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32.仮免許の錬金術師、なのですわ!

 ウェスタリア神聖皇国、その王都は辺境であるファスティラ城塞都市から馬車でも結構な日数を要する場所に荘厳たる威容を湛えていた。


 中央大陸セントスフィリアの西部に位置する王都ウェスタリアは、三つの砦に守られているほど厳重に、その門戸を閉ざしており、皇国や、冒険者ギルドからの許可がなければ、商人といえども通行を拒否されるなど、ある種、過剰なまでに徹底した防衛体制が敷かれている。


 その理由については諸説あって、国民の間でも、風の噂として幾つかの説が囁かれているが、最も大きいのは、この中央大陸セントスフィリアから南西の海域に「魔の島」と呼ばれる、「封鎖大陸イーヴィル」が位置していることだろう。


 全ての魔物が生まれる場所、魔王と呼ばれる存在が君臨する場所、と、詩人たちは嘯いているのだが、実際のところ「魔の島」がなんなのかは、ウェスタリア神聖皇国も把握していない。


 ただしそれは、調査を怠っているという意味ではない。


 魔の島、封鎖大陸イーヴィルと中央大陸セントスフィリアを結ぶ海路の中間に、「断海」と呼ばれる、あらゆる船の侵入を拒む光の壁が存在することで、調査ができていないのである。


 だからこそ、未知の脅威に備えて皇国は常に戦力をガチガチに固めているのだろう。


 そんな推察はともかくとして、スターク・フォン・ピースレイヤーが寄越した馬車に揺られながら、ルヴィアリーラは訪れたのがいつ以来かわからない王都を一瞥して、小さく嘆息した。


「ここに来るのも久しぶりですわね……」

「……ルヴィアリーラ様、浮かない顔、してますけど……そ、その、えと……大丈夫、ですか?」

「ええ、わたくし自体は大丈夫ですわ、ただ……」


 一応追放、流刑という名目で城塞都市ファスティラに追いやられたルヴィアリーラだったが、それが王都に舞い戻ってきたとなれば貴族たちからの心証はよろしくないだろう。


 今回だって、物理的に首が飛ばされることを覚悟した上でスタークの招集に応じたのだ。


「た、ただ……?」

「貴族たちが黙っているかといわれれば、少しばかり図りかねる部分がある、ということですわ」


 ルヴィアリーラ・エル・ヴィーンゴールドという貴族の娘は流刑地で死んだ、ということには、名目上、そうなってはいる。

 ただ、ルヴィアリーラはこうして生きているのだし、あのグランマムートを屠ったことだって「目立ちすぎた」といわれればそれまでの話だ。


「……え、えと……それじゃあ、どうして、ルヴィアリーラ様は、王都に……?」

「これがピンチと紙一重のチャンスだからかもしれないからですわ!」


 リリアの疑問に、ルヴィアリーラはいつも通りに豊かな胸を反らしながら得意げに答えてみせる。


 もちろん、神王やそれに近い貴族からの呼び出しを拒めばそもそもそれだけで首が飛ぶから、ということも理由としては存在する。


 だが、そうだ。


 それでも、今回の一件は、自身にとって大きなチャンスになるかもしれないのだ。


 ルヴィアリーラはその一握りの好機を手にするべく、スタークを通じて召集をかけてきた何者かと謁見することを選んだのだ。


 城下町を通過した馬車が王都の城門へと辿り着き、御者を務める騎士が守衛に、スタークからの書簡を掲げてみせる。


「開門!」

「開門よろし!」


 号令と共に、鈍くけたたましい音を立てて、閉ざされていた城門が開かれる。


 鬼が出るか蛇が出るか。


 その一心でルヴィアリーラは、乾いてきた唇を、緊張をごまかすかのように赤い舌先でそっとなぞるのだった。




◇◆◇




 結論からいってしまえば、王都への呼び出しをかけてきた人物はルヴィアリーラにとってとびっきりやべーやつだった。


 ウェスタリア神聖皇国の心臓にして、「君臨すれども統治せず」を掲げながらも、国民たちの象徴として聳え立つ王城、その二階部分に設けられた謁見の間で、だらだらと冷や汗をかきながら、ルヴィアリーラは召集をかけてきたご本人である、神王ディアマンテ・カルボン・ウェスタリア11世との対面を果たしていたのである。


「冒険者ルヴィアリーラ、そしてリリアよ。此度の一件、まことに大儀であった。この余が、神王ディアマンテが全ての国民に代わって礼を言おう。感謝する」

「いえ、そのような! 恐れ多いですわ陛下!」

「何、構わぬ。余は君臨すれども統治せず……なれば国民の象徴として、国難を救った勇者に礼を示さずしてなんとする。ヒンメル高地麓の復興には時間がかかるだろうが……あそこは我が国の要衝でな。ルヴィアリーラ、其方が思う通り、あれを失えばゾンネリウムの供給にも、そして夏の暑さに苦しむ民にも支障が出る」


 だからこうして余が直々に礼を申しているのだ、素直に受け取れ──と、神王の名を頂く、まだ年若い銀髪の青年は頭こそ下げずとも、一介の冒険者に過ぎないルヴィアリーラたちにその感謝を示してみせる。


 神王ディアマンテは無能である、というのは国民たちの間で密かに噂されていたことだった。


 しかし、実際にこうして対面してみれば、彼の器の大きさと人徳が窺えるというものだ。


 そして傍に控えて今も沈黙している執政、オブシディアン・フォン・ウェスタリア侯がウェスタリア神聖皇国の政治を、諸侯の方針を取りまとめているからこそ、この国の政治基盤は安定を保っているといっていい。


 御前に控える貴族はオブシディアン侯、そしてルヴィアリーラたちを招いたピースレイヤー卿ぐらいなのが幸いだった。


 だが、それでも、ルヴィアリーラの背筋を伝う緊張感は、あのグランマムートと対峙した時以上のものだ。


 それもこれも、神王ディアマンテの年若くも決して他者を寄せ付けない威厳は、それだけでリリアが顔を真っ青にしているほど強烈なものだからに他ならない。


「勿体なきお言葉です、陛下……このルヴィアリーラ、一介の冒険者にすぎませんが、盟友のリリアと共にこの国を愛しております。民の危機と、国難とあらば立ち上がるのは我が使命と存じておりますわ」

「ほう……素晴らしい心がけだ。困難に飛び入り、それを退けただけのことはある」


 お前が道理で気にいるわけだ、と、御前に控えていたスタークを指して、戯れにディアマンテは微笑をその口元に浮かべてみせる。


 ルヴィアリーラが訳ありな女であることを、ディアマンテは無論ではあるが最初からわかっていた。


 先日、ガルネット家の嫡男がヴィーンゴールド家との婚約を破棄して、ウェスタリア神聖皇国の魔法師団が「異界からの救世」なる大魔法を発動したことで召喚された、アリサという女性と結婚するという騒動を起こしたことは、オブシディアンから聞き及んでいる。


 そして、その破棄された相手こそがこのルヴィアリーラであることも同様だ。


 ディアマンテの視線は常に他者を見定めるように鋭く、そして冷たい。


 だが彼もまた、ルヴィアリーラと思考回路がよく似通った人間だった。


「この国を愛している、と申したな、ルヴィアリーラ」

「はっ、陛下。わたくしとリリアが掲げた言葉に嘘偽りはございませんわ」

「はっはっは……面白いな、余もそうだ。余はこの国と民を愛している。そこでだ」


 そんな愛想笑いを浮かべながらディアマンテがぱちん、と指を鳴らすと、膝をつき、首を垂れる形で傍に控えていたスタークが立ち上がって、彼を守るかのように玉座の前に立つ。


 よもや斬首かと、ルヴィアリーラの背筋が凍りつき、緊張に耐えかねたリリアの瞳からは、涙が溢れようとしている。


 だが、ディアマンテの口をついて出てきた言葉は、二人の予想していたものとは全く正反対のものであった。


「そこでだ、余はお前たちに褒美を取らせようと思う」

「……褒美、ですか?」

「うむ。スターク、品を出せ」

「御意に、陛下!」


 スタークは傍に控えていた兵士たちから、豪奢なドレスや金銀財宝、そして果ては見るだけで業物とわかる名剣など様々なものを敷物の上に並べて、ルヴィアリーラたちに提示してみせる。


「金でも衣でも……なんなら爵位でも良いぞ、ただし余が与えられるものは二人で一つだけだ、考えたまえ」


 豪華絢爛で目も眩むような褒美の数々に心を惹かれなかったかと訊かれれば、それは嘘となる。


 だが、黄金のティアラよりも、南方大陸から渡ってきた上質な絹糸で織り成されたドレスよりも、その機会があったのなら──ルヴィアリーラには、なによりも叶えたい願いがあったのだ。


 リリアに目配せをして、言葉ではなく視線でわがままを許してくれるかと問いかける。


 そしてリリアは、小さく、親友の──主人の、どんな言葉でも例え難い大切なひとのそのわがままを、はにかみながら受け入れるのだった。


「恐れながら、神王陛下」

「どうした? ここにある品々では不足と申すか?」

「いえ……わたくしはその日の暮らしをも知れぬ冒険者の身、ですが、かねてより叶えたいと思っていた願いが一つございます」

「ほう……? いいだろう。申してみよ、ルヴィアリーラ」

「はっ……わたくしは、この国をより豊かにするため、錬金術師としてアトリエを設けたいのです! それこそが、わたくしの望む全てでございますわ!」


 失った爵位にもう興味はない。


 そして、金銀財宝だって、これだけあればリリアと共に一生遊んで暮らすことだって難しくなければ、「ゾンネリウム」で鍛え上げられた名剣は、例え飛竜の鱗であったとしても易々と切り裂くことだろう。


 それでも、ルヴィアリーラが選んだものは、掲げた夢であり、リリアと分かち合った約束だった。


 その紅玉に宿る意志の強さに、ディアマンテは思わず「ほう」と一言呟くと、数々の財宝をスタークに取り下げさせながら、不敵な笑みを浮かべてルヴィアリーラへと問いかける。


「其方が望むのは……アトリエか」

「はっ、仰る通りでございますわ、陛下」

「なるほど……民のためとならば、許可するのも、余としてもやぶさかではない」


 しかし、勿体つけた口調で呟くディアマンテの言葉には、明らかにルヴィアリーラとリリアを試す意図が含まれていた。


 無論、錬金術の有用性についてディアマンテが他の貴族同様、懐疑的だというのもある。


 だが、それ以上にディアマンテは、ルヴィアリーラという女の覚悟と、貴族の位を奪われて追放されても尚、自らとの謁見まで上り詰めた、その芯の強さを見定めたかったのだ。


「ルヴィアリーラ」

「はっ、陛下!」

「アトリエの開業であったな。許可しよう。ただし……一つだけ条件がある」


 褒美を出す身が条件をつけるというのもおかしな話だがな、と、ディアマンテは軽口を飛ばしたが、ルヴィアリーラにはそれをまともに受け止める余裕など残されてはいない。


 こめかみにじわり、と脂汗が滲む感覚に耐えながら、ルヴィアリーラはどこか斬首を待つ罪人のような面持ちで、ディアマンテが続く言葉を紡ぐのを静かに待つ。


 一秒が永遠へと引き延ばされていくような錯覚が、きりきりと、ルヴィアリーラの胃袋を締め付ける。


 そして。


「錬金術がこの国にとって有用なのかどうかを示してみせよ、ルヴィアリーラ。そしてリリア。端的に換言するならば、皇国からの依頼をこなして、それを成功させたのなら、正式に王都でアトリエを開くことを認めようではないか!」


 はっはっは、と、豪胆な笑い声を上げながら、ディアマンテはルヴィアリーラへと差し出すその条件を提案する。


 いってしまえば、隣国であるイーステン王国との間で結ばれた「王認勇者」に関する条約を少し弄っただけのものだ。


 それでも、ディアマンテは良くとも錬金術を異端と扱う貴族たちを黙らせるのならば、この方法が一番手っ取り早い。


「ありがたき幸せですわ、神王陛下! このルヴィアリーラ、命に代えても依頼を成功させてみせますわ!」

「うむ……良いだろう。依頼はスタークを通じて出すつもりだ、成果を期待しているぞ」


 踵を返して王の間に去っていくディアマンテに深々と頭を下げながら、ルヴィアリーラは内心で小さくほくそ笑む。


 ──やってやろうじゃありませんの。


 グランマムートを倒しても尚足りない金が必要だったアトリエが手に入ろうとしているのだ。


 ならば、ここで死力を尽くさない理由はどこにもない。


 ここが謁見の間でなければ、ルヴィアリーラはいつも通りにあーっはっは、と、高笑いを上げていたことだろう。


 今は仮免許でも、いずれは全ての民の生活をより豊かにするために、そして。


 リリアと一緒に、その日暮らしではなく地に足をつけて生きるため。


 未だに怯える虹の瞳を宥めるように視線を送りながら、ルヴィアリーラは、静かに野望を燃やすのだった。

第三章の開幕なのでしてよ!


【ディアマンテ・カルボン・ウェスタリア11世】……若くして王の座についた銀髪碧眼の美男子であり、「君臨すれども統治せず」として諸侯や執政に政治に関しては任せているものの、国民の象徴としての誇りは人一倍高く、それ故に冷徹に他人を見定めているが、内心はルヴィアリーラと共通するところがある人物。

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[気になる点] そんな愛想笑いを浮かべながらディアマンテかぱちん、と指を鳴らすと、膝をつき、首を垂れる形で傍に控えていたスタークが立ち上がって、彼を守るかのように玉座の前に立つ。 ディアマンテの後ろ…
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