42.旧鉱山と小さなジェラシー、なのですわ!
「魔力を帯びた鉱物ねぇい……」
行商のため、未だカッコカリがつくルヴィアリーラのアトリエまで足を運んでいたリィは、持ちかけられた疑問に小首を傾げる。
「ええ、何か知っていることがあれば教えてくださいまし」
「んー……別にいいけど、情報料は欲しいかな、リィも生活そんな余裕あるわけじゃないし」
「なら、30プラムで足りまして?」
「ん、ありがと。そんじゃあ鉱物の話をするとしますか……っても、皇国が獲ってる場所からは獲れないから、採取が認められてるとこで、リィが知ってて、この辺から行けそうな場所となると、三箇所ぐらいしかないけど」
リィはルヴィアリーラから情報量として受け取った30プラムを懐に収めると、銅貨を指先で弾き飛ばしながら、いつものようなニヒルな笑みではなく、どことなく渋い表情を浮かべてそう語った。
国有鉱山においては冒険者の勝手な採取が禁止されているため、鉱物を手に入れたいのであれば、そこ以外の何処かにいくしかない。
ただ、魔力を帯びた鉱物、というルヴィアリーラが指定した条件こそが曲者なのだ。
リィは小首を傾げて、とりあえず自身が知っている場所を指折り数えてリストアップする。
「まずは知っての通りヒンメル高地だね、あそこにゃサンライト鉱があるから、多分ルヴィアリーラのねーちゃんが言ってる条件は満たせると思うよ」
「なるほど、ヒンメル高地……ならばそこに」
「ちょっと待った待った! 人の話は最後まで聞いてよね、ったく……」
思い込んだら一直線の、弾丸脳筋元お嬢様ことルヴィアリーラが目を輝かせる様に少しのあきれを感じながら、リィは、今にもリリアを連れてアトリエを飛び出そうとするルヴィアリーラを引き止める。
こういう気風のいい性格だから、リィにとってルヴィアリーラは上客に他ならないのだが、同じ冒険者としてはそれを危ういと感じるのだ。
恐れ知らずと命知らずは紙一重だ。
しかし、薄紙一枚を隔てるのみの違いであれど、そこには大きな差があることを熟練の冒険者は知っている。
恐れを知らない者は強い。
何故ならそれは、恐るに足りないということを、自らが相手取る敵や行くべき場所の地理的条件や天候の行き先などを把握しているからだ。
反対に、命を知らない者はいとも呆気なく死んでしまう。
何も知らないが故に敵に嬲り殺され、地形を把握していないが故に滑落し、落盤に巻き込まれ──そんな彼らの死因は枚挙にいとまがない。
別にルヴィアリーラとリィの間に、何か絆と呼べるような特別なつながりがあるわけではなかった。
それでも、上客であり顔見知りが死んだとあってはリィの生活にも関わるし、なによりも後味が悪い。
ぴぃん、と、リィが親指の先で弾いた銅貨は左手の甲に表面でぴたりと止まった。
幸先がいいこった、と、声には出さず心中で呟きながら、小首を傾げるルヴィアリーラに向けて、リィの唇は続く言葉を紡ぎ出す。
「普段ならリィもそこにサンライト鉱を狙いに行ってるけど、今のヒンメル高地はヤバいよ、具体的にはそのサンライト鉱が採れる場所から、最近冒険者が帰ってきたって話を聞かない」
「ふむ……マジですの?」
「マジもマジの大マジだよ、金貰って嘘ついてたんじゃあ銭ゲバの名が廃るし」
具体的にはそれが何であるのかは、帰ってきた冒険者がいないからわからないものの、ヒンメル高地の上部には、近々王国騎士団が派遣され、調査を行う予定だから立ち入りが禁じられている、とはリィの弁だった。
「……じゃ、じゃあ……そ、その、えと……」
「もう二つ、だよね? リリア。一つはヒンメル高地と同じ。大陸の東の方にある『ボルカノ火山』だけど、ここは人が近づけるような場所じゃねえ」
ボルカノ火山。
今は動きが活発ではない休火山であるそれは、かつてこの中央大陸セントスフェリアに大いなる災いをもたらした山として有名な場所だ。
一説によれば、機械文明が滅んだのはボルカノ火山が大噴火を起こしたせいだともされており、活動を止めている今も、その名残として灼熱の領域を周囲に展開している。
そして、高熱による飢えと乾きは、そこに足を踏み入れた冒険者を骨まで焦がしてむしゃぶりつくすとまでいわれる自然の猛威こそが、ボルカノ火山における大敵に他ならないのだ。
チィが肩を竦めながら語った情報に、リリアはぞくり、と背中を震わせる。
「まああそこは迂闊に踏み入りゃ黒焦げよ、そんで残ってるのが、一番安全な……」
「旧鉱山、ですの?」
「お、ルヴィアリーラの姉ちゃんは知ってんの? なら話は早いんだけどさ、そこもそこでアレなんだよねぇ」
リィは苦虫を噛み潰した顔で、ここから大体徒歩で四日前後の場所にあるウェスタリア旧鉱山について思い返す。
旧、と名前がついている通り、ここで採れる鉱物は殆どが採掘され果てていて、残っているのは値がつかないほどの搾りかすばかりである、というのが冒険者の間における定説だ。
しかし、本当に旧鉱山は埋蔵資源の全てを獲り尽くしてしまったのか、ということについては学者の間でも議論が分かれているのだが、問題はそこではない。
「どうも、旧鉱山を魔物が根城にしてるって話を最近聞いたんだよねぃ、だからリィは近づかなかったんだけど……まあ今挙げた三箇所の中じゃ一番マシだとは思うよ、うん」
「魔物の編成については具体的にわかりまして?」
「うーん……ごめん、それはわかんないから流石にユカリのねーちゃんに訊くしかないかな、参考になった?」
「ええ、ありがとうございますわ、リィ。それでは……こほん。さっそく旧鉱山へと参りますわよ、リリア!」
旧鉱山は国が採掘権を放棄しているため、冒険者が鉱物を採取したとしても問題はない。
リィからの情報を総合した上で、ルヴィアリーラはいつものように豊かな胸を反らして、あーっはっは、と、小気味の良い高笑いを上げる。
どんな魔物が出てくるかはわからないが、それについてはリィが言ったように、ユカリにでも訊けば済む話だ。
三ヶ月という猶予が与えられているとはいえ、仕上げるのが早いに越したことはない。
善は急げ、兵は拙速を尊ぶ。
それこそがルヴィアリーラという女性の信念であり、ポリシーなのだ。
高らかに宣言するルヴィアリーラに、リィは呆れて、リリアはその腰に尻尾があったらぶんぶんと振り回しているであろう笑顔を浮かべて、何度も首を縦に振っていた。
「……なんつーか、ルヴィアリーラのねーちゃんらしいね」
「そうですの? わたくしはわたくし、これに関して譲るつもりはありませんことよ!」
「そりゃ別に譲ってもらったって1プラムの得にもならないけどさあ……ところでルヴィアリーラのねーちゃん」
「なんですの、リィ?」
「リィを護衛として雇う気はない?」
リィがこの話を切り出したのは、珍しく損得勘定からではなく、善意から来るものだった。
ルヴィアリーラは「東の森の主」やケーニギンアルマを倒せるくらいには凄腕の冒険者であると、そう聞き及んではいる。
だが、それでも猪突猛進なその勢いには、さしものリィも不安を感じるところはあるのだ。
一応、旧鉱山であればリィ自身もなんどかその隠された鉱物資源を狙って潜入したことはあるし、土地勘は養われている。
「ふむ……リィは旧鉱山の地理について把握しておりまして?」
その辺りをきっちりと聞いてくるのは、腐っても元令嬢というより、目の利く人間なのだとリィは素直に感心する。
ルヴィアリーラはどこまでも前のめりな人間である、という評価を改めるつもりは、今のリィにはなかったが、時折こうしてクレバーな面を覗かせる辺り、出自は恐らく相応に高い位のものなのだろう。
邪推するリィをよそに、ルヴィアリーラはいつもと違って、値踏みするような視線で彼女の青い瞳を覗き込んでいた。
これでリィが旧鉱山の地形について知らない、となれば、ルヴィアリーラは一も二もなく断るつもりであった。
だが、彼女の顔に浮かんでいるのは、例によって唇の端を吊り上げた、余裕を感じさせるニヒルな笑みだ。
「じゃなきゃ提案なんてしないっしょ?」
「でしたら、交渉成立ですわね」
「オッケー、そんじゃあ……三日後、中央広場で、料金は300プラムってことでどう?」
「異存ありませんわ、貴女の働きに期待しておりましてよ、リィ」
流れるように交渉を進めるルヴィアリーラは、やはりというかこなれていると、リリアはただ感心するばかりだった。
あーっはっは、と、いい契約をしたとばかりに二度目の高笑いをあげるルヴィアリーラに、リリアはまるで姉を見るような尊敬の眼差しをじっと向けている。
そして、時折思うのだ。
本当に、ルヴィアリーラが自分の姉だったら良かったのに、と。
だからこそ、リィと親しげに話をしていることに、ちょっとだけリリアはむくれて、フードに隠した頬をぷくりと膨らませるのだった。
それはリリアの小さなジェラシー




