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16.栄養剤を作るのですわ!

 リリアが行使した魔法によって神木の実を手に入れたルヴィアリーラは、そのまま途中に刻んできた目印を辿って村へと帰還していた。


 そして、村長の家にあるという釜を借り受けたルヴィアリーラは、焚き火の前に佇んでようやくここからが自分の番だとばかりに得意げに腕を組む。


「さて……栄養剤といってもやることはいつもと変わらないですわ」

「……い、いつもと……ですか……?」

「異なる物を一度混沌に還して新たな秩序に再構築する……とか言えばちょっとカッコよく聞こえますわね! ただ悲しいことに、やってることは材料と魔力を放り込んで適当にかき混ぜるだけですわ……」


 得意げに語った前半から一転してがくり、と肩を落とすルヴィアリーラにあわあわとかける言葉が見当たらずに焦るリリアだったが、彼女の言葉は錬金術を端的に換言しただけの話だ。


 そして、むしろ偉大なるクラリーチェ・グランマテリアの、そして彼女の姉である錬金術師の開祖、カリオストロ・エル・フリクモルトの言に従うのなら、むしろそっちの方が正しい。


 ──あれこれと物事を難しく並び立てるよりは適当に材料放り込んでかき混ぜるなり手を合わせるなり、自分に合ったやり方で魔力をこねくり回せばなんとかなる。


 生前、カリオストロはそう公言して憚らなかったが故に弟子入りを志願した秀才たちは彼女の感覚任せな発言に困惑し、一人、また一人と去っていった。


 だが、錬金術とは目的ではなく手段であり、本来そのぐらいシンプルであって然るべきものなのだ。


 そしてルヴィアリーラはゴリゴリの感覚派だった。


「まあ気にしたところでどうにかなるわけでもありませんわね! 早速やっちまうのですわ!」

「……お、おーっ……」

「む、乗ってくるとは流石ですわねリリア! 貴女も、もしかしたら錬金術師の素質があるやもしれませんもの! このルヴィアリーラの錬金術、とくと見るのですわ!」


 あーっはっは、と、いつもの高笑いを上げるルヴィアリーラと、恥ずかしがってフードを目深に被るリリアに突き刺さる村人たちの視線は、果たしてそう温かいものではない。


「なあヨーサク村長、本当にあれでなんとかなんだべか……」

「ロブ、依頼を出したのはお前さんじゃろう……儂にもわからん……」


 それは、依頼を出したロブも、そして村の行く末をルヴィアリーラに賭けることにしたヨーサクも同じだった。


 しかし、客観的に見るのであればそれも無理はない。神木の実を取って帰ってきたかと思えばいきなり窯を火にかけて、その前に佇んで高笑いを上げる女が村の行く末を手中に収めているのだ。


 これでもロブとヨーサクはマシな方で、声には出さずとも明らかに敵意の混じった視線をルヴィアリーラとリリアに向けている村民は少なくない。


「……あの小娘が来なければ……」

「よさんかオルバン、儂らが森の主に喰い殺されていた方がマシだったとでも言うのか?」

「そ、それは……けんども村長、本当にあの小娘の言うことを信頼していいんだか?」


 ここまで荒れ果てた畑を再生すんには、一年以上時間がかかるでよ。


 オルバンと呼ばれた壮年の農夫がぼやいた通り、畑に与えられたダメージは深刻なものだ。


 それを一瞬で復活させられます、といっても、長く作物を育ててきた人間としての経験やプライドが理解を拒むことは極めて自然な話である。


「……或いは、あのルヴィアリーラというお嬢さんが本物の『錬金術師』ならな」


 お手並み拝見とばかりに、ぐつぐつと煮立ってきた窯を前に腕を組むルヴィアリーラを一瞥し、ヨーサクは静かに呟いた。


 錬金術師クラリーチェの伝説は、彼も幼い頃に耳にしたことがある。


 曰く、壊せないものも直せないものもない万能の秘術にして、魔術とも魔法とも異なる第三の原理であるとされるそれを完璧に使いこなせる人間がいたとしたなら、確かに畑の再生は容易だろう。


 だが、それは精々、伝記の中の御伽噺だ。


 現代の錬金術師たちは希少になった。


 クラリーチェが体系化したことでその理論は学問としては広く開かれたが、それは極めて高度な理解を前提とするものであり、貴族階級のようなブルジョアジーしか学ぶことができない錬金術は、冒険者や、ヨーサクのような者たちからすれば「ポーションを作る魔術(スキル)」以上の認識でしかない。


 そして、そのポーションを安定した品質で問屋に下ろせるような錬金術師だって探究のために引きこもっていることが多く、冒険者が「錬金術師」を名乗る、というのはこの中央大陸セントスフェリアにおいては、精々「ポーション作れます」以上の意味を持たないのだ。


 故にこそ、錬金術師というだけでパーティーを追放される冒険者も後を絶たず、彼らが世捨て人となることに拍車をかけていた。


 しかし、そんな事情など知ったことかとばかりにルヴィアリーラは「鑑定」した神木の実と、そして道中で拾った「ひんやりする石」と「湖畔の清水」を煮え立った窯にぶち込んでいく。


「さて、これだと中和剤はいりませんわね!」


 土と水の元素は極めて親和性が高い。


 ぼこぼこと泡を立てて煮立ってきた窯を星剣アルゴナウツでぐるぐるとかき回しながら、ルヴィアリーラはぶち込んだ三つの材料が溶け合い、一つになるイメージを描きながら魔力を集中させる。


 本来相反するものを溶かし合わせるには、中和剤──エーテライト溶液と呼ばれる、物質を極めてエーテルに近い状態まで還元した液体が必要だ。


 しかし今回のように水と土、或いは火と風といった具合に、四大元素の中でも親和性が高い組み合わせにはその手順を省略することが可能となる。


【神木の実】

【保有元素:土、水】

【品質:極めて良い】


【一年氷石】

【保有元素:水、土】

【品質:溶けかけ】


【湖畔の清水】

【保有元素:水】

【品質:極めて良い】


 三つの材料に対して「鑑定」を行った結果を脳裏に描きつつ、ルヴィアリーラはぐるぐるとそれらが溶け合った窯の中から最高の栄養剤が出てくることを確信する。


 唯一、「ひんやりする石」こと「一年氷石」は品質面で不安があったが、他の材料がそれを補ってくれているし、それに。


「ここからがわたくし流!」

「……る、ルヴィアリーラ様……?」

「よく見ておくのですわリリア! ポーションとは……基本にして全て!」


 宣言した通りルヴィアリーラは腰に下げたポーチから一つの小瓶を取り出すと、完成直前とばかりにぼこぼこと泡立つ液体の中にそれを注いで魔力を込める。


 ──アクティビティポーション。


 本来であればヒーリングポーションとは異なり、傷が治っていく作用をじわじわと活性化させるそれは、錬金術の溶媒として用いれば完成品の品質を引き上げる引き金となる。


「わ、わわ……!」

「あーっはっは、これで上手く行きましたわね!」


 そうしてルヴィアリーラの魔力が注ぎ込まれた釜が、断末魔の如く一際大きな光を放つ。


 よもや爆発か、と野次馬根性で眺めにきていた村民たちは背を向けて逃走していくが、ヨーサクとロブ、そして先ほど不平を述べていたはずのオルバンは、ルヴィアリーラの瞳と同じ色に煌めいた光の柱へとその視線が釘付けになっていた。


 ──あれは失敗などではない。


 ヨーサクが直感的に理解した通り、そしてルヴィアリーラが宣言した通り、窯の中から再構成されてふわりと浮き上がってきたものは、確かに廃棄物の類ではなく、緑色の小瓶に包まれた物体だった。


「さて、これで特級栄養剤は完成……あとはこれを畑に撒くだけでしてよ、村長さん。いかがでして?」

「お、おお……お嬢さん、まさかあんた、本当に……」

「そう、わたくしは……ルヴィアリーラは錬金術師でしてよ!」


 最近どころか幼少期も剣を振り回してばかりだったから、他人から見たルヴィアリーラの印象は最大限良くいえば好戦的、悪くいうならゴリラだとか蛮族だとかそんな感じになる。


 だが、彼女は間違いなく剣術と同様に錬金術にもその全力を注ぎ込んできた、一流の錬金術師であることに違いはないのだ。


 つかつかと、まるで凱旋を果たすように踵を鳴らして畑へと歩んだルヴィアリーラは、小瓶の蓋を開けて、出来上がった栄養剤を散布する。


 一滴一滴が虹のように煌めくそれは、どこからどう見ても一級品だった。


 知らず知らずの内に釘付けとなっていたリリアは、無意識に「鑑識測定(ジャッジメント)」の魔法を発動させていたが、そこに書いてあることは彼女の予想と寸分も違わないものだ。


【栄養剤】

【保有元素:水、土】

【品質ランク:S】

【備考:特級品】


 リリアの脳裏に浮かんだそのステータス通りに散布された栄養剤は荒れ果てた土を再生させて、踏みにじられた野菜類はどうにもならずとも、その土壌を元通りに──否、それ以上に再生させていく。


「お、おお……!」

「ロブ、おめぇさん随分すげえもんを拾ってきて……!」

「よさぬかオルバン、あれは……錬金術師ルヴィアリーラ様の御業じゃよ」


 長生きなどするものではないと、そう諦観を抱いていたはずのヨーサクも、目の前に広がる奇跡にただ、それ以上の言葉を失っていた。


 あれは本物だ。


 ルヴィアリーラは、もしかすれば幼い頃に聞かされた偉大なる錬金術師、クラリーチェ・グランマテリアの再来なのかもしれない。


 そんな興奮を年甲斐もなく抱きながら、そして愛する畑が蘇ったことに涙をこぼしながら、膝から頽れたヨーサクはどこか救い主を見つめるような面持ちで、畑の中心で腕を組むルヴィアリーラを見つめていた。


「これにて一件落着、ですわね!」


 依頼の報酬を考えれば、とても見合っている仕事だとは言い難い。


 それでもルヴィアリーラは、無償で引き受けたアフターケアとその結果に対して満足していた。


 クーデリアであれば、普通の冒険者であれば、きっと馬鹿馬鹿しいと切って捨てるようなことだとは自分自身よくわかっていたし、割に合うか合わないかで問われたらちょっと渋い顔になってしまうのもまた確かだ。


「……る、ルヴィアリーラ様、すごい……」

「なんのこれしき、錬金術師として……いえ、人として、当然のことなのですわ!」


 それでも、これは自分にできることだ。


 そこから目を逸らさずに立ち向かった報酬が、僅かばかりの日銭であったとしても。


 畑が蘇ったことに歓喜の雄叫びを上げる村民たちの姿と、そして。


 フードで顔を隠してこそいても、確かにぱあっと、花の蕾が綻んだような控えめな笑顔を浮かべるリリアの姿を見れた、それだけで十分なのではないか。


 ルヴィアリーラは、受け取った「報酬」を噛みしめながら、そんなことをただ、想うのだった。

16話にして初めて錬金術師っぽいことをする令嬢がいるらしい

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