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5.ちぇすととは恐れを踏み倒す言葉なのですわ!

 ちぇすと、と斬りかかる前に叫ぶこと。


 それに意味はあるのか? と余人が問うたなら、その答えは概ね首肯でもって、要するにイエスで返されるだろう。


 まず一つ、気合を込めることにより己に眠る恐怖を踏み倒す。


 奇襲を行える条件が整っていてかつ、相手がゴブリンの群れといえど数的有利というものを戦いの場において侮ってはいけない。


 だが、この条件ならば殺し切れる。


 そう踏んだ上で本能的恐怖を、要らぬ知恵を投げ捨てて己に蛮勇と紙一重の勇気のみを与えるジャーゴンとして、ルヴィアリーラはその言葉を叫んだのが一つ。


 そして、もう一つは。


『!?』

『〜! !!!』

『……!?』

『!』


 何やらゴブリン特有の言語でもって、彼らは他の個体と意思疎通を図っているようだが、言葉を理解できずとも焦っている、動揺していることぐらいは見るだけでわかる。


 しかしルヴィアリーラは勝ち誇ることなく、舌舐めずりをすることなく、指揮権を引き継ごうと目論んでいた、石ではなく銅の直剣を持ったゴブリンへと勢いを止めず、返す刀で斬りかかった。


「余所見をしている暇など……ないのでしてよ!」


 ゴブリン族は連携という概念に乏しい。


 彼らの視野は狭く、数的優位を活かして襲いかかるにも、基本的には直線的に、連携するのではなく個々が好き勝手に攻撃を行った結果勝利を掴む、というのが黄金パターンだとルヴィアリーラは幼い頃に読んだ魔物図鑑や、冒険譚の類で学んでいた。


 だが、そこにホブゴブリンやゴブリンキャプテンといった上位種が混ざってくれば話は違う。


 同じゴブリン同士が群れるのはいわば野盗の寄り合いに近いが、上位個体が混じればそれは途端に兵隊となる。


 ルヴィアリーラの目論見通り、指揮権を引き継ごうとしていた個体がいることからもわかるように、彼らはその数的優位でもってこの、禁忌に手を染めたキャラバンを襲ったのだろう。


 しかし、最大の脅威を排除できたのならば後は烏合の衆でしかない。


 ワルツを踊るように軽やかな足捌きで、身の丈ほどもある長剣を、星剣アルゴナウツを振り回しながらルヴィアリーラは斬撃の軌跡を戦場に刻む。


「ちぇすと、アルゴ、ナウツ!」

『グエエエエッ!?』

『ギョオオオオッ!』

『グギョッ……』


 いち、にい、さん、とステップを刻むように残ったゴブリンの内、粗末な皮防具に身を包んだ二匹を纏めて胴薙ぎに切り払い、切り返す一太刀を二重ねにしてもう一匹を脳天から粉砕する。


 ルヴィアリーラの戦い方は武闘ではなく舞踊と勘違いされるほどに、先ほど上げた奇声とは対照的に流麗だった。


 ──とはいえ、これもパルシファルに鍛えてもらった結果なのだが。


 自身に剣の技を教えてくれた、そして自身を追放した恩人の顔を脳裏に描きながら、ルヴィアリーラは静かに苦笑した。


 ルヴィアリーラの本領は初手から放ったから二の太刀を必要としない剛毅なる一撃だ。


 力こそパワー、といわんばかりに豪快なその太刀は概ね貴族らしくないと、独学で身につけたその殺法に上書きする形でパルシファルは彼女に剣の手解きをしたのだが、やはり人の心根というものはそう変わるものではない。


 ルヴィアリーラに斬り裂かれたゴブリンたちは哀れにもその骸を一分足らずで野に晒す結末を迎えたが、それがこの戦禍の地に残り続けることはない。


 塵は塵に、灰は灰にとばかりに、穢れたマナに染まった魂はさらさらと砂のように崩れて、風に吹き消されて消えていく。


「ともあれこれでわたくしの勝利ですわね!」


 愛剣を鞘へと納めながら、周囲に残党が潜んでいないかどうかを感覚強化のスキルで調べつつ、そこに反応がなかったのでルヴィアリーラは高らかに宣言し、そして。


 塵となったゴブリンたちとは異なり、無残に破壊された馬車と、幾つもの遺骸が野に打ち放たれている中で、自身に全てを押し付けて逃亡を図ろうとしていたならず者へと彼女は指を突きつける。


「お待ちなさい!」

「へ、へえ!?」

「貴方……自身が何故呼び止められたのか、わからないはずはありませんわね? わたくしの指先が剣の切っ先と変わる前に武器を捨てて、その少女を解放しなさい」


 傷跡が刻まれた革鎧に、バンダナをスカーフの代わりにして口元を覆った男は、その言葉を受けて観念したように、連れ去ろうとしていた銀髪の少女──北方大陸から連れてきた奴隷として、ファスティラ城塞都市の裏市場で売り捌こうとしていた「商品」を手放す。


 男はあくまでも雇われた護衛に過ぎない。


 雇い主である奴隷商は、そこで無残に屍を晒している。

 だが、この少女は間違いなく高く売れる──だからこそルヴィアリーラが現れた時、彼女がゴブリンとの戦いに手間取っている間に攫って逃亡を決め込むつもりだったのだ。


 しかし、ルヴィアリーラはホブゴブリン込みのゴブリン五匹をおよそ一分という短時間で片付ける実力を持った上で自身の目的と素性まで見抜いているとならば、ここが年貢の納め時なのだろう。


 男は観念してナイフを捨てた上で、両手を挙げて戦意がないことをルヴィアリーラへと示してみせる。


「……わかった、この通りだ。だけど信じてくれ、オレは雇われただけで」

「貴方今、そこの少女を売り捌こうと連れ去りかけておりましたわよね? そしてわたくしに弁解など無用ですわ」

「わ、悪かった、これからは心を入れ替えて──」

「問答は無用! 犯罪者が二度もわたくしに同じことを言わせるなどと!」


 ルヴィアリーラは高らかに叫ぶと、星剣アルゴナウツを抜き放ち、斬撃を一閃する。


 そしてその一撃は空を切りながらも、確かに「飛んで」いた。


 自身の髪束が余波で少しばかりはらり、と切れ落ちていくのに冷や汗を流し、奴隷商に雇われた男は毅然と自身を睨みつけるルヴィアリーラへと跪く。


「……これで貴方の悪が裁かれたなどと申し上げるつもりなど毛頭なくってよ、言い訳ならば出頭先で憲兵に自ら申し上げなさい、それでも足りないのならば、今この場でこのルヴィアリーラが決闘を引き受けましょう。さあ、如何に!?」

「は、ははあ……っ……!」


 男が隠し持っていたおおよそ全ての戦意を砕き、城塞都市ファスティラの方へ逃げ出していくのを見届けた上で、全く、と、ルヴィアリーラは静かにため息をつく。


 奴隷貿易、人身売買は十数年前にこのウェスタリア神聖皇国内でも隣国でも禁止された。


 だが、それでもこうして「裏」の市場を通して未だにそれが横行していることは見ての通りだ。


 悪習や旧弊というのはそう簡単に治るようなものではない。


 それは、ルヴィアリーラにもわかっている。


 わかってはいるのだが、こうして実例を見せつけられると、どうにもやりきれないような、歯痒い気持ちになることは否定できないのだ。


 本当であれば奴隷商を営んでいる悪徳商人共の館にカチコミをかけて根こそぎ憲兵へと突き出してやりたい衝動と共に剣を鞘に納める。


 それでも、魔物の手によって死を遂げたのであればその魂は弔われなければならない。


 魔法を使えない自分が祈っても、どこまで効果があるかはわからない。


 だが、それでも十把一絡げに殺された奴隷商やその護衛、そして奴隷たちへと、ルヴィアリーラはしばし祈りを捧げる。


 ──そして。


「もし、貴女──共通スフェリア語はわかりまして?」


 ルヴィアリーラは、その生き残りである手枷と足枷に繋がれた銀髪の少女へ優しく歩み寄っていくのだった。

悪役の汚名を被った令嬢(物理)なのですわ

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