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4.雨にも風にも負けないのですわ!

「……それではご機嫌よう、今まで多大な恩をこの身に受けたことに対する感謝と、それを仇で返してしまったことを死んだ娘が詫びていたと、ヴィーンゴールド卿へお伝えくださいまし」

「はっ、ルヴィアリーラ様……」

「その名でわたくしを呼ぶのはおよしなさいな、ルヴィアリーラ・エル・ヴィーンゴールドは死んだのですわ」


 ルヴィアリーラ・エル・ヴィーンゴールドは死んだ。


 最後までそれでも気にかけて、ファスティラ城塞都市までの街道へ馬車を出してくれた父と、そこまで運んでくれた御者である、執事長のセワスチアンへと、聖衣の裾を摘んで感謝を示しながらも、ルヴィアリーラはその建前を毅然と口にする。


 表向き、ヴィーンゴールド家のルヴィアリーラは婚約破棄の一件を巡って流刑に処されたということになっているのだが、そこはそれ、今回の件でパルシファルにも非がなかったとは言い切れない手前、このような形で落とし前と相成ったのは幸運なのだろう。


 しかし、建前であったとしてもそれを事実として扱わなければいけない世界だ。


 ここにいるのは、たまたま死んだヴィーンゴールド家の一人娘によく似ていて、同じ名前をしているだけのルヴィアリーラという庶民。


 だからこそ、執事であったとしてもヴィーンゴールド家かお抱えしているセワスチアンが頭を下げたり恭しく接するなど、あってはならないのだ。


(懐かしいですわね、セワスチアン)


 一瞬、その瞳に憐憫を浮かべて「ただのルヴィアリーラ」を見送った老紳士との思い出が、走馬灯のように脳裏を過ぎる。


 しかし、名残惜しく思えども悲しみに暮れている時間もない。


 かつて父と呼んでいた男が「不要なものだ」として押し付けてきた革袋の中にある500プラム、大体銀貨五つ分という路銀と、腰に下げた剣と身に纏う、母の名を冠する聖衣以外に今のルヴィアリーラに先立つものはない。


 幼い頃より野山を駆けずり回っていたこともあり、城塞都市までの徒歩で丸一日程度かかる街道を歩くことなど苦でもないが、ここから先は文字通りに己の身一つで全てを切り開いていかねばならないのだ。


「まあ、考えても仕方ありませんわね!」


 こんな境遇に追いやった異界の聖女、アリサを恨むようなことも、そしてパルシファルの移り気を咎めることもせずに、腰に手を当てて豊かな胸を反らしながらルヴィアリーラはそんな言葉と共に高笑いをする。


 あれこれうだうだと考えるのは元より自分の性分ではないのだ。


 東に困った民草がいれば行ってその悩みを聞いてやり、西に暴れる魔物があればちぇすとアルゴナウツで首を撥ね飛ばし、南に足りないポーションがあれば北に行って素材の薬草を採りに行く。


 ルヴィアリーラはそんな、おおよそ貴族らしからぬ女なのだ。


 勿論、名残惜しくないかと問われて首を横に振ったのならそれは嘘になる。


 だが、聖女を責めたところで、偽りの愛を貫くことをパルシファルに強要したところで、それが何になるというのか。


「この世の全ては等価交換、パルシファル様が真実の愛を手に入れたのなら……わたくしが手に入れたのはそう、自由!」


 それらを、ルヴィアリーラが得たものと失ったものを等価とするにはあまりにも重い。


 そんなことは彼女自身が一番よくわかっている。


 だから、街道を高笑いと共に歩く彼女の眦には涙が滲んでいたし、そうでもして無理に割り切らなければ、前に進む足は止まっていたことだろう。


 ──上を向いて歩け。


 どことも知らず、誰とも知らず、冒険譚の中で語り継がれてきた冒険者たちへの訓示を脳裏に描きながら、涙声の鼻歌と共にルヴィアリーラは初めての旅路を歩む。


 どうせ明日も知れぬ身だ、涙を流すくらいなら、日銭で酒を飲めばいい。


 幼い頃に何冊も読み漁った冒険譚の中で、華々しい活躍を遂げた冒険者たちはその旅路を踏破した後には決まって肩を組んでエールの入ったジョッキを煽りながら、その歌を歌うのだ。


 そんな具合に開けた街道を道なりに沿って、ルヴィアリーラが三時間ほど歩いていた時のことだった。


「た、助けてくれええええッ!」


 その声は街道を外れた場所に生い茂る森林地帯の方から飛んできて、彼女の耳朶を震わせる。


 当然だ、応ともとばかりに一もにもなくルヴィアリーラが飛び出したかといえば──そんなことは、断じてなかった。


「……ファスティラ城塞都市へ向かうのに森林を抜けようとしている? 妙ですわね……」


 ファスティラ城塞都市は、東西南北に延びる街道と接続された極めてアクセスの良い場所だ。 


 そこにわざわざ危険な野生動物や魔物が跋扈している森林地帯を通って行くようなメリットは、通常であれば考えられない。


 ケースとして考えられるのは主に二つ。


 一つは自分のように脛に傷を持つ身の冒険者が、追っ手から逃れるためにあえて街道を外れた場所を通るケースだ。


 そして、もう一つは。


「ああもう、しゃらくせぇですわね!」


 だから、考えるのは苦手なのだ。


 ルヴィアリーラはそんな悪態と共にとうとう我慢ならんとばかりに駆け出していく。


 最悪を想定しながらも、結局のところ彼女にとって、「困っているかもしれない誰かを見捨てる」という選択肢は存在しなかった。


 仮にこれが前者だとして、ルヴィアリーラには銅貨一枚分の得もない。


 脛に傷を持つ人間を助けたところで得られる報酬などないし、最悪追手と勘違いされて助けたところを後ろから刺される、なんめことだって考えられる。


「それでも、困っている民を見捨てる理由にはならないのですわぁぁぁぁッ!!!」


 ルヴィアリーラは、実に貴族たちの常識や規範からすれば美徳を避けて、自ら望んで手を汚すようなことをする「悪」であることには違いない。


 貴族とは常に優雅に、民の上に立つ者として君臨しなければならないものだ。


 そんな貴族が民と同じ目線で動くなど言語道断、その上魔法師の家に生まれながら魔法が使えないなど故に彼女は悪しき存在と断じられても仕方がないとする向きもあるだろう。


 だが。


「何が正義で何が悪かなどわたくしが決めるのですわ、助けた相手にブッ刺されようとその時はその時、時と事情によるのですわぁぁぁぁ!!!」


 鍛えた健脚──そして、密かに発動していた「魔術(スキル)」でルヴィアリーラは森林地帯を疾駆して、声が聞こえたと思しき地点へと、およそ十分ほどで到達していた。


 そして、辿り着いた先で彼女の視界一面にに広がっていたものは。


 ──惨状であった。

 

 加えて、ルヴィアリーラの考えうる、最悪のケースであった。


 見る限りではゴブリン四匹とその親玉と思しきホブゴブリンが一匹という集団が、無残に破壊された馬車と、明らかにカタギのそれではない粗野な格好をした男と、その後ろでびくびくと震えている銀髪の少女を取り囲んでいる。


 城塞都市ファスティラに森林を通って入り込むような輩、その後者とは──後ろめたい事情を抱えて、「裏口」から商売をするような人種に他ならない。


 男が一応とはいえ庇い立てている銀髪の少女はボロボロの衣服に、手枷や足枷を付けられているというその姿から、彼女が「何」で、そして男がそれを取り扱う商人かどうかはともかく、その禁忌にして大罪に関わっていた人間であることには疑いの余地などなかった。


 ──しかし。


「ちぇえええええすとぉぉぉぉぉッ!!!」


 裂帛の気合いを込めて絶叫し、ルヴィアリーラは星剣アルゴナウツを抜き放つと共に、距離を一瞬で縮めたがごとき踏み込みでホブゴブリンの不意を打ち、その首を一刀の元に撥ねとばすことに成功していた。


 そうだ。


 うだうだと考えるのは後でいい。


 まずは困っている人を助けることが先だ。

 

 この考えだけは何をどう言われようとも譲るつもりは全くない。


 そして雨にも負けず風にも負けず、この剣が届く限りは、この赤い瞳が、宝石と例えられた母からの贈り物が曇らぬ限り、ルヴィアリーラは魔物の暴虐を決して看過しない!


 およそ令嬢らしからぬ考えを乗せた、淑やかさとは程遠い、奇声と紙一重の咆哮は開戦の号令か、そうでなければ叩きつける白手袋に代えたものだ。


 そうしてルヴィアリーラは金髪を靡かせて、唇を三日月の形に歪めながら残り四匹、動揺も露わなゴブリンたちへと斬りかかってゆくのだった。

ストライキングお嬢様


魔術(スキル)】……錬金術も属する系統である、いわば人の手で魔力のルートパスを開き結果をこの世に出力する、神の理に近づけた「魔法の紛い物」ともいえる戦闘技術。主に用いるのは騎士階級や冒険者といった最前線で手を汚す者たちであり、そういった経緯から貴族階級が属することの多い魔法使いは魔術を忌避することが多いのだが、それはあくまで貴族階級に限った話である。

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[一言] お嬢かっけえ・・・
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