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12.こんな話は聞いてないのですわ!

 組合を通して何らかの依頼を出す、というのにはメリットもあればデメリットもある。


 まずメリットだが、手早く例を挙げるのであれば見積もりが正確になるということだろう。


 例えばゴブリンの討伐といった、駆け出しでもこなせるような依頼に100万プラムという大金を出すのは、よほどの世間知らずか酔狂か、もしくは裏があるかのどれかだろう。


 ただ、100万プラムというのは大袈裟でも、農村部といった場所の住人にはそういった金銭感覚に疎いところがあるのは否めず、畑を荒らす魔物の討伐に、村民の懐から必死に捻出した相場以上の料金を出す、というのはそれほど珍しい話でもない。


 ただ、金を出すというのはそれだけ切羽詰まった事情があるということでもある。


 相場以上だろうが相場通りだろうが、あるいはそれ未満だろうが、金を払ってでも解決したい問題があるからこそ、人々は冒険者ギルドないし、時折冒険者当人に直接依頼を出すのだ。


 つまるところどういうことなのかというと、ギルドを仲介人に噛ませることのデメリットは、その依頼の解決に少なからず即効性を欠く、時間を置くということになるのだろう。


 いかにも長閑な農村、といった風情のシートス村まで徒歩二日、大したトラブルもなく辿り着いていたルヴィアリーラとリリアは、そこに広がる惨状に閉口していた。


 特産品である農産物は無残に食い荒らされて、住人たちも魔物による報復を恐れてか、家を封鎖して、夜だというのに明かりもつけずに立てこもっている。


 だが、それは果たして村の自警団でもなんとか抵抗できる程度のゴブリンやボガードといった下級の魔物に対してとるような措置なのだろうか。


 ──答えは、否だ。


「なんですのこれ、わたくしたち、ゴブリンとボガードの討伐を依頼されたのですわよね?」

「……は、はい……その、通りです……ルヴィアリーラ様……」

「……そのゴブリンとボガードが食い荒らされているように見えるのは……気のせいだったらどれほど良かったのやら」


 灰となって崩れていくゴブリンの四肢や臓物が畑には散らかされて、その中心には、バリバリと頭から、受肉した下級の悪霊を貪る「何か」が佇んでいる。


 ──明らかにヤバイですわよ、あれ。


 ルヴィアリーラの直感が警告する。


 いかにステータスが高かろうと、人間という生物は構造上、野生の魔獣や魔物と比べて非常に脆い。


 だからこそ、神々の加護という形で魔力を多かれ少なかれ人は無意識に見えない皮膜として纏っているのだが、畑だった場所に佇み、ルヴィアリーラたちへ目もくれず「食事」をしているそいつの爪は容易くその衣を引き裂いてしまうことだろう。


「『鑑定(エクティミシィ)……!』」


 なるべく大きな声を出さずに、ルヴィアリーラは、眼前に聳え立つその巨体──熊にトゲの生えた甲羅や腕甲を纏わせたらこうなるといった風情の、間違いなく敵であろう存在に対して自身の保有する魔術(スキル)を発動させる。


 一応、魔物図鑑を擦り切れるほど読み込んでいるからそいつに対する知識が、ルヴィアリーラの中に存在しない訳ではない。


 だが、情報を正確に把握するというのはそれだけで戦場におけるアドバンテージとなる。


『グルル……!』


 ボガードの臓腑まで喰らい尽くしてもまだ足りないとばかりにその熊──キンググリズリーは低い唸り声を上げて、魔力を出力させたルヴィアリーラを警戒していた。


 キンググリズリー。


 通常種と比べて遥かに個体数が少ないそれは「森の主」とも呼ばれる存在であり、皮革が変化した「鎧」と「外套」を纏った部分は鋼の剣、その刃すら弾き返すほどに堅牢である。


 魔力の発露を通して雪崩れ込んできた情報を噛み砕きつつ、ルヴィアリーラは星剣アルゴナウツを抜き放ち、自身の背後にリリアを下がらせた。


「リリア、わたくしの後ろに!」

「……は、はい……!」

「こいつは……ちょっと聞いてねぇですわよ!」


 とはいえこのルヴィアリーラ、依頼は熊が達成してくれて、村民は喰い殺されましたが金は下さいなどとギルドに報告するほど面の皮が分厚くもなければ断じてそのように腐ってはいない。


 困っている人がいるのなら、助けるべきだ。


 そして人を困らせる魔物がいるのならその危険は尚更排除すべきである。


 あくまでも自身の心に、正義に従う形でルヴィアリーラは実家で錬金していたバイタリティポーション──東方由来のスパイスを原料として一時的に身体能力を引き上げるポーションだ──の小瓶を左手の指に挟む。


 そして森の主は、その行動を明確な敵対の証として認定したのだろう。


『グオオオオオアアアアアアアアアッ!』

「うるっせえですわよ!!!」


 高らかに、そして相手の戦意を挫くように咆哮するキンググリズリーのそれをウォー・クライと受け取って、ルヴィアリーラは、持っていたバイタリティポーションの小瓶を──森の主、その顔面に向けて思い切り投擲した。


「る、ルヴィアリーラ様、何を……!」


 それは敵に塩を送るような行為であると、リリアの瞳には彼女の奇行がそう捉えられる。


 だが、ルヴィアリーラはいつも通りに豪胆な笑みを崩すことなく、投擲と同時に愛剣を大上段に構えて踏み込んでいく。


「心配無用ですわよ、リリア!」


 ポーションというのは、当たり前だが液体だ。


 飲むことでも振りかけることでも効果を発揮するそれを投擲するというのは、味方に対しての支援目的でしかあり得ないと、リリアはそう思っていた。


 だが、このバイタリティポーションというのは中々厄介で、そこそこ貴重な原料を使ってしか錬成できない上に、支援というだけで見るなら「飲むことでしか効果を発揮しない」という代物なのだ。


 そしてその唐辛子だとか黒胡椒だとかを素材にした、飲むことでさえ微妙に躊躇する火の元素──燃え上がるような痛み、辛さに溢れたそれを顔面に投擲などされたらどうなるのか。


『グアアアアオオオ!!!』


 シンプルに、それは強力な目潰しとなる。


 経験したことのない痛みに悶えるキンググリズリーを一瞥すると、ルヴィアリーラはその鼓膜を突き破らんばかりの絶叫をかき消すように、いつもの、腹の底から絞り出すような咆哮でもって応えてみせるのだ。


「ちぇぇえええええすとぉおぉおおお!!!」


 ──いい加減うるせえからさっさとお死にあそばせ。


 今のちぇすとは、訳するとそういうことだった。


 ルヴィアリーラは、「躯体強化(ブーストアップ)」の魔術を起動した上で躊躇なく星剣アルゴナウツを思い切り大上段から振り下ろしたのだが、腐っても相手は森の主と呼ばれるような存在だ。


 視界を潰されようとも殺意だけで敵の存在を感知したのか、自慢の外皮でその一撃を受け止めると、鋭く尖った爪を持つ腕を闇雲に振り回しながら、熊の王にして森の主はその勢いで敵対する者を牽制する。


「中々知能が高いですわね! ですが……ポーションはこう使う!」


 ルヴィアリーラはそれでも怯むことなく、刃こぼれ一つしない愛剣を構え直した上でそう叫んだ。


 ポーションというのは、錬金術師をイメージする象徴にして、店売りされているために巷に溢れる冒険者レベルの彼らは精々それを創り出すことしか役割がないと軽蔑されるようなものである。


 だが、それこそ基礎の基礎、錬金術を知るものはたとえ駆け出しであっても端くれであったとしてもポーションを軽視したりはしない。


 それなりに貴重なバイタリティポーションを惜しみなく懐から取り出して森の主へと投擲すると、ルヴィアリーラは踊るような足捌きで闇雲に振り回されるその腕から巧みに逃れながら、液体を被った外皮に向けて、剣を思い切り叩きつける。


『グオオオ!?』

「あーっはっは! これぞ擬似魔法ですわ!」


 その堅牢な皮革は本来であれば主人を守るための盾となったのだろう。


 だが、相手が悪かった。


 バイタリティポーションが持ち合わせている液体としての性質には、極めて火の元素の影響が強い。


 それは、このポーションを中間錬成物とすることで、混じり気のない純粋な油を生成できるほどのものだ。


 ならばその性質は油に片足を突っ込んでいるとでもいうべきものであり。


「す、すごい……です……!」


 そこから導き出される答えは今、目の前にある光景だった。


 キンググリズリーの外皮と星剣アルゴナウツがぶつかり合ったことで火打ち石の役割を果たして、その甲殻に覆われていない毛皮を燃え上がらせる。


 リリアは思わずその機転に舌を巻いていた。


 だが、これで殺し切れるような相手ではない、というのは無意識に「知りたい」と乞い願っていたことで発動した「鑑識測定」の魔法が教えてくれていたし、ルヴィアリーラもそれはわかっているのだろう。


 あくまでこれは敵を後手に回らせる、混乱させるための布石であり、硬い皮革を有効に使わせないための搦手。


 ならばとどめを刺すのは、必殺の一撃以外は有り得ない。


 呼吸を整えて、文字通りに燃え上がっている森の主の首へと狙いを定め、ルヴィアリーラは星剣アルゴナウツを腰だめに構える。


(ルヴィアリーラ、ただ闇雲に振り下ろすばかりが剣の道ではないよ)



 幼少の折、レイピアを華麗に操りながらパルシファルが言っていたことをルヴィアリーラが脳裏に描き、見定めるのはその一点。


 そして、元婚約者の動きを全てなぞるように、強くではなく、ただひたすらに、奴より(はや)く!

 

「瞬撃閃──わたくし流ですわ!」


 本来であれば軽くしなやかな細剣から放たれるそれを自身の身体能力と「躯体強化(ブーストアップ)」のスキルで補助、そしてどうしてか自分が振るう時は羽のように軽くなる星剣アルゴナウツの三矢を併せて、ルヴィアリーラは降り注ぐ雷のごとく、森の主の喉笛にその切っ先を突き立てた。


『──!』


 最早咆哮すらあげることもかなわない熊の王へと、ルヴィアリーラは憐憫を抱かない。


 同情は相手への侮蔑となる。


 ならば王の名を持ち誇り高く戦ったこの魔物に対しても、たとえ許すことができずとも一角の敬意を払うことこそ、ルヴィアリーラの心意気であり曲げることのできない信条だ。


 思うところがないわけではない。


 だが、村人を脅かすのであれば、そして自身の夢であるアトリエを開くことへの障害となるならば、それを排除するのに躊躇いもまた、抱く必要などどこにもない。


「これで終わりですわ、森の主、熊の王……!」


 辞世の句などいらないだろうとばかりに喉笛に突き立てた刃を、ルヴィアリーラは力任せに振り下ろす。


 そうして森の主、その強靭な身体を更なる力でもって真っ二つに引き裂くことで、彼女はこの戦いに幕を下ろすのだった。

錬金術師(物理)


【キンググリズリー】……そのまま直球で熊の王とも例えられる魔物であり、本来は森の奥深くに潜む極めて強靭で危険な生物。雑食性であり肉も植物も分け隔てなく食い荒らす上に、強靭な外皮を腕と背中に持ち、それを能動的な防御に使う知能も持ち合わせているために、単独討伐依頼は本来冒険者ランクC以上のパーティーに回ってくるようなモンスター。なんでこんな農村にいたのかは不明である。

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