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43.それは街角の小さなメロディ、なのですわ!

 旧鉱山に行くに当たっての課題は三つある、というのがルヴィアリーラの見解だった。


 まず、地理についてだが、それについてはリィを雇うことで解決している。


 もう二つ、未解決の課題として残っているのは、旧鉱山を住処としている魔物の群れとやらの情報と、そして岩盤についてだ。


 魔物との戦いが想定されるならそれに向けて準備はしておかなければならないが、本題は生憎そっちではない。


 ルヴィアリーラは念のためにリィから買い付けていた、ヒァーレの実の在庫数を数えた上で、今錬成できる「爆炎筒」の数を把握する。


 確かに魔物が屯しているなら、民に被害を及ぼす前に退治するのは重要なことで、いずれはヒンメル高地についても調べなければいけないと、ルヴィアリーラは心得ていた。


 だが、今回鉱山に行く目的を履き違えてはいけないというのもまた事実なのだ。


 だからこそ、ルヴィアリーラはリリアを連れて冒険者ギルド、ウェスタリア神聖皇国本部へと訪れていたのである。


「突然のご無礼をお許しくださいまし、ギルドマスター。旧国有鉱山の魔物についての情報など、知っておられます?」


 カウンターに腰掛けて、冒険者への依頼の分配や、店からのオーダーの整理などを行っていたユカリは相変わらずどこか目が死んでいた。


 だが、ルヴィアリーラの質問に対してはしばし考え込むような仕草を見せると、馴染みの営業スマイルを浮かべて答えてみせる。


「ええ、ある程度は把握しています。確か……トロールの一団が屯していて、国……というか領主が報奨金も出していますよ」

「……え、えと……り、領主さん……ですか……?」


 小首を傾げたルヴィアリーラに代わって、何が何やらといった風情でリリアはユカリへと問い返す。


 領主が報奨金を出すレベルのトロールが屯しているのに、騎士団が動いていないというのも妙な話である上に、功名心が強い冒険者たちもそこに行きたがらないとなれば、何かあるに違いない。


 それくらいは、冒険者生活でリリアもわかるようにはなっていた。


「ええ、まあ……ただ屯しているだけで、警備団とは睨み合いが続いてる状況なのです」

「そ、そうなんですか……」

「正確な情報を得たわけではないのですが、もしかしたらトロールオーグクラスの上位種が率いている可能性がありますね」

「ふむ、でしたら迂闊に手が出せない、というのも道理ですわね」


 トロールオーグ。


 魔物の中でも極めて賢く、そして強大な力を持つそれは、並の冒険者や騎士が迂闊に挑めば返り討ちにされる領域にある難敵なのだ。


 だからこそ、何もしていない今、冒険者が自然に討伐してくれれば、というのが旧国有鉱山のある土地を治めている、領主の考え方なのだろう。


 相も変わらず事なかれ主義だと、ルヴィアリーラは呆れたように溜息をつく。


 とはいえ、本末転倒なことは否めないのだが、冒険者と正規軍の騎士、この世界において、どちらの命の価値が重いのかと問われれば、後者であるという側面は否定できない。


 一山幾らの冒険者が功名心から金に釣られて倒してくれれば儲け物、貴族の門弟や嫡男といった存在を失う訳にはいかない、というのが貴族側の考え方であることは、元々その身分にいたルヴィアリーラも理解はしていた。


 だが、納得できるかどうかは別な話だ。


「相変わらず日和見主義なのですわね……では、仕方ありませんわ! 目当てはそれだけではありませんが、わたくしルヴィアリーラ、リリア、そして護衛のリンディベルがトロールの一団を討伐してみせますわ!」

「では、依頼として処理して構いませんか?」

「是非もなし! それと……ギルドマスター、もう一つ訊きたいのですけれど、よろしくて?」

「構いませんよ、なんですか?」


 さらさらと討伐依頼の項にルヴィアリーラ、リリア、そしてリィの名前を書き加えていたユカリは手を止めることなく、彼女の問いにそう返した。


「ギルドマスターは、旧鉱山の岩盤について詳しかったりいたしまして?」

「ああ……隠し資源の噂ですか、それについてはちょっと私も把握してませんね」

「そうですの……情報、感謝いたしますわ」

「いえ、こちらこそ滞っていた討伐依頼を受けていただきありがとうございます、ルヴィアリーラさん、リリアさん」


 ここにいないリィに代わる形でルヴィアリーラは頭を下げて、冒険者ギルドを後にする。

 本来の目的に関しては空振りだったかもしれないが、空振りの中にも収穫そのものはあった。


「……う、嬉しそうですね、ルヴィアリーラ様……」

「ええ、収穫そのものはありませんでしたわ、ただ、隠し資源の噂について多く広まっていることが確認できた、それだけで十分ですわ」


 詳細ははわからなくとも、ギルドマスターを含む多くの人間がその噂を知っているということは、隠し資源の有無はともかくとして、岩盤自体は確実にある、ということだ。


 ならば、少々荒っぽいやり方でこそあるものの、現地調査で岩盤を爆破すれば、道が開けるかもしれないのだ。


 その奥に魔力を秘めた鉱石が眠っていれば儲け物だし、なかったのならば、猶予は三ヶ月あるのだから他の方法を考えればいい。


 ルヴィアリーラは相変わらず脳筋式の解決法を脳裏に描いて、あーっはっは、と、いつもの高笑いを上げていたが、リリアとしてはそれが少しだけ心配だった。


「あ、あの……ルヴィアリーラ、様……」

「どうしまして、リリア?」

「……そ、その……無理をされて、いませんか?」


 なんとなくではあるが、ルヴィアリーラはいつも無理をしているのではないかと、リリアはそう感じていたのだ。


 空振りだったことについて落ち込むならまだしも、それを強引に前向きに捉えようとしている──そこに理由があるなら、もしかしたら自分のせいなのではないかと、自責の念に駆られてリリアは問いかける。


 しかし、ルヴィアリーラは慈しむような視線を向けて、フードに覆い隠されたリリアの銀髪を、いつものようにそっと優しく撫でてみせる。


「わたくしを気遣ってくださったのですね、リリア。感謝いたしますわ」

「……い、いえ、その……だって……わたし……」

「でしたら問題ありませんことよ! わたくしはルヴィアリーラ、なればこそ常に前に進む女、ですわ!」


 王城へと繋がるメインストリートを歌劇の舞台にするかのように、ルヴィアリーラはくるりと回って、大仰な仕草で両手を広げてみせる。


 確かに、リリアが指摘した通り、無理をしているところがないとはいわない。


 それでも、後ろを振り返るよりは前に向けて走って、走って、走って。


 そうして転んだ時のことは転んだ時に考えればいい。


 ルヴィアリーラが掲げているその信念には、何一つ偽りなどない。


 元より追放された時に、口にこそしなかっただけで、希望などとっくに失っていたのだ。


 アトリエを建てようと思ったのだって、最初はただのやけっぱちだったのだから。


 ルヴィアリーラは、何一つ包み隠すことなくリリアへと己の本心を打ち明ける。


「わたくしが本当にアトリエを建てたいと思ったのは、リリア。貴女がいてくれたからなのですわ」


 あの時リリアに出会わなければ、そしてきっと──浅ましいかもしれないが、感謝の言葉を貰っていなければ、今もルヴィアリーラは冒険者としてこのセントスフェリア大陸を彷徨い歩いていたことだろう。


 リリアを助けたことに、錬金術は寄与していない。


 それでも、自分に誰かを助ける力があって、そこに錬金術が使えるのではないかと思ったことに、リリアの存在は欠かせないものだったのだ。


「……る、ルヴィアリーラ様……そんな、わたしは……」

「いいえ、リリア。貴女は……わたくしにとって、妹のように大事な存在でしてよ」


 ルヴィアリーラに妹はいない。


 それでも、気が弱くて、ちょっとしたことに驚いて、すぐ泣いてしまうけれど、誰よりも優しいリリアの存在はまさに、妹がいたらきっとこんな感じなのだろうと思わせるものがあった。


 そして、リリアが、ルヴィアリーラが本当の姉だったらと思っているように、ルヴィアリーラもまた、リリアが本当の妹だったら、と思っていたところは少なからず存在するのだ。


 ふるふると、両肩を震わせるリリアの瞳には、その虹には涙の雫が滲んでいた。


 家族から捨てられて、誰からも愛されなかった自分のことを、家族のようだといってくれる誰かがいる。


 それの、どんなに心強いことか。


 どんなに嬉しいことか。


「ぐすっ……えくっ……るゔぃあ、りーら、さま……」

「よしよし、リリア。わたくしの可愛い妹。泣かなくても良いのですわ。貴女が嫌でなければ、いつでも姉と、そう呼ぶといいのですわ」

「……おねえ、さま……!」


 リリアは、おいで、とばかりに両手を広げたルヴィアリーラの豊かな胸に飛び込んで、往来であることも構わず一頻り涙をこぼした。


 家族がずっと欲しかった。


 家族じゃなくとも構わない。あたたかくて、優しくて、そうじゃなくたって、自分の存在を認めてくれる誰かが。


 ここにいていいよと、そう言ってくれる誰かが。


 それが、助けられてからずっと慕ってきたルヴィアリーラだったのなら、これを運命と呼ばずして、なんと呼ぶのだろうか。


「……お姉様……っ……ルヴィアリーラ、おねえさま……っ……!」

「リリア、わたくしの愛しい妹。これからは……ずっとわたくしを家族と思うと良いのですわ!」


 ──あーっはっは。


 豪快にリリアを抱きとめて、その髪を優しく撫でながら高笑いを上げる、ルヴィアリーラの赤い瞳にもまた、雫が一つ滲んでいたことを、あえて口に出す者はいない。


 交わされた契りを掻き抱くように、そして互いの心臓に埋め込むように、ルヴィアリーラとリリアはしばらく、二つの鼓動を一つへと融け合わせるように、ぎゅっと抱き合い続ける。


 どこかで誰かが愛を囁くように二人もまた街角で、その形の一つとなるメロディをそっと奏でるのだった。

成立する百合姉妹の契り

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前作にもありましたが街角の小さなメロディっていう表現がほんと美しくて好きです…
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