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24.それは佇む寂然の宿、なのですわ!

「では申請は受理いたしましたのでルヴィアリーラさん、リリアさん、気をつけて、そして絶対に帰ってきてくださいね」

「なんだかフラグっぽい言い回しですわね、やれることは全てやったつもりですわ、ならばわたくしも神に旅の無事と帰還を祈るのみでしてよ」


 全ての準備を終えたルヴィアリーラとリリアは、改めてユカリに受理した依頼表を提出していた。


 件の遺跡は回廊街道西、王都方面へ一日歩いたところから少し離れた森林地帯の中に佇んでいる、というのが、ユカリに情報を渡した探索専門の冒険者──通称「情報屋」からの説明だったらしい。


 らしい、というのはルヴィアリーラたちはそのアレクセイなる情報屋に会ったことも話したこともないからだ。


 あくまでもユカリの言伝で、遺跡の外観から外側にガーディアンはいないことと、施錠されていないこと、そして。


「……門番がいる、んですよね……?」

「はい、トループアルマ……お二人ならお相手できる、標準的な魔導機械です」


 リリアがおずおずと質問した通り、入ってすぐのところにはいる、とのことだった。


 どうやらアレクセイは分が悪いと判断して撤退したようだが、リリアの質問をユカリは肯定した上で、二人ならば大丈夫だと太鼓判を押す。


 トループアルマ。機械文明時代広く用いられていた拠点警備用のガーディアンにして、魔物の侵攻に対してそのカウンターとして用いられてきた尖兵の名だ。


 最大の特徴は、機銃と呼ばれる鉄の弾を火薬によって何発も発射する砲塔を背部に二門、そして大砲を二門、腕部に接続していることだとルヴィアリーラは幼い頃に読んだ魔物図鑑の知識によって記憶している。


 厳密には魔物に分類されるわけではないのだが、魔導機械というのは基本的に話が通じない。


 どうにもこうにも、命令を出した人間でなければその停止権限を持たないという彼らの構造は極めてわかりやすく、そして命令を出した機械文明時代の人間はもういないのだ。


 となれば、あとは忠実に、そして哀れに、侵入者であり盗掘者たる現代の人間であろうが魔物だろうが、お構いなく敵対する機械兵が残るのみ。


 だからこそ彼らは、人類に仇なすものとして、「魔物」とその原理を根本的に異にしていながらも同じ分類に押し込められているのだ。


「本当にぶっ壊して構わないんですの?」

「最終的にインゴットになるだけの魔導部品が残るなら大丈夫……と、依頼主からは言伝されていますね」

「なるほど、でしたらわたくしたちも遠慮はいりませんわね!」

「……お、お役に立てるか、わかりませんが、その、えと……がんばり、ます……!」


 必要なことを念押しで確認した上で、ルヴィアリーラとリリアは小さく決意を固めて冒険者ギルド、その併設酒場を後にする。


「その意気ですわよリリア、気勢というのは何より重要! 怖気付いていては勝てる戦いも勝てませんことよ」

「だから毎朝の練習で斬りかかる時に奇声上げてるわけ?」

「クーデリア。いらしたのですね、ごきげんよう」


 出立する二人を呼び止めるように、皮肉混じりな言葉をルヴィアリーラへと飛ばしたのは、入口の柱に寄りかかっていたクーデリアだった。


 彼女もここ最近奮闘していたのか、腰の鞘に吊り下げられている二本の短剣は真新しいものに変わっている。


 そして、そんな皮肉っぽい言葉にも動じることなくルヴィアリーラは優雅に聖衣の裾を掴んで、彼女に一礼してみせた。


「一応っていうかなんていうか、縁がある相手が旅立つんだから見送りぐらいはしようと思っただけよ」

「それは心強いですわね! なんでしたらクーデリアもわたくしたちと同行いたします?」

「……実入りよさそうな依頼だけどパス。もう申請出しちゃったんでしょ?」


 四角四面、お役所的ではあるものの、クーデリアが呆れたように肩を竦めてため息をついた通り、パーティーの再結成にも書類の再提出が必要となるのだ。


 それでは、今から旅立とうとしている2人の出鼻を挫くことになる。


「それにあたし、機械って苦手なのよ。メイスとか買えればいいんだけど、基本冒険者なんてその日暮らしだから」

「でしたらわたくしが錬金した……」

「だから、旅立ちに水差すのは無粋だってのよ。それに、あんたのお友達もほったらかしちゃダメでしょ?」


 どこか寂しそうに、そして所在なげに樫の杖を何度も握り直しているリリアを指して、クーデリアは小さく肩を竦める。


「そうでしたわね! 感謝いたしますわクーデリア、そして申し訳ありませんわ、リリア! では今度こそ出立といたしましょう!」

「……わ、わわ……えと、ごめんなさい……あ、ありがとうございます、クーデリアさん……」

「……小動物みたいにぷるぷる震えながら威嚇してた当人に礼を言われるのも複雑ね」


 とはいえ、リリアとルヴィアリーラの間には何かしらのっぴきならない事情があるのだろうとはクーデリアも推察している。


 それに、どんな絡繰があるのかはわからないが、どんなものであったとしても、いかなる手段を用いたとしても、「東の森の主」をルヴィアリーラとリリアが討伐している時点で、悔しいが腕っ節に開きがあることは確かなのだ。


 ならば、もし二人と共に旅をするなら、足手まといにならないように腕を上げるしかない。


 そして、ルヴィアリーラとリリアはまるでピクニックにでも行くようなテンションで、他愛もない会話をしている辺り、馬鹿なのか大物なのか。


 一角の強敵がいる場所へ意気揚々と乗り込まんとするから二人を見送りながら、小さくクーデリアは嘆息する。


「あたしも、強くならないとね」


 基本的に冒険者はその日暮らしだ。


 それでも、その日暮らしの果てには各々が掲げた夢がある。


 だからこそ、クーデリアもまたそこに向けて、己の二刀を、そして己自身を鍛え上げるべく、新たな依頼を受けるべく、表が貼り出されている掲示板へと歩を進めるのだった。





◆◇◆




 件の遺跡は、情報屋アレクセイがユカリへと伝えると同時に作成していた略式の地図の通りに、ファスティラ城塞都市から歩いて一日半ぐらいの距離にひっそりと佇んでいた。


 未発見の遺跡がこうした、都市部に近い距離であっても森林の中に埋れている事例は決して珍しいものではない。


 かつて栄華を誇った機械文明時代、大陸の殆どを人類がその生活圏としていた時代ならばいざ知れず、その名残が微かにあるのみとなった現代では、内政の維持に手一杯なのだ。


 無論領土や生活圏の拡張といったことはウェスタリア神聖皇国も、そして大陸の反対側にあるイーステン王国も虎視眈々と目論んでいる。


 だが、危険な土地の開拓であったり食糧やインフラの供給といった課題もセットでついてくるために、思う通りにいかないというのが現状なのだし、だからこそ、冒険者たちに仕事が回ってくるともいうのだ。


 そして、今ルヴィアリーラたちの前に佇む、植物類に覆われ、年月に蝕まれた遺跡はただ寂然と、静けさのみが泊まる宿としてそこに屹立していた。


「ふむ……外観的には遺跡というよりは遺構、と呼んだ方がいい小さなものですわね」

「……ち、小さい、ですか……?」

「ええ、わたくしが住んでいたお屋敷とそう変わらない面積ですわ、多分機械文明時代の金持ちの家がここにあって遺跡になった、多分そういうことでしてよ」


 一応というかなんというか、ルヴィアリーラは元貴族だ。


 家族から愛されず、そして売り飛ばされるまでは座敷牢の中で過ごしていたリリアも元貴族には違いないものの、外の世界を自由に駆けずり回っていたかどうかという点で、脳内における比較対象の存在、その有無は分かれる。


 邸宅の入り口にガーディアンを配置する辺り、機械文明においてトループアルマとやらがそれほどメジャーな存在だったのか、それとも外観から推測する通り、かつての主人がその金満のなせる業として買い取ったのかはわからない。


 だが、今はそのどちらであっても意味がないことだ。


 ルヴィアリーラはそんな皮肉に、クーデリアのように肩を竦めて溜息をつく。


 貴族であっても金持ちであっても、数百年という時間の中で何かを残していくというのは難しいことだ。


 近いうちに没落するであろうヴィーンゴールド家と、そして、ヴィーンゴールド家とは比べ物にならない栄華を誇りながらも滅亡した機械の支配する時代に想いを馳せて、ルヴィアリーラはそこに一抹の寂寥を抱く。


 ならば、この身もまた、長い、あまりにも長い時間の中では、宙を舞うひとひらの塵にすぎないのかもしれない。


 トラップがないかを警戒しつつも、かつてはきっと主人やその家族を出迎えていたであろう遺跡の扉を開き、ルヴィアリーラはどこか許されないことをしているような、そんな感情のささくれに、微かに眉を潜める。


「……えと、あの……」

「……リリア?」

「……ルヴィアリーラ様は、頭が良いので……その、馬鹿なわたしが、何を言ってるのかと、不快になられるかもしれませんが、その……」


 そんな、いつもとは違ってどこか寂しそうなルヴィアリーラへ向けて、おずおずとリリアは手を差し伸べるように震える唇で言葉を紡ぐ。


「不快になどなりませんわ。それで、どうしたのです、リリア?」

「……えと、その……ルヴィアリーラ様は、アトリエを建てるのが夢、なんですよね……?」

「ええ、この国で一番大きな……より多くの人々に錬金術の恩恵を行き渡らせることのできるアトリエ。それがわたくしの夢ですわ。して、それが何かあるのでして?」

「……な、なら……大丈夫だって、そう思うんです……」


 リリアは控えめに、しかし確固たる意志でフードを脱いで、その虹の瞳に涙を滲ませながらも、頭ひとつ身長の高いルヴィアリーラを上目遣いに見上げる形で、視線を合わせてはっきりと断言する。


「……きっと、ルヴィアリーラ様は……ルヴィアリーラ様の夢は、歴史に残るって……だから、その……」

「……ああ」


 聡明な子だ。


 そして優しい子だと、ルヴィアリーラは改めてリリアの慈しみに触れて、どこか冷えてささくれ立つ心の奥に、じわりと熱が滲むのを感じる。


「……感謝いたしますわ、リリア。ええ! そうですとも、わたくしはルヴィアリーラ! いずれはかのクラリーチェ・グランマテリアのように歴史へとその名を残す女! ですわ!」


 そうして得意げに豊かな胸を反らして、ルヴィアリーラはいつも通りに高笑いを上げる。


 しかし、その眦には微かに涙が滲んでいた。


 それが滅びゆくヴィーンゴールド家に寄せられた罪悪感から来るものなのか、滅んでしまった寂然の宿に向けられたものなのか、あるいは別のものであるのか、事情を知らないリリアにはわからない。 


 だが、それが強がりであったとしても、一度折れた心を継ぎ直して、前に進もうとするその強さは、自分の持っていないものだ。


 それぐらいは、リリアにもわかる。


 だからこそ。


 そんなルヴィアリーラだからこそ──名前はわからないけれど、このひととなら、どんなところにも付いていこうと、リリアは心の底からそう思っているのだ。


 しかし、遺跡へと、堂々と踏み入っていくルヴィアリーラの半歩後ろをいつも通りに歩きながら、リリアは考えてしまう。


 いつか自分は、自分がしてもらったように、あの涙に届くことができるのだろうかと。


 手を差し伸べられるように、なるのかと。


 錆び付いた鈴は音を鳴らすことはない。


 そして、ただ、静かに──機械の防人、主人を、守るべき者を失って尚、この場所を守り続けている四つの視線が、侵入者である二人を待ち受けているのだった。

ターレットは回らない



【トループアルマ】……機械文明時代、改良型やバリエーションも含めて広く用いられていた「アルマ」シリーズの基本系であり、主人からの単純な命令のみを聞く程度の知能しか持たされていないが、上位個体ともなると自己判断が可能だとされている。しかし命令の基準は機械文明の人間かどうかなので、やっぱり現代人とは相容れないために魔物認定されている。

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