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27.雷霆招来、これがリリアの全力全開、なのですわ!

 女王は笑うことはない。


 女王は同様に涙を流すこともない。


 機銃掃射の嵐の中、懸命にその大砲を撃たせまいと強化された膂力と、錬金術により生み出した爆弾を武器にして奮戦を続けるルヴィアリーラに、関心を抱くこともまた同様だ。


 しかし、ケーニギンアルマにとっては、ルヴィアリーラは打ち倒すべき強敵であり、その背後に控えているリリアもまた同じだった。


 削られるたびに絶え間なく貼り直される「風防障壁」は機銃をほとんど無力化してこそいる。


 それでも、掠める弾丸はルヴィアリーラの脚に灼けた切り傷を作り上げ、頬を掠めて髪を焦がしていく。


 ケーニギンアルマという個体の攻撃力はそれほどまでに苛烈であり、今は寂然──からも程遠い戦いが繰り広げられているが──のみを宿すこの場所を住処としていた主人は、何を考えていたのか。


 アドレナリンが爆ぜる思考の隙間で、ルヴィアリーラは悪態をつく。


「ほん……っと、しつこいですわね!」

『相対目標への砲撃困難、ミサイルによる迎撃に移行します』


 しかしそれも機械にとっては、馬耳東風もいいところだ。


 ケーニギンアルマは、機械文明語で無機質に告げると、機銃掃射を続けながらも四本の腕部、そのバレルの側面を展開し、そこに収納されていたミサイルを、ルヴィアリーラとリリアに向けて無慈悲に放つ。


 ──まずい。


 ルヴィアリーラは放たれたそれが「何」であるかはわからなかった。


 だが、研ぎ澄まされた無機質な殺気と、背筋を冷たい舌で舐める悪寒が告げているのだ。


 あれは、この膠着状態を打破するために敵が切ってきた切り札の一つだと。


 リリアがかけてくれた「風防障壁」はまだ効果が残っている。


 しかし、あの明らかに危険なものに対してどれほど作用するのか。


 そして、リリアはこれを避けることができるのか。


 一秒がどこまでも薄く引き延ばされていくような感覚の中で、ルヴィアリーラは、絶え間ない疑問を振り払うと、剣を手に、後方への跳躍という選択肢を取る。


「リリア、わたくしの後ろに!」

「……る、ルヴィアリーラ様……!」

「迷っていたら死にますわ、さあ早く!」


 そして、轟音と共に放たれたミサイルはルヴィアリーラとリリアの体温を頼りに誘導し、突き進んでいく。


 何発かは「風防障壁」に阻まれたことで軌道を外れて壁に穴を開け、埃まみれのレッドカーペットを焦がし、そして直撃コースに到達していたミサイルはルヴィアリーラの「躯体強化」によって構えられた星剣アルゴナウツの腹で防がれたが、それ自体はケーニギンアルマも想定していたことだった。


 だが、敵は──ルヴィアリーラは、自ら距離を引き離してくれた。


 ケーニギンアルマの電子スクリーンに投影された単眼が怪しく光り、そしてミサイルポッドは収納されて本来の形を取り戻す。


 そして、ルヴィアリーラが気付いた頃にはもう遅かった。


「……か、『風よ(Wind Field)』……!」

「こん……のぉっ!」


 四門の砲身が、ルヴィアリーラとリリアを捉え、ほとんどのタイムラグを抜きにしてその銃身から、電磁力によって加速された弾頭を放つ。


 電磁砲(レールガン)。ワイバーンの鱗すら容易く貫くそれこそが、ケーニギンアルマが多くのベテラン冒険者から恐れられている所以であり、そしてこの屋敷の主人だった人間が彼女を雇い入れた理由でもある。 

 ルヴィアリーラは機械が向けた銃口から、そこにはなくとも製作者が込めた殺意を読み取って、大きく体勢を崩しながらも腰を落として「瞬撃閃」の構えを取った。


 そうして音を切り裂いて放たれた電磁砲と、音越えを果たしたルヴィアリーラの剣撃が激しくぶつかり合って火花を散らす。


 負けるわけにはいかない。


 ──わたくしは、ルヴィアリーラなのでしてよ。


 無意識に、唇がその言葉を紡ぐ。


 泣きたくとも辛くとも、リリアの前では、守るべき民の前では強くあらなければいけない。


 例え貴族である身分を失っても、理不尽とも取れる理由で追放されようとも、そこに恨みもなければ、この心まで捨てた覚えはないのだから!


「っ、うあああああッ!」

「……る、ルヴィアリーラ、様……!」


 電磁砲の一閃を、ルヴィアリーラは確かに音を超える一撃で叩き落とすことに成功した。


 だが、「躯体強化」の魔術を持ってしてもその反動はあまりにも大きく、ルヴィアリーラは手にしていた星剣アルゴナウツを取り落としてしまう。


 それでも、膝をつくわけにはいかない。


 眦に涙を滲ませて自身を見詰めるリリアに、どんな表情を浮かべているかはわからない。


 鈍い痛みを訴える手首と、ちかちかと光が明滅する視界、そして軋む両膝と、直撃こそしなかったものの、ダメージを受けていない箇所の方が少ないぐらいだ。


 それでもだ、それでも笑え、ルヴィアリーラ。


 彼女は自身に言い聞かせた通り笑おうとしていたが、リリアが持つ虹の瞳に映るその横顔は苦悶に歪み、それでも殺意と誇りだけがルヴィアリーラを辛うじて、膝を突かせずに動かしているように見えた。


「こん……の……やってくれやがりましたわね!」


 それでも、一度放たれた以上装填には時間がかかるはずだ。


 幼い頃に読み耽った魔物図鑑からの知識を引っ張り出し、あの強力な電磁砲が再度放たれるまでの時間で決着をつけんと、ルヴィアリーラは毅然と機兵の女王を睨みつけて咆哮する。


 比較的マシな左手で万能ポーチから火炎筒を取り出すと、定まらない狙いでも当たればいいとばかりに、ルヴィアリーラはそれを思い切り投げつける。


 ──あと一撃だ。

 

 せめてあと一撃当たれば、あのケーニギンアルマとかいう大層な名前がついた機体をガラクタに変えてやれるのだ。


 魔術(スキル)の力で無理やり肉体を動かして、ルヴィアリーラは剣を拾い上げんとした。


「が……っ……」

「る、ルヴィアリーラ様!」

「だ、大丈夫……わたくしは、大丈夫ですわ、リリア……」


 しかし、電磁砲を斬り払うという無茶と、「躯体強化」の反動とこれまでに蓄積していたダメージが、ルヴィアリーラにそれを許さない。


 それは、自身が冷静な判断力を失っていたのだと取りも直さず突き付ける証拠であり、本来ルヴィアリーラが取るべきだった行動とは、剣を拾い上げるのではなくポーションを飲んで消耗を回復することだったのだ。


 だが、その一瞬が、一度の過ちが戦場では致命となる。


 速射性には欠けていたとしても、電磁砲の装填とリチャージにはそれほど時間を要さない。


 ケーニギンアルマの躯体は、トループアルマ四機に相当するほど巨大である。


 それが意味するところは、動力となる魔導コアもまたより高出力で大型のものが詰め込める、ということに他ならなかった。


 銃口へとプラズマが集約し、ばちばちと火花を立てる。


 最早命運尽きたかと、しかしそれでも諦めるかとルヴィアリーラは万能ポーチから今更ポーションを取り出して口に含んでいた。


 だが、遅い。


 地を這うルヴィアリーラを、ケーニギンアルマの単眼が侮蔑も嘲笑も哀れみもなく、ただ標的として見据えている。


 そしてそこには慈悲もない。


 だが、ルヴィアリーラを見つめているのは機兵の女王だけではなかった。


 リリアは、虹の瞳に涙を浮かべながらも、この状況を打破する何かがないのかと必死に考え、そして神々の黄金律に、法に問い掛け続けていた。


(このままじゃ、ルヴィアリーラ様が死んじゃう……わたしは、わたしは……力が、力が欲しい! 弱虫なわたしだけど……泣き虫なわたしだけど……っ、ルヴィアリーラ様は、そんなわたしを助けてくれた! だから……そんなルヴィアリーラ様を、わたしは死なせたくない!)


 ──望めば、全てが手に入るだろう。


 不意に、リリアはその「声」を聞いた。


 リリアの瞳に浮かぶ虹は、火の元素にも水の元素にも風の元素にも土の元素にも、そして光と闇という二つに分かれた開闢の欠片、そのどれもに染まることなく、そしてそのどの色をも内包している。


 故にこそ、彼女を奴隷の身分にまで落として売り飛ばしたアイリスライト家は恐れていたのだ。


 もしもリリア……リリアーヌが期待した通りに長男であったのなら、彼は家の寵愛を一身に受けた魔法師の王、大魔導師として名を馳せていたのだろう。


 だが、リリアは女だった。


 その一点と、そして彼女が虹の瞳を持って生まれてしまったことでリリアは忌み嫌われ、そして身勝手にも捨てられたのだ。


 だからこそ、リリアは自分の思考に枷をかけていた。


 愛されなかったのは自分に何の魅力もないからだ。振り向いてもらえなかったのは、自分に何の力もないからだ。


 虹の瞳はただ人を気持ち悪がらせるだけの不気味なもので、持っていたって何の役にも立たないものだと、そう思い込んでいたのだ。


 ──だが。


「『光よ(Weiß)』」


 銃口が光り、弾丸がルヴィアリーラとリリアを貫くよりも早く、彼女の口からは黄金律へのアクセスと、そしてルートパスの開通が告げられる。


「リリア……?」

「『分かたれし(Pieces)開闢の(of)欠片(Genesis)』、『その威光を(Fallen)もって(Thunders)』『眼前の(Judgement)過ちを(Any)穿て(Vice)』!」


 ほとんど無意識の内に、そして、一秒にも満たない刹那のうちに、リリアの唇はその言葉を、四節の省略詠唱からなる、雷撃の極大魔法を紡ぎ上げていた。


 ルヴィアリーラに聞こえたのは、辛うじて、ケーニギンアルマが構えた銃口が光るのと同時に叫ばれた、「眼前の過ちを穿て」という言葉と重なった真語だけだ。


 しかし、そこに伴う爆発的な魔力と、リリアが杖を構えた先にあるもの──敵の存在から、何が起きようとしているのかだけは辛うじて理解できる。


 そして、咄嗟にルヴィアリーラが耳を塞いだのは正解だった。


 鉄板を無理やり引き裂いたかのようなけたたましい音と共に、電磁砲の一撃をも呑み込む雷の槍が樫の杖の先端から収束していく。


 刹那──裁きの雷鎚は放たれた。


 轟く雷の矢はレールガンを押し切ると、傷付いたケーニギンアルマの躯体を穿ち、魔導コアまでをもぶち抜いて、古代遺跡の壁をも粉々にする。


 四節詠唱。


 本来であれば、極大魔法というものはチャネリングであるとか、ルートパスの開通に必要な魔力の集中が必要となる。


 加えて、長い時間をかけてそれが開通したとしても、世界に現象を出力させるにはもっと長ったらしい詠唱をしなければいけない。


 更に、強引に詠唱を端折った場合は大幅に威力が下がる、ということはルヴィアリーラも学んでいた。


 だが、詠唱を極限まで省略し、短縮しながらもリリアが放った魔法は、確かに眼前の敵を穿ち、そして火災を巻き起こすどころか一瞬のうちに通過した地点をも消し炭に変えて荒れ狂っている。


 凄まじい力だった。


 そして、リリアがいなければ自分は死んでいたのだろう。


 赤い瞳に映るのは、下半身の残骸が辛うじて残ったケーニギンアルマの無残な姿だ。


 一つでもボタンを掛け違えていればそうなっていたであろうイフを、もしもを、ルヴィアリーラは決戦の残滓を一瞥することで己と重ね合わせる。


「リリア……」

「ご、ごめんなさい、ルヴィアリーラ様……わ、わたし、その……あの、なにが……なんだか……その……っ……!」

「貴女、最っ高ですわね!!!」


 ぱあっと、その満面に大輪の笑顔の花を咲かせながら、ルヴィアリーラはリリアへと抱きついて頬をすり寄せる。


 切り札ならば、自分も用意していた。


 だが、まさかリリアがこんな切り札を隠し持っているとは予想もしていなかった。


 だからこそ、ルヴィアリーラは、親友の快挙を惜しみなく称えて微笑むのだ。


「……る、ルヴィアリーラ様……」

「貴女がいなければああなっていたのは……わたくしの方ですわ、そして……以前言いましたわよね」


 ──わたくしが間違っていたのなら、その時は遠慮なく正してほしいと。


 困惑するリリアをぎゅっと抱きしめて、直前まで訪れていた死の恐怖に怯え、身体を震わせながらも、精一杯に強がって、そしてありったけの感謝を込めて、ルヴィアリーラは言葉を紡ぐ。


 あの瞬間、判断を誤っていたのは自分の方だった。


 そして、言葉こそなくともリリアは行動でそれを正してくれたのだ。


 加えて、その過ちによって死んでいたのかもしれないならば、そこに感謝以外のどんな感情が抱けようか。


 本当に、心の底から、ルヴィアリーラはリリアと出会ったことに感謝を捧げ、そしてありったけの親愛を示すように、眦に涙を浮かべながらもその頬に唇を寄せる。


「……る、ルヴィアリーラ様……わたし……お役に、立てて……?」

「今の今まで貴女がわたくしの足手まといだったことなどありませんことよ、リリア! わたくしの目に曇りはない……貴女をパートナーと選んで正解だったと、いつも思っている中で今回は一際強く感謝しているだけのこと!」


 リリアがどう思っているかはわからない。


 だが、ルヴィアリーラにとってリリアは親友であり、そして共に夢の船へと乗り込んだ同志であることに違いはない。


「……そ、そっか……そですか……えへへ、わたし……お役に……誰かの、役に、立てたんだ……えへ、へ……ぐすっ、えくっ……うええええ……んっ……」


 リリアもまた、涙で掠れて言葉にはならなかったけれど、ルヴィアリーラから捧げられた感謝の言葉に、返し切れないほどの恩を感じていた。


 ずっと、誰かの役に立てることなどないと思っていた。


 出来損ないだと、忌み子だと罵られ続け、売り捌かれた先でも要領が悪いとすぐに腹を殴られていたのが自分だったのだ。


 そんな自分が、誰よりも尊敬する誰かの役に、ルヴィアリーラの役に立てたなら、これ以上の喜びなどあるのだろうか。


 いや、あるはずもない。


 悲しみと喜びと、そして命を拾った幸運への安堵が、リリアに涙を流させる。


 そんなリリアにつられて、ルヴィアリーラの赤い瞳からも一筋の涙がこぼれ落ちていく。


「……わたくし、貴女に出会えて……本当に、本当に……よかったのですわよ……」


 そして、彼女の薄い唇が紡ぎ出していた、リリアの泣き声にかき消されたその小さな言葉は。


 きっと間違いなく、ルヴィアリーラがいつも張っている強がりを、虚勢を抜きにした、本気の言葉に、他ならないのだった。

それは軌跡が紡ぐ小さな奇跡

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