国有化に関してカルセドニー領がどれだけの取り分を得られるのか、というのがあくまでも彼の関心とするところであり、そこにもしルヴィアリーラが噛んでいるのなら、パイの取り分が減って困ると、つまりはそういう話でしかない。


「なに、心配するな、カルセドニー侯」

「陛下。と、仰りますと……?」

「其方と領民に対して悪いようにはせぬ。ただ、此度呼びつけたのは、ルヴィアリーラが使う錬金術の有用性について知って欲しかったのが一つあってな。あれを持て」

「はっ、陛下」


 再びディアマンテがぱちん、と指を鳴らすと、廊下で待機していた侍従たちがフルコースを運んで、円卓の上に並び立てる。


 その中には、毒味の分を除いた、ルヴィアリーラ製錬金デニッシュも混ざっていた。


「このパンは冒険者ルヴィアリーラが錬金術で作り上げたものだ」

「錬金術……に、ございますか……!?」

「うむ。彼女無くして魔剣の量産が成り立たない以上、彼女にも鉱山利益の取り分は回さねばならないが……冒険者ルヴィアリーラが錬金術師として大成すれば、我が国も、ひいては其方の領民もより豊かになると、そうは思わないかね」


 ──カルセドニー侯。


 そう名指しして、ディアマンテは錬金デニッシュを一口頬張ってみせる。


 貴族たちに振る舞っても申し分のない、素材の味が活かされたこのデニッシュのようなものが全て錬金術から創り出されたなら、ルヴィアリーラの成長はウェスタリア神聖皇国にとっての利益となる。


 それが、ディアマンテの考えだった。


 そして恐る恐るといった具合にセオドアも錬金デニッシュを頬張ると、予想外の美味に顔を綻ばせる。


「ほう、これは……」

「感心したであろう? さて、堅苦しい話は食事の後にしよう。スターク、アースティアナ。そしてルヴィアリーラとリリア、其方らも遠慮なく食すといい」

『御意に、陛下!』


 敬礼と共に答えると同時に、スタークとアースティアナも、どこか訝るような視線を向けて錬金デニッシュを手に取りながらも、口に運んだ瞬間には顔を綻ばせていた。


 そうして始まった会食において、ルヴィアリーラが作った錬金デニッシュはディアマンテとセオドアのみならず、この場にいる全員の心を掴むことに成功したのだ。


 ルヴィアリーラは、その成果に喜びよりも、安堵が先行していた。


 口にこそ出さないものの、本当に良かったと、これでなんとかアトリエを経営するための後ろ盾が増えそうだと、遅れてやってきた高揚感に内心で拳を固める。


「冒険者ルヴィアリーラ」

「なんでしょうか、カルセドニー侯」

「錬金術とは……万人に扱えるものなのかね?」


 セオドアの問いは、切実な願いを孕んでいた。

 それもその通りだ。


 ルヴィアリーラ一人に依存した技術であっては、何らかの要因で彼女がいなくなってしまった時にそれは途絶えてしまう。


 だからこそ、この国が、そして領民がより豊かになる可能性にかけて、セオドアはルヴィアリーラへとそう問いかけたのだ。


「正直に申し上げるのなら、今はまだ……ですわ」

「ふむ、つまり……」

「仰る通りですわ、カルセドニー侯。クラリーチェ・グランマテリアが見出したように……万人が錬金術による恩恵を得る時代が来るとわたくしは確信しておりますわ。そして、その一助になりたいと願うからこそ……日々、我が国よりの課題に挑んでおりますのよ」


 ルヴィアリーラは誇りと、そして確信を持ってセオドアの問いへとそう答えてみせる。


 確かに錬金術は難しい。


 ルヴィアリーラだって、習得するまでに何度部屋の壁を破壊したかわからないし、その過程で心が折れて錬金術師の道を諦める人間も多いと聞いている。

 だが、それを乗り越えて「グランマテリア」、全ての素にして全に辿り着くエリキシルへと至る道を、ルヴィアリーラは何一つ包み隠すつもりはない。


 証拠を出せ、といわれたら、この身と心以外には何もないが、逆に言えば、その問いに対して命を対価にしても、はい、と、答えられるのがルヴィアリーラであり。


 ──彼女という人間の覚悟にして、プライドと誠意の証明に、他ならなかった。


「……私も、その時代が来ることを願っているよ。冒険者……いや、錬金術師ルヴィアリーラ」

「……ありがたき幸せ、ですわ。カルセドニー侯」


 あーっはっは、と、いつもの高笑いはあげずとも、ルヴィアリーラは確かに、己の心が勝ち取ったその答えを内心で噛みしめながら、セオドアへと恭しく頭を下げるのだった。

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