旧王国水道と不審な青年
お読み頂き有り難う御座います。
「俺さあ、昔から自由になりたかった訳。小悪党気質の親のハーレムに組み込まれて、ケチな美人局やら詐欺やら……そんな人生、沢山だった訳」
ぴと、ぴちょり。
雫が落ちる音が、壁を覆う古い漆喰に反響する。
元々は白かったであろう漆喰の壁は、所々ひび割れて、苔むしていた。
汚れが浮いたあまり綺麗とは言えない水中を、背中にひとり背負ったまますいすいと泳ぐのは、斑に光るピンク色の髪を持つ青年。
「母さんとかもうホントはどーでもいいって、時々思うんだよなー。だってもうあの人、今何パーセント俺の母さんなんだろ。アタマの中すら大分侵食進んでるって感じ……。いや、元々の人?
でも見棄てるの、無理だって……でも辛い」
背中の重みは、黙ったまま少しずつ冷えていく。
「おひとよしの剣歯虎くん。君って育ちの割に、可愛い気性だよね。ピュアな学生さんは結構騙してきたけど……パッと切り替えて噛みついて来たのは君位かな。危機感もあるし、頭の回転も悪くない。
俺も助けてよ。あんたのになってやってもいい。雌に戻ってやっても良い」
ワアンワアン……と悲しげに反響する声に、答えは返ってはこなかった。
「フリックを旧王国水道の魚から救う為に、魔獣子爵殿を雇うって事ですわよね。……お金で解決し……いえ、お望みは何かお持ちなのかしら」
ミューンは相場が分からず首を傾げた。貴族への対応なら心得ているが、何せ王宮に殆ど居ない魔獣子爵に関しては片寄った知識しかない。しかも興味を持ったのは最近だ。勿論ヌメドー家の詳細も知らないし、何を求めているかも分からない。
それまでは酷い話だが、国内や国外をフラフラしている気楽な貴族が居る、位の認識だった。
先程ややこしいと聞いたが、お金で解決出来るのかしら?ミューンは少々不安になってきた。
「特殊任務、という形でオレは話を持って行こうと思っているのだが」
「……何だか軍将殿、前と喋り方違わないかね?と言うかその方が更にヤンチャでワイルド感が出てモテそうだね……」
真面目な話をし出したスオリジェの口調に反応したコンラッドが下らないことを言い出したので、ミューンはキレた。
「そんな終わった話題を蒸し返さないでくれる!?遅いのよコンラッド!!」
「今私にとっては新しい話題だがね!?」
確かに初めて聞くとセンセーショナルかもしれないが、非常時に騒ぐことじゃないでしょう!?とミューンは苛ついた。険悪なムードに困ったのか、スオリジェがバツが悪そうにフォローを入れる。
「いや、宰相殿を困惑させてすまん。……そもそもが、少々ガキの理屈の元に喋っていたのでな。此方が素だ」
「ほほう、ガキの理屈ですか?
好いたご令嬢に『吾輩が一人称ってイケてるー』とか言われたとかかね?」
「何なのよその無駄な勘の良さ!?さては体験済みね!?
やだわ不潔!!あの煤色のワルトロモ嬢にフラれるべきだわ!」
「何で私が乙女ロジェルにフラれるんだね!?と言うか相手はネラだよ!!」
どうやらネラの何気ない一言で図に乗った事が有るらしい。シスコンは救われないわね!と吐き捨てたいミューンだったが、スオリジェの前なので耐えて欠けた扇子を広げて表情を改めた。
「コンラッド、いい加減話が脱線していてよ。スオリジェ閣下は魔獣子爵についてご存知ですの?」
「……ま、まあ、オレもヌメドー家と錆銀デュバル家と菫鉛クーブ家しか知らん。
何処も……失礼ながら領地無しだからあまり裕福とは言えんな」
「まあ、魔獣子爵って多いんですのね……」
良いことを聞いた。裕福でないならお金で解決出来そうだとミューンは心の中でガッツポーズをする。
コンラッドは察したのか一瞬だけ肩を竦めたが、何も言わない。
「昔はもっと居たらしい。旧王国の恐竜獣人の末裔も居るらしいな」
ミューンに心の底から旧王国はどうでもいいが、ユーインが喜びそうな話では有る。
ヌメドー家の者がフリック救出に手間取っていたら、ユーインにも手伝わせねば、とミューンは決意した。
そんな時、使用人から恭しく声が掛かる。待ちわびていた者が来たらしい。
「緑青銅のヌメドー家の第一子……キャレル・ヌメドー様がお見えになりました……」
「ご案内したまえ」
入ってきたのは、……妙に猫背な、オドオドとした青年。
顔に特徴は……そんなに無いのだが、何処もかしこも黒い。肌も髪も服も黒い。唯一目だけは鈍く青緑に光っている。
「……ふ、フヒヘ……?」
……ミューンとコンラッドの第一印象は、……うわ、何かよく分からない黒い不審者!?とそれに尽きた。
髪と肌が黒い者など結構王宮にも居るのだが、このオドオドとした彼は……何故か深淵のような底知れぬ雰囲気がある。
「ヌメドー子爵令息、此方は宰相閣下。そしてドレッダ侯爵令嬢だ」
「は、……コンラッド・リオネスだ。宰相職に就いているよ!」
「法務大臣ギョーム・ドレッダが一女、ミューン・ドレッダですわ」
「…………フヒイ……」
青年はギョロギョロと辺りを忙しなく見回す。ミューンはピンと来た。
これは、逃走経路を探っている。間違いなく逃げる兆候だと。
「キャレル、返答しろ」
「フハァ……!?きゃ、キャレル……ヌメドー……です。あの、あの、この件、あの……」
「どうしたキャレル」
父親に付いて業務の場にも行った事も多数ある。この慌て方に覚えがあった。
逃がせない。フリックを救う為絶対に逃がせない。
「おおおおおお断りさせてください申し訳ありませふへええええええ!!」
「……者共!ひっ捕らえて!!」
ダダダダダ……と走り出した青年は、即座に我に返ったミューンの号令によって、護衛にあっという間に捕まってしまった。
「……キャレルの逃亡癖に……よく気付いたな、ミューン嬢」
「ほほ、ほほほほ」
「……怖いものだねえ」
逃げるのが得意な筈が捕まりましたね。




