25.フル・ボッコなのですわ!
門番を任せられていた単眼の機械兵、トループアルマはルヴィアリーラたちが侵入しても初手から攻撃を加えるわけではなく、じっとその視線と銃口を向けて佇んでいる。
とはいえ、そこに敵意が──機械に意思も何もないのだが──或いはそれに類する殺気が存在する以上、無言の威圧は「これ以上近づけば撃つ」という宣言に他ならないだろう。
だからこそ、錬金術で準備をしておく必要があったのだ。
ルヴィアリーラは警戒姿勢のまま、じりじりと、自身とリリアを包囲しようと試みるトループアルマを睨みつけ、大胆不敵に口角を吊り上げて笑ってみせる。
「あーっはっは! このルヴィアリーラ、ただ殴るだけが脳と思ったら……大間違いでしてよ!」
そちらの自慢が砲撃による火力なら、こちらも自慢の火力をぶつければいい。
あらかじめ錬金していた火炎筒二本を腰に提げている万能ポーチから取り出して、ルヴィアリーラはそれを人差し指と中指、薬指の間に挟む。
そして、導火線に魔力で着火した上で、何一つためらうことなく、全力で火炎筒を、言ってしまえば爆弾を、ルヴィアリーラはトループアルマへと向けて投擲するのだった。
やはり火力は、暴力は全てを解決する。
そしてこれは紅蓮の戦い、その嚆矢を番えたのはこのルヴィアリーラだ!
まるでそう宣言したかのように、軍用品を遥かに上回る威力を誇る火炎筒が、まだ十分に距離を取っていない四機の防人、その中心に着弾し、けたたましい音を立てて爆発した。
その威力は、マナウェア加工が施されているはずであるトループアルマの正面装甲を食い破り、機銃や大砲をへし折り、そして哀れにも爆心地に佇んでいた二機を一瞬でガラクタに帰せしめる。
『敵対者を確認、これより排除行動に移行──』
「『風よ』!」
しかし、その二機が盾になってくれたおかげで残りの二機は概ね中破といった状況ながらもまだ生存し、明確に白手袋を叩きつけてきたルヴィアリーラに機銃と大砲の狙いを定めて放たんとしていた。
だが、その閃光が走るよりも早く、半歩後ろで待ち構えていたリリアが樫の杖を天に掲げて、神々の法へと魔力を以て乞い願う。
そうして、樫の杖の先端に灯った爆発的な風の魔力は機械の防人に叩きつけられるのではなく、ルヴィアリーラとリリアの周囲へと留まり、見えない壁を作り上げる。
本来であれば数節の詠唱を必要とする「風防障壁」の魔法をただ一言のみで完成させたリリアと、そしてルヴィアリーラを優しく包み込んだ飄風は襲いくる機銃の掃射を全て明後日の方向へと反らしていく。
もしも彼らに心があったのなら、言葉があったのならば驚きに己が目を疑い、そして唖然としていたのだろう。
それほどまでに、リリアが成し遂げた詠唱破棄は、魔法を魔術の領域まで落としかねないその業は、規格外の代物なのだ。
「ナイスですわリリア! そして! わたくしが……駆ける!!!」
叩きつけた戦いはまだ終わっていない。
砲弾の装填というプロセスを経なければいけない大砲による攻撃は、速攻性の高い機銃と比較して僅かにその着弾が遅れるものだ。
だからこそルヴィアリーラは「躯体強化」の魔術を起動して、砲弾が着弾するよりも早く、星剣アルゴナウツを横薙ぎに振るうことでそれを叩き斬った。
鉄を斬るという超絶技巧を見せつけながらも慢心することなく、油断することもなく、飄風をその身に纏って駆け抜けるルヴィアリーラは、もはや局所的な災害だ。
大砲への装填が遅れる以上、クロスレンジまで飛び込まれた時点でトループアルマに残されている選択肢は、機銃による迎撃か、もしくはヤケクソめいた砲身での殴打の二択に絞られる。
ルヴィアリーラはそれを見抜いた上でハイキックをかまして一機のモニターを叩き割り、もう一機が選択した砲身による打撃攻撃を愛剣で受け止め、逸らすという離れ技を披露した。
「……す、すごい……」
「なんのこれしき! 全てはリリアの援護あってこそ! ですわ!」
リリアからの称賛に対して謙虚に返したルヴィアリーラだったが、それは紛れもない事実でもある。
機銃掃射は一発の威力こそ低くとも、絶え間なく射線を広く展開することで冒険者たちの肉体を容赦なく疲弊させる。
魔力防護があったとしても、直撃を受ければ手足の肉が抉れかねないその攻撃は、事前に「風防障壁」の魔法をかけておくこと以外にこれといった対処法はない。
だからこそ、本来のDランク冒険者なら、トループアルマを四機も相手にするなら事前準備にたっぷりと時間をかけなければいけないのだ。
しかしそこはそれ、ルヴィアリーラの錬金術とリリアの規格外魔法は、短時間での奇襲という無茶な戦法を可能としていた。
「つまりわたくしたちの作戦勝ちですわねぇ! あーっはっは!」
作戦も何も脳筋一辺倒な力押しであることはルヴィアリーラも理解しているのだが、最終的にはこの場に立っていた人間が正義なのだからさしたる問題はない。
爆弾と防護壁を前に、砲身での殴打を選んだトループアルマは受け流しからの間隙を突かれて装甲の隙間に星剣アルゴナウツの刃をねじ込まれてその魔力コアを破壊され、モニターを砕かれた個体は明後日の方向に当たりもしない機銃掃射を繰り返している。
だが、勝って兜の緒を締めよだ。
決して獲物を殺し切るまでルヴィアリーラは高笑いをあげれど、油断をすることはない。
沈黙したトループアルマから剣を引き抜くと、「東の森の主」を仕留めた時と同じように、最小限での一撃でもっての幕引きとしよう。
ルヴィアリーラはその深紅の双眸に、守るものを失い、敵を見失い、明後日の方向に砲撃を放って遺跡にダメージを与えたトループアルマを見据えて、腰を低く落とす。
「瞬撃閃・わたくし流改備えですわ!!! ちぇぇえええええすとおおおおっ!!!!!」
意訳するとぶち殺す、ではない。
ちぇすとと叫んだ瞬間に、眼前の敵はぶち殺されている。
だからこそ、それはぶち殺した、という必殺にして背水、覚悟を決めた宣言に代えた咆哮に他ならない。
そうして地面を擦るような足捌きでルヴィアリーラは駆け抜けていくが、狙いは刀身で叩き切ることではない。
その切っ先を、音越えの一撃でもってモニターの割れ目へと突き立てて、ルヴィアリーラは力任せにその躯体を、マナウェア加工を施された鋼鉄を、縦一文字に引き裂いてみせた。
「これにて……一件落着、でしてよ!」
コアを叩き斬った手応えと共に、ルヴィアリーラはその骸から剣を抜いて宣言する。
かくして、その通りに戦いは決着した。
数十秒という短期間、Dランクの冒険者からは考えられないような戦果に、恐らくクーデリアやトムが居合わせたならば愕然としていたことだろう。
だが、ルヴィアリーラもリリアもそのようなことに頓着する性格ではない。
沈黙したトループアルマから、依頼主が求めていたマナウェア加工を施されている部品を淡々と回収しながら、ルヴィアリーラは膝をついた埃まみれのレッドカーペットに、己の推測が正しかったのだと悟る。
「やはり邸宅跡だったようですわね、それにしては遠慮のない門番でしたが」
「……そ、その、えと……侵入者には、遠慮しなくていいって……昔の人が、言ったんでしょうか……」
「かもしれませんわね、まあわたくしたちも遠慮などしなかったからこれでおあいこでしてよ」
どの辺がおあいこなのか、かつてこの邸宅に住んでいた主人が聞いたらそう嘆きそうな暴論を振りかざしながら、ルヴィアリーラは淡々と防人の遺骸から部品を剥ぎ取っていく。
「しかしバカみたいに硬ぇですわね、流石は機械文明時代の遺産」
「……」
「どうしましたの、リリア?」
「……い、いえ……ルヴィアリーラ様は、当然のように叩き斬っていたので、その……」
「ああ……あれでしたら、火炎筒があったからですわ」
千里の堤も蟻の穴から、という通り、いかにマナウェア加工が施されている装甲であろうとも、穿たれた部分から崩すのは容易だ。
とはいえそれにも達人級の技量が要求されることには代わりない。
標準的な冒険者であれば打撃武器を用意して、装甲面からコアを押し潰すという選択肢を取るのだが、ルヴィアリーラの技量であれば斬撃であっても余裕である、というだけの話だ。
とはいえそれはルヴィアリーラにとっては特別なことでもなんでもない。
そして彼女が口にした通り、火炎筒で事前にダメージを与えていなければ戦いはもう少し長引いていたことだろう。
だからこそ、ルヴィアリーラは控えめにリリアの問いにそう答えたのだ。
「しかし、調度品が大分破損してしまいましたわね」
元から経年劣化していたものの、白磁の花瓶だとか石像だとか、そういうオブジェクトの数々は昔から権威を示すのに打ってつけだったのだろう。
無断でいただいていくつもりではないが、そうした貴重な品々が劣化しているとはいえ己の責任で破損したことに対しては、ルヴィアリーラといえども少しばかり罪悪感を覚えていた。
「……で、でも……その、ルヴィアリーラ様は、冒険者で……あの、えと……」
「ありがとうですわ、リリア。まあ、遺跡の探索に荒事が伴うのならば致し方ありませんわね」
何事も、例え無理やりだろうが割り切ることでしか前に進めないこともある。
リリアの慰めに微笑みで答えて、ルヴィアリーラは寂然の宿を守っていた防人たちを弔うように手を合わせ、小さく祈りを捧げた。
死んでいった人々に、何ができるのだろう。
遺された、遺されてしまったばかりのものに対して何ができるのだろう。
その問いに対する正解など、きっと幾星霜の時を経ても導き出されることはないのかもしれない。
だが、祈ることぐらいはできる。
そしてきっと、明日を豊かにすることで、昨日から今日へ、進み続ける時間に対して何かをなすことはできるはずだ。
ルヴィアリーラはそう信じて、祈りと共に戦利品を懐に納め、己の夢の糧と、その一歩とするのだった。
爆弾をぶん投げながら高笑いする元令嬢がいるらしい




