22.準備は何より大切なのですわ!
何事にも必要なものは準備だ。
ポーションを売った金を元手に、ルヴィアリーラは冒険へといきなり向かうのではなく城塞都市ファスティラにて開かれる定期市の場へと赴いていた。
「……ルヴィアリーラ様、遺跡には、その、えと……」
「焦ってはいけませんわリリア、わたくしが今回行うのはその準備! ぶっちゃけ魔導機械は硬いゆえ、その辺なんとかしないといけないのでしてよ」
例えば、ドレスも髪のセットも靴も用意せずにぶっつけ本番で舞踏会に臨む貴族などいないように、あくまでも戦いというのはそれまでの準備が結果を左右することになる。
そして機械文明の遺跡とあれば、多かれ少なかれ出現が想定される敵はその時代から動いている、かつて何かだった場所を愚直に守り続ける守護者たちだ。
ルヴィアリーラの剣の腕前であれば、鉄を斬るということは造作もない。
だが、マナウェア加工が施された装甲を斬るとなればそれなりに手数が必要だし体力も持っていかれる。
どうせ溶かしてインゴットにしてしまうのだろうからデッドオアアライブ、魔導機械の状態は問わないはずだと、ルヴィアリーラはそう推測していた。
「なればこその準備! ですわ! わたくしは錬金術師、つまり錬金術で勝つための布石がこのバザールには並んでいるのでしてよ!」
「そ、そうだったんですか……!」
いつも通り得意げに豊かな胸を反らして高笑いを上げるルヴィアリーラに突き刺さる視線は概ね冷ややかだが、リリアのそれだけはキラキラと、子供のように輝いている。
リリアにとって、ルヴィアリーラの存在は自分の主人以上のものだ。
彼女の言葉は神託に等しいし、彼女が死ねと言ってきたなら悲しみはするだろうけれど喜んでこの命を差し出すだろうと、リリアはそう思っている。
それでも──友達、と呼んでもらえた、初めての誰かが嬉しそうにしている姿を見ると、どういうわけか自分も嬉しくなってくるのだ。
その感覚に困惑しながらも、リリアはいつも通りにルヴィアリーラの半歩後ろを歩む形で、城塞都市ファスティラの名物である定期市を巡る。
定期市。
それは主に「橋の街」を通って北の大陸からやってきた行商人や、この中央大陸セントスフェリアの東端に位置する「イチノ自由交易都市」を通じて運ばれてくる南方大陸、そして東方大陸の産物が一挙に集う一大イベントである。
そして、そんな中でルヴィアリーラのお目当てといえば、やはりバイタリティポーションの材料となる香辛料だ。
「もし、こちらの香辛料をいただけます?」
「あいよ、美しいお嬢さん! それとこいつ……なかなか珍しいヒァーレの実ってんだが、買ってかないかい?」
指定された通りの香辛料をルヴィアリーラに、そして彼女からは量に応じた代金を受け取った、ターバンを頭に巻いた行商人は強かに、自身の展開している市の木箱から掌サイズのどんぐりのようなものを取り出してみせる。
しかし、その大きさもさながら、ヒァーレの実とどんぐりの最大の違いは色だ。
まるで泥を押し固めたかのように真っ黒なそれは、見たところ土の元素の働きよりも火の元素の働きの方が強い。
「ふむ……少しばかり『鑑定』してもよろしくて?」
「おっ、お嬢さん『鑑定』使いか……となるともしかして錬金術師かい? そうなりゃこいつは役に立ちますぜ!」
流石は海千山千の行商人といったところなのだろう。
たっぷりと蓄えた口髭を撫で回しながら、ルヴィアリーラの素性を見抜いてみせた行商人はこともなげに言い放つと、手もみをしながら気風の良い営業スマイルを満面に浮かべる。
「行商人としての勘、ですの?」
「当たりだ、ついでに後ろの嬢ちゃんは魔法使い。そうだろ?」
「……そ、その……ど、どうして……わかったん、ですか……?」
「なぁに、錬金術師の嬢ちゃんよりも格好がわかりやすいからよ、こいつはオイラの小ネタみたいなもんでね……それで錬金術師の嬢ちゃん、いかがなもんです?」
リリアに対して諭すようにそう言うと、行商人は裏で「鑑定」を進めていたルヴィアリーラに問いかける。
結論からいってしまえば、彼が口にしていた通り、この「ヒァーレの実」は値段こそ少々張るものの、ルヴィアリーラが求めていた予定からは外れても有用なものだった。
【ヒァーレの実】
【品質:良い】
【保有元素:火、土】
【備考:なんだか火のそばに置いてはいけない気配を感じる】
自身の脳裏に浮かんだ結果とそして、今まで考えていたプランを足し合わせて即興のオリジナルチャートを描く形で、ルヴィアリーラは商人の言葉を首肯する。
そして、差し出した手には銀貨が握られていた。
「買いますわ!」
「へい、毎度あり! オイラはジャワハルってんでさぁ、定期市にゃあ毎回来てるんでこれからもご贔屓にお願いしますぜ!」
「ジャワハル、ですの。しかとこのルヴィアリーラ、記憶に刻みましたわ! 御縁があればまた立ち寄らせていただきましてよ!」
あーっはっは、と高笑いを上げるルヴィアリーラと、へっへっへ、と、どこか三下じみた笑い方をするジャワハルが奏でる即興のセッションにリリアは周囲の客と商人同様に苦笑しながらも、心の奥にちくりと、小さく針を立てられたような痛みを覚える。
(……ルヴィアリーラ様は、誰にでも優しい……ん、ですよね……)
自分にとってルヴィアリーラは特別な存在でも、ルヴィアリーラの目に映っている自分がそうであるかどうかには自信がない。
リリアはきゅ、っと、ローブの胸元を握りしめて泣くのを堪えようとするが、それでも眦に涙が滲むのは止められなかった。
リリアは愛されたことがない。
だからこそ、愛されているという感覚がどこか遠いもので、それでもルヴィアリーラは自分に何かそういった感情を向けてくれていることは理解していて。
ぐちゃぐちゃになりそうな頭の中で、リリアはただ考える。
もっとルヴィアリーラの役に立てたのなら、もしかしたら、ずっと昔に諦めていた通りにとはいかなくとも、またきっと、褒めてもらえるのだろうか。
きゅっ、と樫の杖を胸元に抱きしめるリリアの手は頼りなく震えていた。
──だが。
「リリア、何をふて腐れておりますの」
「……る、ルヴィアリーラ、様……?」
「貴女はわたくしの無二の親友! だからそんな、怖い目でジャワハルを睨みつけないでくださいまし。わたくしにとっての親友は、リリアだけなのですわ」
そう言って、ルヴィアリーラは優しくリリアの強張った身体を抱きしめる。
まだリリアには誰かを信じるということは難しい。
それでも彼女は懸命に、自分を信じてくれようとしているとわかっているからこそ、ルヴィアリーラはリリアへと手を差し伸べるのだ。
「……る、ルヴィアリーラ様……ごめんなさい、ごめんなさい、わ……わたし……」
「何を謝っておりますの。さあリリア、お買い物はまだ終わっておりませんわ! 何か欲しいものがあったら遠慮なく言ってくださいまし!」
それに元々定期市を訪れたのは準備というだけではなく、ここ最近働き詰めだったことに対するリフレッシュも兼ねているのだ。
涙をごしごしと拭ってからフードを目深にかぶるリリアの手を引いて、ルヴィアリーラは次なる店を目指して駆け出していく。
ごめんなさい、と、リリアは自分の捻くれてねじ切れた性格ゆえに、そんなルヴィアリーラに迷惑をかけていると理解しているから、何度も詫び続けていた。
だが、それでも。
──ルヴィアリーラ様の手は、こんなにもあたたかい。
内心に浮かんだ温もりに縋り付いて、リリアは静かに涙を流す。
悲しみではなく喜びに、ルヴィアリーラが自身を、リリアーヌでもなく、忌み子でもなく、28番でもなく、「リリア」と呼んでくれることに感謝を捧げながら、その半歩後ろをリリアもまた、彼女に手を引かれる形で駆け出してゆくのだった。
リリアにとって「リリア」という名前はとても大きなものなのですわ
【定期市】……城塞都市ファスティラで開かれるバザールであり、世界各地から様々なものが集ってくるため冒険者、商人問わず人気を博しているイベント。その開催を王都に提案したのは城塞都市ファスティラの領主であるとされているが、真相は不明。




