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13.事後処理はいつの時代も大変なのですわ!

「やっちまったもんは仕方ないのですわ、しかし……」


 燃え盛る熊の王、その遺骸に水の元素、その力を強く持つポーションをかけて鎮火した上で、ルヴィアリーラは改めて見る農村の惨状に目頭を抑える。


 キンググリズリーと戦ったのは自分の責任かもしれないが、それを差し引いても畑は荒れ果て、踏みにじられているのは彼の責任なのかそれとも喰われたゴブリンとボガードの責任なのか。


 どちらであったとしても関係はない。


 だが、ここから畑を立て直すのは相当難しいだろう、というのはリリアにもわかっていた。


「……ど、どうしましょう……これは……流石に……」

「ええ、畑を荒らしていたゴブリンとボガード……を喰っていた熊を仕留めた時点で一応わたくしたちの依頼自体は達成されておりますわ、しかしリリア、貴女の心配する通りでしてよ」


 ここにいるのがもしもクーデリアであれば一も二もなく帰還を選んだのだろうが、流石に踏み荒らされた畑を見なかったことにして、金だけはいただいて帰ります、などというのはルヴィアリーラの性に合わない。


 むしろそれは、唾棄すべき行いだとさえ思っている。


 キンググリズリーの遺骸は、その性質が魔物というより野生の動物に近い故か、灰に還ることはない。


 とりあえずはとばかりにその腕甲を剥ぎ取り、ちゃっかりと袋に収めながらも、事後処理をどうしたものかと、ルヴィアリーラとリリアが頭を抱えていた時だった。


「すまない……これは、一体……」


 村の奥からやってきた一人の老人が、畑に佇む二人と、そして森の主の遺骸の間で視線を忙しなく行き交わせながら、おずおずと問いかけてくる。


「貴方はこの村の村長……でよろしくて?」

「う、うむ……儂はヨーサク、しかしお前さん方、この森の主を倒してしまったのか……?」


 ヨーサクと名乗った男は、今目の前に広がっている光景が夢か現実なのか区別がつかないといった風情だった。


 頻りに、立派に蓄えた顎髭を撫で回しているのも落ち着きのない証拠だろう。


 しかし、ヨーサクからすれば、今の状況を見て混乱するなという方が到底無理な話だ。


 あのキンググリズリーは、「東の森の主」と渾名される凶暴な個体であり、普段は人里に現れることなどなかった。


 だが、それがどういうわけか畑荒らしのゴブリンとボガードに頭を悩ませていたところ、彼は突然現れたのだ。


 それは決して救いなどではない。


 キンググリズリーは通常、常に襲われている飢えを満たすために、森の奥深くに聳える神木の実を主食としているのだが、一度森から姿を現せば、魔物だろうが人間だろうが相対した者は等しく彼の腹に収まる運命にある。


 だからこそ、無駄だとわかっていてもヨーサクは村の全員を家に避難させて、立て篭もることでなんとかあの森の主が去ってくれるのを祈りながら待っていたのだが、聞こえてきたものは村民の悲鳴ではなく、熊の王の断末魔だ。


 そうして慌てて飛び出してくれば、金髪の見目麗しい少女と、フードを目深に被った魔法師風の銀髪の少女が、その遺骸から戦利品を剥ぎ取って途方に暮れている姿があるのだから、これを夢だと思わない方が無理がある。


「ええ、わたくし共はロブさんからの依頼を受けて、ゴブリンとボガードを退治に参った冒険者ですわ。ただそこにいたのがあの熊だったからぶちのめしたのでしてよ」

「ロブの奴か、都会に依頼を出しに行くとは言っていたが……しかしお嬢さんも随分簡単に言うのう……あれは人の手に負えるような魔物じゃあないのじゃぞ」

「無論、簡単ではありませんでしたわ。ただ結果として生き残ったのがわたくしたちで、くたばったのがあの熊というだけの話ですわ」


 そこに過程を問うことに、何か意味があるだろうか。


 そう主張するかのようにルヴィアリーラは肩を竦めて、あっけらかんと、戸惑うヨーサクの言葉に対してそう返してみせる。


 今までどんな敵もぶった斬ってきた星剣アルゴナウツの一撃すら防げる腕甲を持っている辺り、あのキンググリズリーが特異な個体であることは想像がつく。


 だがもう、いなくなった。


 そして問題は死んだ熊の方ではなく。


「……お前さん方には本当に頭が上がらん、この通りじゃ……しかし、この村はもう終わりじゃ……」


 すっかり消沈した調子でヨーサクは言った。


 無論、森の主が去ってくれるか否かという賭けに勝利しても敗北しても、その代償は極めて大きいものになると踏んでいたが、いざこうして生き残って、死ぬような思いで開拓してきた畑の惨状を見届ければ、年甲斐もなく目頭に悲しみの塩気が溢れてくる。


 これでは死んだ方がマシだったのではないだろうかと、城塞都市ファスティラの領主へと収めるための税という新たな敵であり課題の出現に、彼はすっかり途方に暮れてしまっていた。


 だが、ルヴィアリーラはああでもないこうでもないと唸り声を上げながらも、決して諦めてはいない。


 少なくとも、リリアの虹の瞳には、彼女の名前の由来となった宝石のように赤い瞳には、爛々と希望が輝いているように見えたのだ。


「もし、ヨーサク村長」

「……お、おお……お嬢さん、申し訳ない……じゃが、儂らはここで……」

「何を言っておりますの!」

「む……!?」


 今にもその場に倒れ込んでしまいそうなほどに消沈が見て取れるヨーサクへ、ルヴィアリーラは同情を寄せるのではなく一喝をもって答えた。


「諦めるには早すぎましてよ! こう見えてわたくしは錬金術師、この村に窯はありまして!?」

「れ、錬金……? ようわからんが、釜なら……」

「ならばよし! この不肖ルヴィアリーラ、あの熊との戦いで火を使った責もありますわ! 畑を立て直すことでもってその償いと、そして依頼の達成とするのでしてよ!」


 すっかり呆気にとられている村長を他所に、いつも通りに豊かな胸を反らしながらルヴィアリーラは勝ち誇るように、豪快な笑みを浮かべてみせる。


 錬金術師の本懐は、物質に対する理解と物質の分解、そして再解とでも呼ぶべき再生であり再構築だ。


 幼い頃に読み漁った、偉大な錬金術師である「クラリーチェ・グランマテリア」の遺したその言葉がある限り、ルヴィアリーラは諦めない。


 どんなものだって破壊されても再生することができる、それが錬金術の究極形であり、そして彼女が目指すところなのだから。


「……る、ルヴィアリーラ様……何か、秘策が……?」

「ええリリア、心配は無用! この畑を立て直すのに必要なのは……栄養剤ですわ!」


 栄養剤。それは肥料の類ではない。


 土の元素と水の元素を親和させて、畑に宿る「植物を育てる力」を活性化させるそれがあれば、どれほど荒れ果てた畑であったとしても、砂漠の真ん中にあったとしても立ち所にそれは活力を取り戻す。


 だが、錬金術の原則が等価交換である通り、この村の畑のように荒れ果てきった土地を再生するのには相応の品質を持ったそれでなければ成り立たない。


「ヨーサク村長、確かこの村の東には森がありましたわね?」

「うむ……ナチャーロの森はあの主が棲んでいた場所じゃ。しかしお嬢さん、この畑を立て直すとは一体……?」

「言葉の通りですわ! そこに……何か特別な、土の力が強いものや清らかな水はございまして?」


 ルヴィアリーラの考えたプランは、言ってしまえば行き当たりばったりだった。


 だが、逆に言えばその二つさえ揃えば課題はたちどころに解決するということでもある。


 自身の腕前について、傲るつもりは毛頭ない。


 だが、困っている人がいるのならその課題を解決するために全力を尽くすのがルヴィアリーラのポリシーであり、そして貴族の身分と家を追放された今も心の中に秘めている、ノブリス・オブリージュの精神なのだ。


「土の力……お嬢さんが求めてるものかどうかはわかりませぬが、あの森の深くには御神木が生えておりましての、それならもしや……」

「委細承知! ではこのルヴィアリーラとリリア、冒険者として、そしてわたくしは錬金術師として! 見事にその課題を解決してみせましてよ!」


 きっとクーデリアがこの場にいたら、怒り狂うか呆れるかのどちらかなのだろう。


 だが、これは新たな依頼ではない。


 今受けている依頼の延長線上にある新たな課題に他ならないなら、そこになんの問題があるだろうか。


 そして。


「誠意は……お金だけではないのでしてよ、そうでしょう! リリア!」

「……え、えと……その、は、はい……! ルヴィアリーラ、様……!」


 無償労働など馬鹿馬鹿しいと冒険者たちが笑ったとしても、ルヴィアリーラは決してそれを嘲笑うことなどない。


 ただ、他人が与えられた依頼だけをこなして帰還するというのならそれを否定するつもりもまたルヴィアリーラには毛頭なかった。


 だがそれが自分自身の場合は別だ。


 つまりはそういうことなのである。


 あーっはっは、と、いつもの高笑いを上げながら、ルヴィアリーラは荒れ果てた畑を立て直すべく、錬金術師としては初めて、誰かのためにその願いを引き受けるのだった。

13話にして初めて錬金術師らしいことをする令嬢がいるらしい


【クラリーチェ・グランマテリア】……錬金術師の開祖である「カリオストロ・エル・フリクモルト」の実妹にして、「偉大なる全ての素」を意味する「グランマテリア」は後世の錬金術師から付けられた尊称。本名はクラリーチェ・エル・フリクモルト。天才である姉の術式を、広く人々が使えるように体系化した秀才であり、その功績を惜しまれながらも晩年は愛する、偉大な戦士にして伴侶の傍らで亡くなった人物。

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