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3.あらかじめ準備はしておくのですわ!

 ルヴィアリーラが初めて魔物を狩ったのは、六歳の夏だった。


 過ごすのが最後になるのであろう自室に構えた小規模なアトリエ、その中心となる錬金釜を星剣アルゴナウツで掻き混ぜるという雑な扱いをしながらも、ルヴィアリーラはその剣との思い出に意識を浸らせる。


「思い出しますわね、洗礼式の日に……魔法使いに、魔法師になる資格がないと諦めたように言い渡されたことを」


 多かれ少なかれ人は生き方を選ぶことができる。

 だが、豊かな階級にあるものは生まれつきその役割を果たすのに相応しいかを神に見定めてもらう儀式として、五歳の春に「洗礼の儀」を受ける必要があった。


 そしてそれは、本来騎士の家に生まれたのであれば騎士に、魔法師の家に生まれたのであれば魔法師になることを示す、形骸化した通過儀礼的なものだ。


 だが、ごく稀に、ルヴィアリーラのように、家の適性から外れた子供が生まれることがあって、そのような子供がどのような扱いを受けてきたかぐらいは彼女にも察せられた。


 それでも、それでもプランバンは自らを捨てることをせずにここまで育ててくれたのだ。


 ポーションを作っている窯の中に涙が混入することで、ぷすぷすと黒煙を上げ始める。


 これではいけないとばかりにルヴィアリーラは釜をかき回す速度をやや早めてからゆっくりと、宥めるように元のそれに戻していくことでエーテル=マナ変換の手順を復帰させる。


 この世界において、魔法と魔術には根本的なシステムの違い及び、格の違いが存在している。


 魔法とは、詔だ。


 神から賜った世界の法則を、自らの体内にある魔力を媒介にすることで神界への扉を一時的に開いて、詠唱に定められた通りの結果を出力することをこの世界は魔法と呼んでいる。


 だが、魔術とはあくまで人が作り上げた擬似的な、「法」へ近づく為の「術」でしかない。


 今ルヴィアリーラが行なっている錬金術も、等価交換の原則に従って物質を構成しているマナを一度エーテルに還元し、そして触媒を経由して別なマナに変換する──要するにゼロから一を作り出すのではなく、一と一を等価で交換するからこそ、魔法使いたちからは外法だと扱われているのだ。


 そして、魔法使いと剣士の間には大きな溝が存在している。


 これに関しては世界の仕組みどうこうというよりただの意地の張り合い、つまるところプライドの話なのだが、錬金術師にして剣士であるルヴィアリーラは、魔法師の家系に生まれた人間としては本来幼い頃に殺されているか、座敷牢に飼い殺される異端極まる存在なのだ。


 それでも昔、ルヴィアリーラは魔法使いを目指していた。


 だからこそ脳みそが焦げていくような感覚に耐えながら必死に魔法の教則本を読んだしその練習もしてきたのだ。


 だが、結果がついてこなかった。


 だから、洗礼式を終えた日にルヴィアリーラは死のうと思って蔵を訪れたのだ。


「そう、貴方も朽ち果てるのを待つ身だった」


 誰と話すことも禁じられてしまった今、語りかける相手など自分の愛する剣しかいない。


 五歳の春、蔵の片隅でひっそりと飢えて朽ちて死んでいこうと絶望していたルヴィアリーラの前に現れたのは、横倒しになったまま放置されていたこの「星剣アルゴナウツ」なる、プランバン曰くただ重いだけで何の価値もない剣だった。


 だが、クソ重いし魔法使いにとっては役に立たないという烙印を押されたその剣を、五歳のルヴィアリーラは確かに引き抜いていたのだ。


「無我夢中だったとはいえ、不思議なものですわね……あれも何かの運命なのかしら?」


 どこからこの剣をご先祖様が拾ってきて、そしてどうして雑に蔵へと押し込めていたのかどうか、それは彼女の知るところではない。


 機嫌を取り戻してくれた釜の調子に苦笑しながらも剣を突っ込んでぐるぐるとかき回すルヴィアリーラの姿は錬金術師としても異端というに相応しかった。


 何でわざわざ錬金術師が釜をかき混ぜているのかといえば、それは、ただイメージする為だ。


 マナという形で物質の中に存在する無色の素を、エーテルという混沌に還してから再度マナに構築する。


 そのイメージが出来ているのであれば別に両手を合わそうが指を弾こうが何だっていいのだが、ルヴィアリーラにとってわかりやすい方法がこれだったというだけの話だ。


 そして数分後、出来上がったポーションを、あらかじめ、地図をはじめとした冒険者セット一式が入っていた鞄へと詰めながら、ルヴィアリーラは星剣アルゴナウツを鞘へと収めて幼い日のことを回想する。


 近くの街に住んでいた子供が飼っていたうさぎがゴブリンに殺された。


 ちょっと散歩に出ている間に買っているペットやその飼い主含めてその餌食になる、というのは珍しくないというわけではないが現実的な確率として考えられる。


 だからその仇を討ってくれと言われても、冒険者たちは「相応の金を積まれたら」としか答えないし貴族に至っては論外だ。


 ──だから、わたくしがぶっ殺した。


 なんてことはない。


 泣いている子供がいるのに冒険者は金だのなんだの情けない話をして、騎士をはじめとした貴族が腑抜け切っているならこのルヴィアリーラが無償でやる他に、生まれ持ったノーブルとしての誇りを憎むべき魔物に見せつける他にないだろう。


 そういう一心で、彼女は身の丈に合わない大剣を背負って、少女のペットだったうさぎを食糧としていた不埒なゴブリン共に、断固としてチェストをぶちかましたのだ。


「しかし、明日にはここを出なくてはなりませんのね……」


 そんなこともあって、ルヴィアリーラの悪評は瞬く間に街から領内、果ては領外まで轟いていた。


 だからこそ、ルヴィアリーラは薄々感づいていたのだ。


 いつか、自分は放逐されるのではないかと。


 それは七歳の折に出席した舞踏会で、周りの貴族たちが自分を見る目が氷のように冷たかったことからも察せられたし、現に今こうして追放を言い渡されたのだから、彼女の勘は間違っていなかった。


 そのために野草を食べて生き延びるための練習をしてきたし、魔物や野生動物を血抜きして捌いて干し肉にする方法も学んできた。


 そして完成したのが今の脳筋物理悪役令嬢こと、ルヴィアリーラという存在なのである。


 明日まだ、同じ希望があるかどうかはわからない。


 ベッドではなくあえて床に寝転びながら、ルヴィアリーラは静かに目を伏せて不安と期待の入り混じる旅路に想いを馳せる。


 プランバンは追放こそ言い渡したが、追放先でどうこうしろという枷をつけることはしなかった。


 ならば、自分にできることはなんだろうかと、ただひたすらに目蓋の裏で明滅する星に願いをかけるかのように、ルヴィアリーラは考える。


「……当面の目標はアトリエですわね」


 それもでっけぇのを構えて、民の生活をより豊かにできるのが望ましいですわ。


 強がるように、決意を込めて、ルヴィアリーラは言葉を紡ぐ。


 どんなに魔法使いからは邪道だと忌み嫌われようとも、その根拠となる「ゼロから一の創造」を、物質に対して適用した大魔導師など御伽噺や英雄譚の世界にしか出てこない。


 ならば、必要なものを集めれば必要なものに変換できる錬金術はとにかく物が足りなくなるという局面では心強い味方になるだろう。


 そのための資金を餞別に選ばなかったのは、言ってみればただの意地でしかないのだけれど。


 ルヴィアリーラは静かに苦笑する。


 こんな無鉄砲で頑固で無茶で無謀な性格だから、損ばかりしてきたのだ。


 それでも、そんな人生でも、何もかも貧乏くじを引かされたわけではない。


 プランバンに自分は確かに愛されていた。


 あの聖女を愛する前はパルシファルも婚約者としてかもしれないが、確かに礼節を持って自分のような落ちこぼれにして悪の異端を丁寧に扱ってくれた。


 母の顔は残念ながらわからない。


 それでも、ルヴィアリーラが魔物を倒すことで、ポーションやら何やらを作ることで喜んでくれた民がいた。


 ──だったら、それで、十分ではなくて?


 自身と同じように捨てられかけていた、忘れ去られるのを待つだけだった星の名を冠するただの、何の属性も持たない代わりに、雑に扱っても刃こぼれ一つしないその剣へと、ルヴィアリーラは静かに問いかける。


 剣は何かを語らない。


 だが、窓の隙間から差し込む陽光を受けて煌めくその白銀の刀身は。


 どこか、自身の言葉に同意を示してくれたように、ルヴィアリーラにはそう思えてならないのだった。

【マナ】……特定の六元素に染まった魔力の素。そのため生まれ持った属性と適合しない魔法はどうやっても扱うことができなかったりなんだったりするアレ。


【エーテル】……マナに還元される前の魔力の素の素。特定の色に染まっていないために、無色の魔力として魔法師たちの間ではそこから物質を媒介せず純粋な力を抽出することこそを至高の目標とする向きが強い。

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