23.「火炎筒」を作るのですわ!
商人というのはとかく口が上手い。
物を売りつけるのが仕事なのだからそれは当たり前なのだが、ルヴィアリーラに浪費志向がなくともつい財布の紐を緩めたくなってしまうほどに、定期市に並ぶ品々の数々は魅力的だった。
「これでまた見事に素寒貧なのですわ!」
「……え、えと……ルヴィアリーラ様……だ、大丈夫……なんですか……?」
「問題ありませんわリリア、これは浪費ではなく先行投資! 要するに錬金術というのはとにかくお金がかかるのでしてよ……」
「る、ルヴィアリーラ様……」
無駄遣いをしたつもりはなくとも、必要な材料を揃えるだけでポーションを売り捌いた利益の殆どが消し飛んでしまう辺り、ルヴィアリーラが口にした通り、錬金術と錬金術師はとにかくコストパフォーマンスが悪い。
それ故に、冒険者たちからは忌み嫌われるのも肯けるのだが、彼らが勘違いをしているのは、錬金術すら役に立たないとイコールで結びつけてしまうところだろう。
錬金術そのものは極めて有用な魔術だ。
そうでなければ、ルヴィアリーラが金の殆どを費やすような真似はしていないし、そもそも学んではいないだろう。
例によってユカリから許可を取って、城門近くに焚き火を組んで、ルヴィアリーラは釜に入れた水を沸騰させていた。
青空アトリエとでも名付けるべきこの光景は実に哀愁漂うものだったが、リリアも、そして城門近くを行き交う人々にもある種の名物となっていることに疑いはない。
「よう、ルヴィアリーラ様」
「トム、貴方また見張りをサボってますの?」
「いいや、今日は非番だよ。あんたが錬金術やってるから見に来ただけだよ」
「物好きですのね」
少なくともトムにとってその哀愁がありながらも珍しい光景は嫌いではなかったし、何より釜をかき混ぜていたらポーションが出てきた、というのは魔法よりも遥かに魔法じみていると、そう思っている。
だからこそ、ルヴィアリーラの中で、トムは青空アトリエにおける来客第二号とでも呼ぶべき位置づけにいるのだ。
「……え、えと、ルヴィアリーラ様……今日は、何を……?」
そしてトムが第二号なら、記念すべき自分のアトリエの来客にして親友にして、将来は弟子としても見込んでいるリリアは特別な第一号というところだろう。
あまり彼女のことを番号で呼ぶのは好ましくないため口にしたことはないが、ルヴィアリーラの中でもまた、リリアの存在は他と一線を画するところにあるのだ。
おずおずと、控えめに問いかけてくるリリアに、ルヴィアリーラはいつもと同じように豊かな胸を反らしながら、得意げに答えてみせる。
「機械に対する必殺兵器……といえばちょっとカッコいいですわね! まあ……単純にいえば魔法の代わりになるものですわ!」
「……魔法の、代わり……?」
「へえ、そんなものも作れるのか……錬金術って意外と便利なんだなあ」
「ええ、行き着く先は万能なるグランマテリア……この錬金術があれば人々の生活はより豊かになるとわたくしは確信しておりましてよ!」
とはいえ、今から作るものは豊かな生活に寄与するかどうかは割と微妙な──と、いうよりは非常に物騒なものなのだが。
ルヴィアリーラは脳裏に描いた「それ」について少し気まずい思いを抱く。
そうして、こほん、と小さく咳払いをしながら、定期市の宝石商から購入した「熱い石」こと「フォイエルストン」と、前もって作っていたバイタリティポーション、そして雑貨屋で購入した「プルムオイル」の小瓶を釜に入れてかき回す。
「……そ、その……魔法の代わり、って、いうのは……えと……」
「んー……なんと説明すればいいことやら、まあ魔術と違うところがあるとすれば、術式じゃなくて物理的にも起動できる、まあ爆弾ですわね」
「爆弾!? ルヴィアリーラ、お前何考えて……」
「物は使いようですわよトム、わたくしたちは機械文明時代の遺跡に行かなきゃいけないんですのよ」
爆弾、と、ルヴィアリーラの口から飛び出てきたその言葉はトムもよく知っている物であり、製造には極めて時間がかかる上に扱いを間違えば自分どころか周囲にもダメージを負わせかねない代物を指している。
錬金術ならばその工程を大幅に短縮し、量産することも可能だ。
しかし、流行っていない理由もまた単純である。
魔力と、そして錬金術自体の肝である「物を分解し、別な物に再構成する」魔力の注ぎ方がネックとなっているのだ。
「機械か……そりゃ確かに剣は通らないよなぁ」
「その気になればぶった斬れますわよ? ただ、敵がどれだけいるかわからないならより確実な方法を選ぶ、わたくしの信条ですわ」
確かに殴って解決できるならそれが一番早い。
そしてルヴィアリーラは一発で、とはいかなくとも斬撃を重ねれば鉄を斬れるほどの技量は収めているし、彼女の帯びている、そして今は釜をかき回すのに使われている星剣アルゴナウツもまた同じだ。
しかし、敵の戦力が未知数で、かつ硬いとなれば爆破してしまうに越したことはない。
この調合レシピで作れる爆弾は全ての基礎となる最下級のものだ。
間違っても遺跡自体を爆破しかねない代物ではないが、もしもということは考えられる。
ルヴィアリーラはその最悪の可能性を想像しつつも集中力を欠くことなく魔力を練り上げて、釜が一際強い光を放った。
完成の証だ。
ふわりと宙に浮き上がったその筒は、先端から紐が伸びていて、魔法も魔術も習っていない人間であったとしてもそこに火を灯すだけで所定時間後に爆発するという、便利かつ危険な代物だった。
「『火炎筒』……完成ですわ!」
「わぁ……これで、機械も……怖くない、ですか……?」
「ええ、一応は」
リリアからの疑問をルヴィアリーラは首肯して、そう答える。
Dランクの冒険者に回されてくる依頼なのだから、想定される敵の戦力がまさかとんでもない、それこそ「東の森の主」よりも強い魔導機械であることは考えづらい。
ならば、そんな低級のガーディアンであればこの「火炎筒」があればその装甲をえぐり、倒しきれなくとも追撃の一太刀で破壊することは容易だろう。
──だが。
「ただ、何があるのかがわからないのが冒険者というもの、わたくしそれを先日この身で味わったのですから、念には念を入れておくのでしてよ」
そう言いながらルヴィアリーラは出来上がった火炎筒を、自身の腰に下げている万能ポーチの中に詰め込んでいく。
「ルヴィアリーラ、お前何つーか……何も考えてないように見えて結構慎重なのな」
「喧嘩売ってますの? 言い値で買いますわよ」
「ああいや違うんだ、人は見た目によらないっつーか……あれ、見た目と大分違うのか……?」
「……そ、その……トムさん、フォローに、なって、ないです……」
「だよなあ……っ、と! 怒られんのは勘弁だから俺はここらでお暇するぜ! じゃあな!」
気付けば、阿修羅の如き物凄い形相になっているルヴィアリーラの気迫に押されながらも、トムは踵を返して全力で街の中へと逃げ去っていった。
「待ちなさい、貴方どう考えても喧嘩売ってましたわよね!?」
「る、ルヴィアリーラ様……落ち着いて、ください……その、か、釜が……!」
憤慨するルヴィアリーラをリリアはあわあわと宥めながら、空焚き状態になっている釜を指差して、割れかねないことを指摘する。
「っ、と……危なかったですわね、感謝しましてよ、リリア。このまま釜まで買い換える羽目になったら踏んだり蹴ったりですわ」
「……い、いえ……そ、その……」
「何ですの?」
焚き火を一旦消して、どこかもじもじと何かを言いたげに俯いているリリアに視線を合わせてルヴィアリーラは問いかけた。
リリアはとにかく控えめだ。
だが、こうして自発的に問いかけたり指摘してくれたりと、言葉数が増えてきたことは自分のことのように喜ばしい。
だからこそ、ルヴィアリーラはトムが去ったのを確認してぱさり、とフードを脱ぎ去ったリリアの瞳、その中に輝く虹を真っ直ぐに見据えるのだ。
「……そ、その……錬金術って、お金、かかるんです、よね……?」
「ええ、まあ……言ってしまえばそうですわね」
「……え、えと……なら、その……これ……良かった、んですか……?」
ダメなら、その、戻してきますから。
リリアが控えめに差し出した鎖は首にかけられ、その先端には小さな宝石が銀色のリングの中に埋め込まれている宝飾品──平たくいえばネックレスの存在があった。
それは、行商人のジャワハルとのやり取りの後、むくれた様子だったリリアに、ルヴィアリーラが買い与えた物だった。
機嫌取り、という訳ではないのだが、図らずもそのような形になってしまったことに一抹の気まずさを覚えつつも、ルヴィアリーラは「ダメなら」という部分は毅然と否定する。
「いいえ、ダメなどということはありませんわ」
「……そ、その……わたし……あの……」
「言ったでしょう、リリア。わたくしがお金を使うのは全て先行投資! ここ最近冒険ばかりだったでしょう? だから、リリアにも市を楽しんでほしかったのですけれど……なんだか慰めのようになってしまって、申し訳ないのですわ」
お楽しみを最後まで取っておきたがるのは自身の悪い癖だ。
だからこそ素直にそれを省みて、ルヴィアリーラはぺこりと、リリアに向けて頭を下げる。
「……る、ルヴィアリーラ様……とんでもないです、その……わたしの、方こそ……」
「貴女は今、ようやく自分の足で歩き出せたのでしょう。ですから無理もありませんことよ、リリアこそ、頭を下げる必要などありませんわ」
「……ご、ごめんなさい……そ、その……」
「今は難しくとも、いつかで良いのですわ。わたくしが間違っていたら、誤っていたら……それを過ちだと、そう言ってくれるような親友だと、わたくしはリリアのことをそう思っておりますわ」
ですから、どしどし言ってくれて構いませんのよ。
虹の瞳に涙を浮かべるリリアの、少しだけ癖のかかった髪の毛をそっと撫でながら、ルヴィアリーラは小さく苦笑する。
一度で信じてもらえないならば二度、二度で信じてもらえないなら三度。
何度だってルヴィアリーラはその言葉を繰り返す。
それは、心の底から本気だからだ。
きっと、リリアに出会ってなければ今の自分はなかったのかもしれない。
涙ぐんで、ごめんなさい、と繰り返すリリアを宥めながらも、そこに幼い頃、病床に伏せっていた自らの姿と、そして助けることのできなかった「声」が遺した願いを重ね合わせて、その細い身体を抱きしめる。
「リリア、わたくしの親愛なる友。これはわたくしから貴女に捧げる友情の証……本当はもっと良いものを買ってあげたかったのは山々ですが……それはアトリエを開いてからのお楽しみ、ですわ!」
「……る、ルヴィアリーラ、様……ぐすっ、るゔぃありーら、さま……」
「だから遺跡を踏破してじゃんじゃん稼ぎますのよ!」
あーっはっは、と、およそ元お嬢様らしからぬ言葉ともに、そして掲げた志のように大きく笑ってみせるのは、ルヴィアリーラ流の強がりだ。
だが、強がって何が悪いというのだろう。
世の理不尽に心までぼろぼろになって絶望の淵に沈みかけている親友がそこにいるのなら、せめて彼女の前では「強いルヴィアリーラ」であろう。
それが、ルヴィアリーラの託した約束であり、リリアに渡したトパーズのネックレスに込められた声なき言葉だった。
そうして、リリアが泣き止むまで待ってから、ルヴィアリーラは追加の「準備」に取り掛かる。
──いつ何時も油断することなかれ。失敗とは慢心の中に潜んでいる。
そうして偉大な、そして尊敬するクラリーチェ・グランマテリアの名言を脳裏に描きながら、ルヴィアリーラは泣き止んだリリアと共に、遺跡探索に向けて釜をかき混ぜるのだった。
トパーズの石言葉は「誠実」
【火炎筒】……導火線に魔力ないし物理的に火をつけることで数秒後に小規模な爆発を起こす爆弾。錬金術に限らず製作されているアイテムだが、ルヴィアリーラの魔力により錬成されたそれはもはや小規模と呼べるような代物ではない威力を誇っている。




