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17.どうやらポーションが足りないらしいのですわ!

「……と、いうわけで予定より帰還が遅くなってしまったことは申し訳ない限りですわ」

「いえ、こちらこそCランク相当のモンスターが人里に出てきてるなんて把握してなくて……ともかく無事のご帰還、そして初めての依頼達成、おめでとうございます」


 シートス村から帰還したルヴィアリーラは、冒険者ギルドのカウンターに立ち寄って事の顛末を今日もどことなくぼんやりとした顔をしているユカリへと報告していた。


 本来あの依頼はゴブリンとボガードを片付けて終わり、というものであったため、所要日数は村までの二日で往復四日が想定されていたのだが、ルヴィアリーラが畑の再生を買って出たことと、その夜に村人たちから歓待を受けたことで、ギルドが想定していた所要日数からは足が出てしまっていたのだ。


 しかし、精一杯のもてなしを蹴っ飛ばすというのはルヴィアリーラの性に合わなかったし、何より風呂を頂けるというのは大きかった。


『ルヴィアリーラ様、あんたはこの村の救世主じゃ……御伽噺に聞いたクラリーチェ様の再来なのやもしれませぬ』

『そんなに畏まらなくてもよろしくてよ! わたくしはただのルヴィアリーラ、クラリーチェ・グランマテリアの再来などむしろわたくしの方が恐れ多い!』

『いいや、畑を救っていただいた恩人を敬わないなど農夫の名折れ……何卒儂らからの誠意と思って受け取ってはいただけないじゃろうか』


 シートス村が備蓄していた農産物による歓待は素朴ながらも味わいのあるものだったし、リリアも風呂を堪能していたようで何よりといったところだが、貴族でもないのにルヴィアリーラ様呼ばわりされるのは少しばかり背中がむず痒くなる。


 そんな具合に二日前のことを思い返しながら苦笑していたルヴィアリーラだったが、ユカリの内心は営業スマイルに包み隠してこそいるものの穏やかではない。


(……やっぱり訳あり、ですよねぇ)


 たまにこういう規格外の冒険者が現れることもある、というのは先代ギルドマスターから聞かされていたが、御伽噺だとばかりに思っていた。


 彼女たちのステータスを見れば、駆け出しの身分であろうとあの東の森の主を倒せることは想像がつくが、その素性やら何やらを調べて皇国側に報告しなくてはいけないとなると気が重い。


 訳もなく強い冒険者など、そうそういるはずもないのはユカリにもわかっているし、ルヴィアリーラたちの存在は皇国側としても手放したくはないだろう。


 強い冒険者の存在はそれだけで国力の増強に繋がるし、何よりウェスタリア神聖皇国は、大きさは違えど、内外に火種を抱えている国だ。


 そういう時に切れる札の枚数は多いに越したことはない。


 一方で、ルヴィアリーラの所作を見ればそれがただの平民である自分と何か違うものがあることぐらいはユカリでなくとも容易に想像がつくだろう。


 隣のカウンターで「東の森の主」から剥ぎ取った素材を売却していたルヴィアリーラが既に他の冒険者たちから一目置かれている様子と、そしてそんな視線にも物怖じしない態度を見れば一目瞭然だ。


 人の上に立つことに慣れている。


 それは即ち、生まれながらにしてそういった身分にあるか、そうでなければそれなりに年を重ねるか実力を積み重ねた上でユカリのように役職につくかの二択だ。


 見たところ、ルヴィアリーラの気丈な顔立ちは確かに凛として美しいが、まだどこかにあどけなさを残している辺り成人したてか、それ未満なのだろうとユカリは推察する。


 一応、ユカリもギルドマスターとしてはかなり年若い部類に入るのだが、それでも彼女とは十年近い歳の開きがあった。


 そこから考えられるのは、やはり。


(……まあ、何かあった時に困るのは組合じゃなくて貴族連中だからどうでもいいか……)


 ルヴィアリーラが身分を剥奪されて追放された貴族である、という推察を立てつつも、どこか投げやりに羽ペンで、その名前が並ぶ冒険者リスト、素性の項にリリア共々「問題なし」のチェックを入れて、ユカリはそれを見なかったことにする。


 別に追放された貴族が成り上がられて困るのは追放した貴族ぐらいだし、何より国とギルドは常に有能な人材を欲しがっているのだ。


 ならばここで彼女たちを貴族連中の前に突き出したところで、何のメリットもあるまい。


 ウェスタリア神聖皇国は最近聖女とやらを迎えて勢いづいているのだ、そこに水を差すのは、ユカリとしてはナンセンスだった。


 金勘定に勤しんで、「これで釜が買えますわ!」と喜んでいるルヴィアリーラの所作はどこか庶民的で哀愁を誘うものの、その瞳の輝きにはやはり高貴なものが宿っていた。


「しかしあの熊、随分経済的な生き物ですわね」

「け、経済的……」

「部屋を借りている身とはいえわたくしは錬金術師、釜がなければ仕事ができませんのよ」


 世の中金ばかりではない、というのは先日学ばされたことではあったが、それはそれとして錬金術師というのはコストパフォーマンスが悪い。


 複数の素材を掛け合わせて一つのものを作り上げる以上、その価値が元のものを上回ってなければ赤字になる一方だし、仕入れに関しても金を使うか自分の足を使わなければいけないのだ。


 だからこそ、冒険者たちの間で錬金術師という職業には人気がないのだろう。


 ちまちまと葡萄ジュースを啄んでいるリリアはルヴィアリーラが金貨の枚数を数えているのを見守りながら、それでも嬉しそうな自身の主人とでも呼ぶべき存在の笑顔に自然と口元を綻ばせる。


 ルヴィアリーラは自分のことを親友だと呼んでくれたが、リリアとしてはまだ、そう呼べるだけの恩を返しきれていないと思っていた。


 それほどまでに、命を救われたということは、そして初めて何でもなく、ただそこにいる「リリア」を認めてくれたのは、大きかったのだ。


「しかしポーションはいつの時代も不足しておりますの?」

「ポーション、ですか……?」

「ええ、なんだか掲示板に貼り出されてる依頼の中に国がポーションを高値で買い取ってくれるとあるのですわ」


 ひーふーみー、と数え終わった金貨を懐に収めたルヴィアリーラは、リリアが頼んだのと同じ葡萄ジュースを一口含むと、併設酒場の中心に貼り出された依頼表が並ぶ掲示板を指してそう呟いた。


 フードで顔を隠しつつもじっとリリアも目を凝らしてみれば、確かに掲示板の中心には「求む、ポーション! 十個単位から買い取り、高品質であれば査定額に上乗せします!」という文字と、その依頼の出所がウェスタリア神聖皇国騎士団である旨が記されている。


 一般に、冒険者の間でポーションといえばヒーリングポーションのことを指す。


 それに大量の需要があるということは不足しているか、あるいはそれなりの数を備蓄しなければいけない、ということだ。


 どこか剣呑な空気を感じながらも、ルヴィアリーラは自身が世間知らずなだけかと小首を傾げる。


「なんだか知らないけど、国軍が出征する予定があるって噂よ」

「貴女は……クーデリアでしたわね、再会できて何よりですわ」

「……く、クーデリア、様……ご、ごきげんよう……」

「……リリアだっけ? そのクーデリア様ってのなんとかなんない? 背中痒くなるから……っと、それはともかく、ルヴィアリーラたちも初めての依頼成功おめでとう。まさか『東の森の主』まで倒しちゃうとは思わなかったけど」


 クーデリアは赤毛をかき上げつつ、とんでもない相手を世間知らず扱いしてしまったのではないかと苦笑する。


 しかし、ルヴィアリーラの態度が別にそれで変わることはない。


「紙一重といったところでしたわ、ところで遠征とはなんでして? 穏やかには聞こえませんけれど」

「そのままの意味よ、まあ噂だからわかんないけど……ポーション大量に買い取ってるのなんて、そういうことでしょ?」


 実際、どこで何が起こっているかというのはクーデリアも冒険者として把握に努めてはいるのだが、国軍がまさか機密に関わる情報を漏らしてくれるはずもない。


 というか一冒険者にすら出征の予定を把握されていたらそれこそ国の終わりだ。


 そういう意味では、よからぬ噂は数あれど、ウェスタリア神聖皇国の基盤はまだまだ揺るがないのかもしれない。


 クーデリアの苦笑に対して、ふむん、と、ルヴィアリーラは細い顎に指をやりながら、少し考え込むような仕草をみせる。


「……る、ルヴィアリーラ様……?」

「ふむふむ……よし、決めましたわ!」

「決めたって、何をよ?」

「ふふふ……時代はポーション! わたくしたちの次なる目標はポーションで一儲け、なのですわ!」


 ルヴィアリーラはジョッキを天高く掲げて、いつもの高笑いと共にそう宣言した。


 元々、自分の目的がアトリエの経営である以上、錬金術関連の仕事を正式に引き受けてギルド側にアピールする必要もあるし、何よりポーション作りはお手の物だ。


「遠征だかなんだか知りませんわ、しかし物が不足して困っているなら作り出すのが錬金術師! そうでしょう、リリア?」

「え、えと……は、はい……! ルヴィアリーラ様は、錬金術師、です……!」

「……妙にテンション高いのはそういうことなのね、まあ頑張んなさいよ」


 正気か、と失礼なことが若干口をついて出かかったものの、錬金術師がこの国において貴重な存在であることはクーデリアも知っている。 


 そしてその一人がこの場にいてポーションの供給に協力してくれるなら、国軍も願ったり叶ったりだろう。


 多かれ少なかれ、冒険者は訳ありで、自身も含めて性格に問題を抱えている者が多い。


 だが、実力さえ示せば成り上がれるのがこの世界なのだ。


 そうして皮算用にはしゃぐルヴィアリーラとリリアを尻目に、そんなことを頭の片隅に描きながら、クーデリアはギルドを後にしていくのだった。

いいからポーションなのですわ!

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