18.錬金術は草毟りから、ですわ!
草を毟っていた。
ルヴィアリーラとリリア──というか主にルヴィアリーラだが──が意気揚々と冒険者ギルドの併設酒場を飛び出して何をやっていたかといえば、城塞都市ファスティラへと繋がる「回廊街道」南部に広がる「カルモ平原」で、の採取活動だ。
そして、ただ草を毟るといえば単純に聞こえるが、それに至るまでの過程は作業含めて面倒なものだった。
ルヴィアリーラはそこら中に生えている、ヒーリングポーションの原料となる薬草──「シンプレ草」を、魔術「躯体強化」を使用することで大量に摘み取りながらため息をつく。
『別に何の依頼を受けなくても出かけていいのが冒険者ですが、万が一の時にギルド側から救助を送れないので日程や行き先を告げてくれると助かるんですが』
出鼻を挫くような形で発されたユカリの言葉はとりも直さず、要するにそれが暗黙の了解だからやっておけ、ということを意味していた。
「まあ、気持ちはわかりますわね」
依頼であってもそうでなくとも、想定外が常に付き纏うのが冒険というものであり、そしてその対処をしなければいけないのが冒険者なのだ。
こうして長閑に草毟りをしている間にも、あの東の森の主のような強力なモンスターが襲ってくる確率はゼロではない。
だったら万が一を考えて、ユカリに行き先と日程を告げておいて損があるわけでもないのだろう。
ただ、勢いに水を差されたような感覚がどうにもやるせないだけで。
ルヴィアリーラは凄まじいスピードで機械的に草を毟ることで平静を装っていたが、リリアには関係なかったようだ。
作業はゆっくりとしているが、一つ一つシンプレ草とそうでない雑草を選別してバスケットに放り込んでいくリリアの顔つきは心なしか穏やかで、何か嬉しいことでもあったようだった。
毟る手を止めつつ、ルヴィアリーラは小首を傾げて問いかける。
「リリア、随分上機嫌なようですわね」
「……そ、そうですか……?」
「ええ。そして何よりですわ! 草毟りなんて退屈かと思っておりましたのに」
実際無心で作業をすることで誤魔化していたものの、シンプレ草は大体どこにでも生えているというその性質から雑草類と見分けがつきづらく、そしてポーションの材料とするために、なるべく萎びていないものを選ぶというのは中々に難しい。
そして、極めて退屈でもある。
だがそこはそれ、ポーションを笑う者はポーションに泣くという、偉大なクラリーチェ・グランマテリアの格言通り、体を張った採取とそしてポーションの調合は、錬金術師の基本にして極意なのだ。
だがそれは錬金術師の間の話でしかない。
草を毟るなど馬鹿馬鹿しい、下々の民に任せておけと貴族時代にルヴィアリーラは周囲から奇異の目で見られた通り、そして多くの冒険者として旗を上げた錬金術師たちがバカにされる要因である通り、とにかくこの作業は退屈でみみっちい印象すら抱くのである。
だからこそ、人手が欲しいからとリリアには悪いことをしたのだとルヴィアリーラは少しばかり後悔していたのだが、当の本人はけろっとした調子で小首を傾げている。
「……え、えと……えへへ。ルヴィアリーラ様の、お役に立てるので……」
「リリア……!」
「わわ……っ、え、えへへ……ありがとうございます、ルヴィアリーラ様……」
だから、退屈なんかじゃありません。
そんな言葉と共に人目がないからとフードを外してその銀髪と虹の瞳を曝け出し、控えめにはにかむリリアを、ルヴィアリーラは思わず抱きしめていた。
なんて健気な子なのだろう。
そしてなんて優しい子なのだろう。
人目がないとはいえ、コンプレックスであろう虹の瞳を曝け出しているリリアの勇気に乾杯を捧げたくなるような気分で、ルヴィアリーラは彼女の頬に自分のそれを摺り寄せる。
なんだかんだで、自分に付き合ってくれる誰かがいるというのはルヴィアリーラとしても、嬉しいことだった。
小さい頃、魔物を討伐してきたのはいつも一人でのことだったし、錬金術や剣術を褒めてもらえたことはあっても、プランバンもパルシファルもその二つを自らやろうとはしてこなかった。
だからこそ、こうして等身大の目線で自分に付き合ってくれるリリアが愛おしい。
そんな想いを抱きつつも、こほん、と大袈裟に咳払いをしてルヴィアリーラは言葉を紡ぐ。
「ありがとうございますわ、リリア。これぞ感謝の極みというもの! しかし……退屈になったらいつでも言ってくださいまし、わたくしに何でもかんでも付き合う必要はありませんのよ?」
それでも、リリアの意思決定は彼女にあるべきだ。
遠い場所にある目標だとはわかっていても、自分が依存の対象となることが嬉しくないわけではないが、それがリリアにとって好ましくないことはルヴィアリーラにもわかっている。
だからこそ、少し困ったように笑いながらルヴィアリーラは、リリアへと、無二の親友へとそう諭すのだ。
「……は、はい……ありがとうございます……で、でも……楽しいのは、本当ですから……えへへ……」
「でしたら何より! さあリリア、目指すはポーション百個ですわ、そのために狩り尽くす勢いで草を毟るのでしてよ!」
あまり素材を採取しすぎるなとはギルドから冒険者たちに釘を刺されてはいるが、シンプレ草が絶滅するような事態に陥るのならそれはこの世界が滅ぶ時ぐらいだろう。
それほどまでに彼らの生命力は強く、そして繁殖力もまた強いのだ。
だからこそ、下級の冒険者に向けた依頼として存在する「雑草駆除」の中にシンプレ草も混じっていることなど珍しくはない。
とりあえず、アトリエを開くにあたっては先立つ資金が必要になる。
その他の条件についてはまだわからないが、とりあえず土地と建物を買えるだけの金を稼がなくてはいけない、というのは確かで、だからこそルヴィアリーラは赤字を出さずになるべく利益を得られるポーションの納品依頼を受けることに決めたのだ。
しかし、回廊街道の南部にはルヴィアリーラたち以外に人気はなく、本当に必要数ポーションが集まるかどうか疑いたくさえなってくる。
「錬金術師というのは往々にして引きこもりがちだとは聞いておりましたが……彼らはシンプレ草をお金で買ってらっしゃるのかしら」
「ど、どうなんでしょう……」
一応カテゴリとしては薬草に分類されているため、場所によっては土地代などが上乗せされるからまちまちではあるが、シンプレ草の取引相場は概ね5プラムから10プラム、銅貨で買える範囲のものだ。
そして、店売りされるほどの品質があるなら、それを元手にポーションを作るというのは理にかなっている。
わざわざこうして採取地に足を運んで、品質の良いものを厳選して、という行為よりは遥かにクレバーで効率がいい。
だが、今のルヴィアリーラたちにとっては例え1プラムであっても支出は惜しいのだ。
「世知辛ぇのですわ……」
「……え、えと……その……元気、出して……ください……きっと、その……自分で……足を運んだ……ルヴィアリーラ様の方が、立派、ですから……」
「リリア……そうですわね、アトリエをブチ建てる、その目標までわたくしは止まるわけにはいかないのですわ! 感謝でしてよ!」
過酷な現実に一瞬心が折れかけたルヴィアリーラではあったが、親友からの激励は素早く魂に届く。
そうだ。こんなところで腐ってなどいられない。草だけに。
そんなしょうもない考えを脳裏に浮かべながらも、親友への感謝を忘れずにふんす、と鼻を鳴らしていつもの通り高らかな笑みと共にルヴィアリーラは気合を入れ直す。
ポーション百個できるかな、とばかりに「躯体強化」を発動して、1プラムでも多く金、金、金と騎士としては恥ずかしくも、冒険者としてはなんら恥ずかしくない目標と、そしてゆっくりと作業を進めるリリアと共に、ルヴィアリーラは回廊街道を駆け抜けるのだった。
物凄い速度で草を毟る元令嬢がいるらしい