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11.その涙は明日への誓いなのですわ!

 開かれた水の鏡に映された自分の能力は、幼い頃に見たそれとほとんど代わり映えしないものだった。


 ルヴィアリーラが保有している魔力の総量は並外れているが、それを使うための手段が簡単な身体強化の魔術(スキル)や剣術、そして錬金術といった項目に細分化されているだけで、そこに魔法の文字が並ぶことはない。


「わかってはおりましたけれど、わたくし本当に魔法が使えませんのね」


【ルヴィアリーラ】

【職業:冒険者】

【体力:950/950】

【魔力:測定不能】

【保有スキル】

【錬金術:EX】

【天賦剛体:A】

【鑑定:S】

【皇国流組手甲冑術:B】

【皇国流格闘術:A】

【不要二刀:A】


 ……


 魔術による鑑定では系統を一纏めにしたスキルを細分化して鑑定するのには時間がかかるものの、概ねこんな風情で、ずらずらと水の鏡に映し出されたルヴィアリーラが保有している技能は自身で行った鑑定結果と大差なかった。


 そしてこの儀式になんの意味があるのかといえば、ルヴィアリーラや隣で興味深そうに自身のステータスを覗いているリリアには、能力の把握以上の意味などない。


「驚きました、確かにルヴィアリーラさんは魔法こそ使えないかもしれませんが、これほどの資質を持っている方が門を叩いてくるのなんて、いつ以来かしら……」

「数字など飾りですわ、わたくしたちがこの結果で優遇不遇を決められる、などということはないのでしょう?」


 ルヴィアリーラが問いかけた通り、このステータスを開示して保有スキルを確認することにメリットがあるのはどちらかといえばギルド側の方だ。


 何故なら冒険者は、その能力の如何に関わらず皆、一からのスタートが義務付けられているからに他ならない。


 例えそれが、「異界からの救世」によってこの世界に舞い降りた勇者や聖女という存在であったとしても、そのお役所的な手続きは基本的に変わることはないのだ。


「まあ、そうなりますけれど……規則ですから」


 例外を作ってしまう、というのは組織の運営においてあまり望ましくない。


 堂々とデカい声でエントリーしてきた割に常識的な、というよりはどこか冷めたような声で問いかけてくるルヴィアリーラを少し訝るような目で見つめながらも、ユカリは苦笑混じりに本音を打ち明けた。


 例え勇者だろうが聖女だろうが、冒険者という身分においては平等でなければならない。


 それは、冒険者ギルドの掲げる救済、つまりセーフティネット的な役割としての信条であり、裏を返せば「今冒険者として法に背くようなことをしなければ、その日暮らしだろうが農夫からの転職であろうが、住む家がなかろうが、一つの例外もなく冒険者として受け入れる」ということでもある。


 勿論、現実が建前通り綺麗に運ぶとは限らない。


 だからこそユカリたちには冒険者たちの素性調査が義務付けられているのだし、冒険者が違法な仕事に手を出して憲兵に捕まった、という事態だってざらだ。


 それでも、冒険者ギルドは食い詰めた人間にとって、最後の砦だという自負を持って運営されている。


 だからこそ、自ら掲げた旗をへし折るなど言語道断なのであり、それ故に、組合は誰に対してあってでも平等に、一からのスタートを義務付けているのだ。


「そこに異論はありませんわ、強いと己を誇りたいのであればその証明が必要になる、そしてそのためにわたくしたちは依頼を受けていくのでしょう。ならば、ランクの如何など自らの手でどうにかしてみせてこそ!」

「……る、ルヴィアリーラ様……!」

「……なんだか頼もしいんだかそうでないんだか……とりあえずお二人の登録はこれで終わりましたので、あとは戻っていただいて構いませんよ」


 得意げに豊かな胸を反らして高笑いをあげるルヴィアリーラと、そんな彼女を尊敬の眼差しで見つめているリリアにとうとう苦笑を隠しきれず、ユカリはどこか呆れたように偽装扉を開いて、二人を冒険者酒場へと案内した。


 冒険者ギルドの中に酒場が併設されているのは、情報交換の場を兼ねているからでもある。


 がやがやと、喧騒を取り戻した酒場を一望しながら音の洪水に耳を傾ければ、やれ西の外れに遺跡があっただの、東の森の主がどうのこうのだのと、積極的に情報を交換する冒険者たちの言葉が鼓膜を震わせる。


 他愛もない雑談が殆どだが、有益な情報は覚えておくに越したことはない。


 ルヴィアリーラとリリアは奇しくも同じ考えに至り、「遺跡」と「東の森の主」という言葉を脳裏に刻みつけた。


「時に組合長(ギルドマスター)

「ギルドマスター……? ああ私ですね、なんですかルヴィアリーラさん」

「合っていたようで安心しましたわ。つい先ほど、こちらに農夫の方が依頼を持ちかけてきませんでしたこと?」


 依頼の登録が冒険者名簿への登録と比べてどれほどの時間を要するのか、ルヴィアリーラにはわからない。


 だが、彼の依頼を一度は受けようと思った手前、それを誰かに横取りされるのも癪だとばかりにルヴィアリーラはカウンターに着座したユカリへと問いかける。


「農夫……ですか、そうなるとロブさんの依頼ですかね? ふむふむ、ここから東にあるシートス村の畑にゴブリンとボガードが現れたとか、この依頼でしたらお二人のランク……駆け出しのFでも受けられますけど、どうされますか?」

「ええ、勿論ですわ! リリア、貴女はどうされるおつもりで?」


 シートス村はここから歩いて確か一日か二日ぐらいの、川沿いにある村だったはずだ。


 脳裏に地図を思い描きながら、ルヴィアリーラは即決でその依頼を引き受けつつ、リリアへとその意志を尋ねる。


 もしもリリアが首を横に振ったなら、自身が一人で行くつもりだった。


 と、いうのも単純だ。


 ルヴィアリーラはリリアを足手纏いだと思っているのではなく、ただ彼女に「自分の意思」というものを大事にしてほしいと、そう思っている。


 それが、長く誰かに無理やり隷属させられていたリリアにとって難しいことだというのは、その虹の瞳を隠すようにフードを被って、頻りに、どこか助けを求めるように周囲を見渡し、そして諦めたように肩を落とす彼女を見ればすぐにわかることだ。


 それでも、敢えてルヴィアリーラは叱咤するように、そして背中を押すように、リリアを真っ直ぐに見据えていた。


「……わ、わたし……わたし、は……」

「ええ、ゆっくりで構いませんことよ。貴女の意志を聞かせてくださいな、リリア」

「……る、ルヴィアリーラ様に……ついて、その……一緒に、同行しても……いい、ですか……?」


 ユカリには見えないようにフードをわずかにずらして、ルヴィアリーラにだけその視線を見せるように、己の内側を微かに晒すように、リリアはどこか消え入りそうな、控えめな声音で問いに答える。


 怖くないかと己に問えば、怖いと一も二もなく答えるだろう。


 リリアは、ゴブリンとボガードという単語に対して「知りたい」と願ったことで発現した「鑑識測定(ジャッジメント)」の魔法から得られた知識を思い返しながらじわり、と眦に涙を滲ませた。


 それでも、ルヴィアリーラは自分にとっての恩人だ。


 あのままだと誰とも知れない悪党に売り飛ばされていたところを助けてもらった恩があるだけではない。


 リリアにとって、「虹の瞳」を、気持ち悪がらなかった、そして「商品」として値踏みするような目でも見なかった人間は、ルヴィアリーラが初めてだった。


 だからこそ、自分に何ができるかはわからなくとも、リリアはその手伝いがしたかったのだ。


「よくぞ言ってくれましたわ、リリア! 貴女がいれば百人力というもの! さあ参りますわよ!」

「わ、わわ……ルヴィアリーラ、様……」

「なんですの?」

「……あ、ありがとう、ご、ございます……わたしなんか……お役に立てるか、わかりませんが、その……わたし……がんばり、ます……!」


 ぽろぽろと涙をこぼしながらも、ルヴィアリーラに手を引かれたリリアは涙声で、しかし今までで一番強い意志を込めてそう宣言する。


 泣くかもしれない。怖くて蹲るかもしれない。


 それでも、この身が少しでも、わたしを救ってくれたひとの助けになるのなら。


 そんな風に、リリアが精一杯に言葉へと託した想いの名前を、ルヴィアリーラはよく知っていた。


 ──勇気だ。


 暗闇を照らし、明日へと踏み出すために、恐れを認めて、それでも前に進もうとする不撓不屈の意思をこそ讃えて、人はその黄金の讃歌を歌うのである。


 ならば、リリアの歌は、その勇気は讃えられて然るべきものだ。


「ええ……期待しておりますわ、我が親愛なる友、リリア!」


 ──だから、もう泣かなくとも良いのですわ。

 そう囁きかけながら、ルヴィアリーラはリリアの、虹の入江に滲む滴を指先で掬い取る。


 今も彼女の瞳から溢れる涙は、きっと痛みから来るものではない。


 ならばそれは、いつか彼女を前に向かせてくれるだろう。そうあれかしと、神が祈らずともこのルヴィアリーラは信じよう。


 そんな小さな祈りを込めて、掬いとった涙への祝福と代える。


 そうしてリリアの額に親愛のベーゼを落とすことで、拍手に代えて、ルヴィアリーラは小さな勇者が精一杯に振り絞ったその想いを褒め、そして讃えるのだった。

泣き虫リリアの小さな勇気、ですわ!

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