21.アトリエを開くのにもお金がいるのですわ!
「これだけあれば、やっぱりそれなりの値段で売れるのですわね」
「数以上にルヴィアリーラさんが持ってきたポーションの品質もあると思いますが……とにかく、買取金額には査定通りの割合で上乗せさせていただきました」
皇国騎士団が「山の化身」に敗走するより前に、ルヴィアリーラは作ったポーションを全て冒険者ギルドに納品し、その報酬を受け取っていた。
高品質のポーションを大量に必要としている、という点ではユカリもまたギルドに舞い込んできたその依頼に少しばかり雲行きの怪しさを感じてはいたが、とにかく質のいいものが、かなりの数納品されたというならギルドとしては問題ない。
何かあった時は何かあった時で向こうから緊急依頼が飛んでくるだけだ。
「とりあえずこの箱は荷馬車に積むから、外に出しておいてもらっていいかしら?」
「承りました、組合長!」
そうならないことを祈りつつ、ユカリは受け取ったポーションの箱を組合員たちに手分けして運ばせながら、しれっととんでもないことをしているのに、相も変わらずひーふーみー、と庶民的な仕草で受け取った報酬を数えているルヴィアリーラを一瞥した。
「時にギルドマスター」
「なんですか、ルヴィアリーラさん?」
「ぶっちゃけこの国でアトリエを開くのって、いくらぐらいお金がかかりますの?」
そんな、どこか品定めをするような彼女の視線もどこ吹く風といった風情でルヴィアリーラは問いかける。
皇国には皇国の、そしてギルドというかユカリにはユカリの問題があるのなら、ルヴィアリーラにとって目下の課題はあくまでもそれだ。
ポーションが幾らで売れたとか、そういったことはあまり考えたくはない、というより金銭に対して執着するのは元貴族としてどうしてもまだ慣れていない、といったところだが、それはそれとして開業には金がいる。
追放された身で何ができるのか。
ルヴィアリーラがアトリエを建てる、という結論を選んだのは、あくまでも誰かのために、この国に、そしてこの世界に暮らす人々のためにより豊かな方向への舵取り役を担おうという大志あってのことだ。
しかし夢でご飯を食べても腹が膨れないように、大志だけではどうにもならない。
だからこそ、ルヴィアリーラは直球でユカリへとそう問いかけてみることにしたのだ。
「アトリエ、ですか……うーん……」
「難しいことなんですの?」
「ああいえ、昔は錬金術師の方が個人で開かれたアトリエを設けていることは珍しくなかったんですが、最近は非公式で細々とやってるみたいなので、約款のどこに書いてあったのかちょっと忘れてしまっていて……」
錬金術師にとってのアトリエ、つまり工房は二種類の意味合いを持つ。
一つは錬金術を、言い方こそ悪いが商売の道具として、冒険者ギルドから暖簾分けをしてもらう形で納品依頼などを優先的に受注する権利を持ち、かつ直接依頼を受けられるような施設としてのそれだ。
そして、ルヴィアリーラが目指しているアトリエの形でもある。
だが、現在主流なのはもう一つの、工房的な意味合いを持つ方で、数少ない錬金術師たちは時折納品依頼や冒険などで日銭を稼ぎこそするものの、基本的にはそこに篭って真理への探究を進める、といった具合のものだ。
後者であれば、やろうと思えばルヴィアリーラもすぐに居を構えることはできるだろう。
適当なボロ家を買い取り、そこでアトリエを自称していればそれだけでも非公認のものが出来上がるのだから。
しかし、非公認である以上国民や皇国から依頼を直接受けることはかなわず、そして多くの人の役に立つ、というルヴィアリーラの掲げた大志にそぐわないのだから、そのチョイスは存在しない。
「ああそうでした、ここでしたね……とりあえず、土地代と建物代でまとまった額のお金も必要になるのはルヴィアリーラさんもご存知でしょう」
「ええ、存じておりますわ。他に何か必要なんですの?」
「はい、国からの認可とギルドからの暖簾分けですね、それも結構なお値段がしますので……まあ大人の事情というやつです、はい」
誠意とは言葉ではなく金額である、というのも結構な暴論ではある。
だが、個人がギルドからの暖簾分けをして、かつ国からも依頼を受注できる権利を手にするとなれば、相応の信頼と、そして契約には相応の重さが伴っていなければならない。
最悪、国の面子が潰れかねない以上それは妥当なところだったが、ユカリがカウンター下から取り出した約款に記されていた目安の金額を数えて、ルヴィアリーラは目を丸くする。
「……マジですの?」
見間違いでなければそこには七桁単位の大金が、目安でこそあれどずらりと並んでいる。
「はい、大マジです……とはいえルヴィアリーラさんとリリアさんならすぐ冒険者として名を馳せると思いますので、数年先を気長に見ていただけたらなぁって……ギルドの見解ではなく、私個人としては、ですが」
「ぐぬぬ……困りましたわね、わたくし一刻も早くアトリエを開きたいというのに」
先日、「東の森の主」を倒した功績が加味されて、ルヴィアリーラとリリアの冒険者ランクは駆け出しのFから一足飛びにDランクへと昇格していた。
ほぼ日雇い労働者や探偵まがいのことをするのも珍しくはないFからEランクだが、冒険者としての本番はDランクから、ということになる。
今までは穏やかな依頼が中心に分配されてきたものの、採取や納品といった依頼ですらなにかの危険と隣り合わせになることを織り込まれてお出しされるのが、Dというランクの示すところだった。
その分報酬もFやEランク相当のそれと比べて跳ね上がるのだが──開業資金の目安として提示されたその金額には及ぶはずもない。
そして、遙かな隔たりがある。
がくり、と肩を落とすルヴィアリーラに、先程から話を聞いていたけれど何が何やらといった具合に小首を傾げていたリリアがあわあわと励ましを送るが、それにつけても金の足りなさは変わらない。
「る、ルヴィアリーラ様……そ、その……えと……元気、出して……ください……」
「ふ、ふふ……」
「……ルヴィアリーラ様……?」
「そうでしたわね!!!」
しかし、このルヴィアリーラはどこまでも前向きで前のめりで、そしてのめり込みすぎてすっ転びかねないような女だった。
リリアの言葉にすっかり元気を取り戻したルヴィアリーラは、いつも通りに豊かな胸を得意げに逸らした上でふんす、と気合を入れるように鼻を鳴らす。
「わたくしがこのようなところでへこたれていては名折れというもの! と、いうわけでギルドマスター、何か身入りのいい依頼などはございまして!?」
「元気を取り戻してくれたようで何よりです、身入り……身入り、ですか……」
急にテンションが跳ね上がったな、と、ユカリは苦情を押し隠しつつ約款をカウンターの下に仕舞い込んで、掲示板を一瞥する。
一応推奨ランクを無視すれば危険極まりない魔物や吸血鬼の討伐など、そういった依頼も貼り出されているが、貼り出されてから誰も受けていないという辺りお察しだ。
或いはルヴィアリーラとリリアであればなんとかなる可能性ぐらいはあるとユカリは見込んでいる。
だが、そんな可能性だけで貴重な冒険者を死地へと送り出すなど、ギルドマスターとしてあってはならないことだ。
膨大なリストをしばし見つめて、ユカリは今のルヴィアリーラたちに出来そうなものをいくつか脳内にリストアップする。
そして。
「でしたらこちらの魔導機械の納品、というのはどうでしょう」
「魔導……機械……?」
「ええ、リリア。確か遥か前に滅んだ魔導機械文明の残滓ですわ。しかしどうしてまた?」
ルヴィアリーラが口にした通り、ジュエリティアの大地にはかつて魔導機械を生活の中心とする豊かな文明が花開いていた。
しかし、それは過去形であり、今の文明に遺産として受け継がれているインフラなどはあれども、どうしてそんな栄華を誇った文明が滅んだのか、ということについては不自然なほど記録が残っていない。
ただ、数百年前に滅んだ。その事実が御伽噺や詩歌の中に取り入れられて、人々の間に語り継がれているのみである。
「これも皇国からの依頼なのですけど……私も詳細は知らされてません、多分溶かして武器とかにするんじゃないでしょうか」
あの時代の金属は、デフォルトでマナウェア加工がされてることが多いので。
ユカリは、自身も知らされていない魔導機械の部品、その高額買取の理由をそう推察してルヴィアリーラたちへと説明する。
「──魔剣の量産、でして?」
「上手くいってるかどうかはわかりませんけどね」
「……あ、あの」
「どうされましたか、リリアさん?」
「……そ、その、えと……マナウェア……? 加工……? 魔剣……? よく、わからなくて……その、ごめんなさい……」
こともなくルヴィアリーラとユカリは会話を進めていたが、魔法に関する教育を受けていないリリアからすれば、何が何やらといった風情だった。
まず魔導機械が何なのかは辛うじて理解することができた。古い時代の何かしらだ。
だが、そこから先の金属に対するマナウェア加工だの、それが伝説や詩歌で聞くような魔剣と何が関係しているのかだのについてはさっぱり理解が及ばないのだ。
「リリア、マナウェア加工というのはそうですわね……まあ要するに金属に魔力を宿すことですわ、そして魔力の宿った金属で作られた剣は、総じて魔剣になるのですわ」
眦に涙を浮かべて、ぷすぷすと頭から黒煙を吹き上げんばかりの勢いなリリアを、ルヴィアリーラはそっと宥めながら噛み砕いた説明をする。
魔剣というと伝説に謳われる、物騒な呪いのアイテムをイメージする人間が多い。
だが、彼女がざっくばらんに語った通り、広い範囲で定義を取るなら魔力を宿した金属で作った剣は聖剣だろうがパブリックイメージ通りの呪われし剣だろうが、総じて魔剣に分類されるのだ。
そして、かつては広く普及していた技法であるマナウェア加工をできる職人は世界に片手の指ほどしか存在していないために、昔のそれを再利用しているのだ。
「そ、その……それって、危ないんじゃ……」
「まさか。ただ魔力を帯びただけの剣は切れ味が良い、というだけですわ、リリア。剣呑な空気は確かに感じますけれど、物騒だとは言い切れませんのよ」
「ルヴィアリーラさんの言うとおりですし、再利用でもまず剣として打つのが難しいので、上手くいってるって話は聞いたことがないですけどね」
だから、年中掲示板に貼り出されているのだ。
酒場のどんちゃん騒ぎとは対照的にどこか影のある営業スマイルを顔面に貼り付けたまま、ユカリは該当する依頼表を手のひらで指し示す。
「魔導機械となると……遺跡ですの?」
「はい、幸いこの辺りに小さな遺跡があることが情報屋さんから確認されたので、その探索を請け負われますか?」
「是非もありませんわ! ……っと、リリアはどうするつもりでして?」
一刻も早く金を稼ぎたいルヴィアリーラとしてはその話に乗る他になかったが、リリアが拒絶するのなら、他にもやたらと依頼はあるのだからそこから何かいいものを探すことだって構わない。
そんな問いかけに困惑した表情を浮かべつつ、リリアはフードを目深に被り直した上でこくり、と小さく頷く。
「……え、えと……その、ルヴィアリーラ様と、ご一緒、できるなら……」
「感謝しますわよ、リリア。そういう訳でギルドマスター、その探索依頼、わたくしたちが引き受けるのですわ!」
びしっ、とユカリが指し示していた依頼表を指差して、ルヴィアリーラはいつも通りにあーっはっは、と、得意げな高笑いを上げる。
「承知しました、とりあえず予測日程はこちらに書いてありますので、出立するときはご報告をお願いしますね」
まあルヴィアリーラたちなら大丈夫だろう、とばかりに営業スマイルを貼り付けたままユカリはそう言い放った。
そして、高笑いを上げるルヴィアリーラはすっかり酒場の名物になっているのか、囃し立てるような指笛や野次が彼女へと一身に突き刺さる。
「よっルヴィアリーラのお嬢、頑張ってくれよな!」
「お前らは俺ら新人の期待の星なんだからよ!」
「ええ、言われなくとも! このルヴィアリーラ、親愛なるリリアと共に無事帰還して見せますわ!」
そのときは何か奢ってくれてもよろしくてよ、と、およそ元令嬢らしからぬ台詞を残して、皮肉と憧憬の入り混じった視線の中でも堂々とリリアの手を引いて、ルヴィアリーラは冒険者ギルド、その併設酒場を後にするのだった。
すっかり庶民的な生活が板についてきたルヴィアリーラなのですわ!
【マナウェア加工】……金属に精錬段階から魔力を練り込むことで通常よりも強度や切れ味、そして魔力伝導率を良くするための加工であり、魔法というよりは魔術に分類される遺失技術の一つである。機械文明が滅んだ今も尚稼働し続ける魔導機械たちを支えているのは、このマナウェア加工が施されている部品たちの存在が大きい。




